第百話
昼食も終わり、後一時間もしたら本日の巡回が始まるという狭間に与えられた自由時間。
俺は宿舎内に与えられた部屋で、ラファールが語る精霊達の話に耳を傾けていた。
「――でね、火の精霊達はいつもと違うみたい。今は夏で彼等が一番活発な時期なんだけど、それでも例年よりずっといきいきしていたわ」
「理由はわかるか?」
「ええ! あのね、王都にいる火の精霊達は大体鍛冶場に住みついている子が多いの。最近は人間達が一日中窯に火を入れているから心地いいって言っていたわ。機嫌がいいのか、人間達の仕事を手伝っている子もよく見かけたわね。そうそう! ご機嫌すぎて人間が打っている武器に加護を与えていた子もいたわ」
「――へぇ。どこの鍛冶場だ?」
「えっと…………此処ね」
ラファールの報告を聞き、王都の地図を差し出す。
己の記憶と地図を照らし合わせているのか、じっと地図と見つめていたラファールはしばらくして一つの鍛冶場を指さした。
聞いたことのない名の小さな鍛冶場であったが、近々精霊の加護付の武器が出来上がるというので地図に書き込んでおく。
ルツェにこの情報を売れば喜んで買い付けに行くことだろう。ヘンドラ商会に恩を売れるなら些細なものでも売っておきたい。
金はあるにこしたことはないと学んだからな……。
昨夜の馬鹿高い食事代と酒代を思い出すと同時に、ヘンドラ商会から貰っている「気持ち」という名の金を返すのは当分先になりそうだと思う。
利権ごとやった物の利益を貰うなんてと思っていたが、そんなお綺麗なことをいう余裕など俺にはなく。ヘンドラ商会の好意に甘えるしかないのかもしれないと改めて思った次第だ。ちなみにこの心変わりは、昨晩の酒宴に起因する。
彼奴ら、遠慮なく飲みやがったからな。
時折メリル特製の酔い覚ましでこっそりアルコールを分解しつつ、飲み比べを繰り返すこと数回。次から次へと出てくる酒の合計金額は、食事代が霞むほどだった。
日の出前に騎士団宿舎へ戻ってきたのだが、その際に見たワルドのご両親の晴れやかな顔といったら。徹夜で飲み明かしたことなど微塵も感じさせない父親と、「邪魔」の一言と共に酔い潰れた傭兵達を部屋の隅に転がした女傑と同一人物とは思えない笑みで「是非、またいらしてくださいね」と優しく見送ってくれた母親には何もいうまい。
今後もワルドの実家や、あの宿をねぐらにしている傭兵達を相手にするのなら、それなりの金が必要だ。少なからず蓄えはあるが、この調子で使っていたら早々に底をつくだろう。
頼めばある程度の金はアギニス家から融通してもらえるが、限度がある。何より大金を動かせば、父上やお爺様の目に留まる。場合によっては、俺が何時何処で何の為に幾ら使用したのかまで調べ上げられるだろう。父上やお爺様の目を掻い潜り、何かを成すには己が自由に使える金が必要なのだ。
昨晩の反省というか教訓を生かし、セルリー様が以前口にしていたフェニーチェの養殖も、本腰入れて考えようと思った次第である。
「土の精霊や風の精霊達は特に変わりないって言っていたわ。ただ……」
昨晩の酒宴を思い出しつつ、ラファールの話に耳を傾ける。
旧知の精霊達と会い、楽しそうに彼等の近況を聞かせてくれていたラファールだったのだが、不意にその表情を曇らせた。
「ただ?」
「親しくしていた水の精霊がいるのだけれど、会えなかったの。彼女が気に入っていた場所を回ってみたけど、今年はもう森にいってしまったみたいで……残念だわ。貴方に紹介したかったのに」
「毎年、森に移動しているのか?」
水の精霊を紹介したかったというラファールの言葉を聞き、精霊と知り合える貴重な機会を逃してしまったことを残念に思った。と同時に、思い浮かんだ疑問を口にする。
精霊達は力の強い場所を好むので、災害や年月による劣化など何らかの原因により場の力が弱まった場合、移動することはよくある。しかし、ラファールの口ぶりでは水の精霊は移動しても戻ってきているようだった。
「そう。彼女は特定の誰かではなく人間の営み、特にこの国が気に入っていて、普段は王都の町中を流れる水路とか王城にある池に居るの。でも、やっぱり人工の水路や池では力が薄くて。その上、この辺りは夏になると雨が降らないでしょう? 流石に辛いらしくて、夏の間は力の補充もかねて森に移動するの。森には他の水の精霊達が住処にするような泉や小川がいくつかあるから。だから夏場は森に行っていていないのだけれど……」
「何か気になるのか?」
ラファールの説明を聞きまるで避暑のようだと思う。というか、避暑なのだろう。
しかしそれにしても凄い話である。気まぐれな精霊が、わざわざ一年に一回力の補充をする手間を用いてでも王都に居座るとは驚きだ。人間の俺からしても驚愕なのだから、精霊達の中では相当な変り者としてその水の精霊は認識されていることだろう。
窯の中に火の精霊がいるかいないかで武器の出来が大きく変わるように、水の精霊が一人いるだけで水場の力が整い高まるので、俺達人間からしたらありがたい話である。
「時期が早いのよね。他の水の精霊達が契約者もいないのにわざわざ力の薄い場所に留まる彼女を心配して色々いうらしくて、彼女はいつもそれを嫌がっていたの。だから毎年限界ギリギリまで王都で粘ってて、移動はもっと夏真っ盛りだった気がしたんだけど……気の所為かしら?」
「移動先は知っているのか?」
「知っているわ。彼女とは長い付き合いだもの!」
「なら会いに行ってくれるか? もし王都を流れる水路や王城の池に何か原因があって、移動を早めたのなら一大事だ。早急に原因を知りたいのだが……お願いしていいか? ラファール」
水の精霊の移動先について問えば、心強い返答が返ってくる。
行先を知っているというラファールに僅かに安堵しながら、俺はラファールに件の水の精霊に会いに行ってくれるよう頼む。
本当はツヴァイ達に持ち帰らせた虫がいたという水辺を見にいってもらう予定だったのだが、同族に苦言を呈されても頑なに王都に居座るような精霊が例年より予定を早めた理由が気にかかった。
彼女が移動を早める程の何かが王都の水源にあったのなら国の一大事である。
王都の何を件の精霊が気に入ったのかはわからないが、是非そのまま王都に居て欲しい。彼女が気分を害する何かがあったのなら、早急に改善して戻ってきてもらわなければならない。
「それを貴方が望むなら」
「頼む」
「任せて!」
花咲くような笑顔で俺の頼みを快諾してくれたラファールに頷けば、彼女は元気な声を残し、部屋の中から姿を消した。
原因がわかり次第改善できるよう、グレイ様にも話を通しておかないと。
いざという時はセルリー様にお口添えいただこうと、一人残された部屋の中で思案する。
彼女が王城にもいたのならば、セルリー様が件の精霊と顔見知りであった可能性は高い。最近精霊の姿を捉えられるようになった俺と違いセルリー様ならば彼女の存在に気付いていたはずだし、水の精霊が居つく重要性もわかっている。この件に関しては、無償とまではいかずとも軽い対価で引き受けてくれるはず。
幾らセルリー様でも流石にそこまで鬼畜ではないはず……と淡い期待を抱きながら、それにしても問題が多すぎると、次から次へと沸いてくる問題達にどう対処するか頭を悩ませる。
昨晩、傭兵数人をのみ比べで酔い潰した結果、アインス達の情報を元にあげていた十数か所の候補地を分類することに成功した。
傭兵達からの情報によれば、現在王都内にいる傭兵達にもいくつかのグループがあるらしく。
昔から王都に住みついている傭兵達や、ここ一年で王都に移動してきた新参者の傭兵達、傭兵達の間でも有名な傭兵や傭兵団、それから傭兵達の中でも素行のよろしくないとされる者達にわけられ、拠点にしている場所や仕事に関して大体の縄張りが決まっているそうだ。
ワルドの実家にいた傭兵達は昔ながらの傭兵らしく、同じく昔から王都に拠点を置いている傭兵達の情報に関しては一貫して口が堅かったのだが、それ以外の傭兵達に関してはそれほどでもなく。
新参者の年若い傭兵達については微笑ましくも苦言を呈し、有名な傭兵や傭兵団については畏怖と尊敬の念をもって彼等の武勇伝を語り、素行のよろしくない者達については今すぐ追い出してくれと言わんばかりにその所業や居場所を語ってくれた。
どうやら素行の悪い連中は依頼の横取りや一般人への恐喝、暴行などの問題を既に起こしているらしい。
特に依頼の横取りには憤っており、「その地に長らく住んでいる傭兵から贔屓客を無断で横取りするなど非常識過ぎる! 依頼客が傭兵の勇名を聞いて鞍替えしようとしても一言断り、筋を通すのが礼儀だというのに奴らときたら……」と長々愚痴っていた。
傭兵業をやっている彼等には彼等なりの常識と礼儀があるらしく、それを破る者は売っても構わないそうだ。
そんなこんなで素行の悪い連中に関しては事細かに語ってくれたので、騎士団宿舎に戻るなり、朝の鍛錬に向かう途中を装ってお爺様に報告させてもらった。
恐喝や暴行に関しては証言もしてくれるとのことだったので、騎士達は俺が持ち帰った情報と被害届を照らし合わせるので朝から大忙しだ。恐らく今日、明日中には摘発されるだろう。
他にも最近傭兵達が贔屓にしている薬師達の情報等を教えてくれたので、巡回の際に訪ねてみる予定だ。寄り道の許可もすでにとってある。
決して安くない情報料だったがそれなりの見返りもあり、少しホクホクしていたところでラファールから伝えられた水の精霊の異変である。
ツヴァイ達の言っていた虫の件もあり、未だ問題は山積みだ。
取りあえずラファールにいって貰う予定だった水辺をどうやって調べるかだよな……。
いっそのことこちらの問題はグレイ様に任せてしまおうかという考えが頭を過るが、リスクを考え即座に却下する。
折角俺が自由気ままに動けるよう「大人しくしている」といってくれたのに、動いてもらっては意味がない。暇を持て余したクレアがグレイ様について行くという可能性もあるし、俺の心の平穏の為にも虫の件は報告しない方がいいだろう。
とすると誰に水辺を見に行かせるかである。
俺が直接行ってもいいが、傭兵達をバラド達に調べさせるのは戦力的に不安だし、ワルドにバラド達の護衛を頼むのは気が引ける。ワルドであっても傭兵達相手にバラド達を守りながらでは戦力的に不安だし、ワルドを単独で動かした場合何が起こるか予測できない。それに今の時点でワルドをそこまで信用しきれない。腕も人柄も申し分ないが、俺に誠心誠意仕える気があるかという点を考えると微妙である。
何より下手な手を打って父上達に俺の行動が露見し、干渉されるのが一番困る。となるとやはり水辺の調査をバラドに任せ、俺が監視しつつワルドに協力してもらい傭兵達を調べるのが最善だろう。
素行の悪い傭兵達はもうすぐ摘発される。昔ながらの傭兵達は残すとして、移動してきた傭兵達をマジェスタ以外に移動させる為の仕事をでっちあげる必要があるのだが、まぁ、それは問題ない。ヘンドラ商会や貴族に声をかけ、護衛依頼などで適当に散ってもらえばいいだけだからな。
勇名轟くような傭兵達は追い出されていることに気が付くだろうが、彼等は傭兵。相応の金さえ払えば、抵抗せず出ていってくれるだろう。
それぞれのねぐらもわかったし、彼等がマジェスタに至るまでの依頼や噂の出所を調べたらご退場願おう。
水の精霊の件はラファールが戻ってこないと判断しかねるし、虫の件にしても解析に時間が必要だ。
黒幕に辿り着ければいいが……。
王都に居られるのは今日を含め後十一日間。それまでにどこまで解決できるのか。情報は集まりつつあるが、黒幕に辿り着くにはまだ遠い。
俺にもっと自由と時間があれば傭兵達をもうしばらく泳がせるという手もあるが、いずれ学園に戻らなければならない身では時間が足りない。
近く他国の王族の来訪がある以上、優先すべきは傭兵達を追い出すこと。黒幕までと欲をかいて、大量の傭兵という目に見える火種を残す訳にはいかない。
原因の解明と根絶はしたいが、国の安全と平穏も大事。
どちらを優先するのか、悩みどころである。
――国を守るというのは、とても難しい。
解決しかけては新たな問題を抱え、まるでいたちごっこだなと、尽きぬ問題と核心に辿りつけない状況に頭を悩ませながら、俺は一人溜息を吐いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




