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くろやみ国の女王  作者: やまく
第七章 国内騒動
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思いと国民たち 7 ―錆びついた精霊3―

 

 

 

「精霊界帰りと影霊創りを終えたばかりなんですから、数日は城内にいてください。お城のシステムチェックもまだ終わっていませんよ」

 寝椅子に横になったままの姿なのに、ベウォルクトが元の調子を取り戻しつつあるのがわかるわ。


「ええそうね、やるべきことは沢山あるわね。でもその前に準備がいるの」

 昨晩からの寝間着とガウン姿だから、着替えなきゃ。

 確か王座の後ろの棚に……あった、入れっぱなしだった黒地のワンピース。明るい色の花刺繍を全体に散りばめてみようと、組み合わせをいくつか試していた時の残り。その時は普段着にはちょっと華やか過ぎるように思えて、試作したままここに忘れていたのよね。でも今日はこれがぴったりの気分だわ。

 王の間に隣接している控え室へ行き、素早く身支度を整える。


「さあ、素敵な一日をはじめ……どうしたの、それ」


 戻ってくると、シュダがぐったりしたレーヘンを抱えて王の間に入ってくるところだった。

「ファムさま、精霊さんが朝食を運んでる途中でいきなりこうなっちゃって……どうしましょう」


 困った表情のシュダが右肩にレーヘンの胴を軽々と担ぎあげ、左手にカゴを持って早足で歩いてくる。

 一体何が起きたの?

「どこかに寝かせた方がいいと思うんですが、どこに運びますか?」

「と、とりあえずベウォルクトの向かいの寝椅子にお願い。朝食を預かるわね」

「ありがとうございます。スープが入っているので少し重いです」

「わかったわ」

 急いで寝椅子を整え、シュダからカゴを預かりテーブルに置く。

 彼女はふらつく様子無くレーヘンを運び寝椅子に寝かせる。途中で精霊の片足がずり落ちたので手伝うつもりで持ち上げようとしたけれど、すごく重いわ!

 前にレーヘンの身体を抱えた時はあんなに軽かったのに。

「シュダはとても力持ちね、助かったわ」

「べーさんが体力無いので、旅をしている時はよくこうやってべーさんと荷物を運んだりしたんです」

 彼女は照れたように微笑んで、それからベウォルクトを見てレーヘンの身体にも毛布をかけてくれた。



 精霊の様子を確認すると目は開いており、青灰色の瞳がこちらを見ている。これはいつかの時とは違って中身はそのままという事?

「あ、そうだ」

 王の間に指示を出し、海上にいる黒堤組との会話に使った、透明な石で出来た長方形の板を寝椅子のそばに出す。あの時の事を思い出しながらレーヘンの右手を掴んで板に触れさせてみる。これでどうかしら?


『すみません。いきなり身体が動かなくなりました』

 すぐさま板が震えて声が聞こえてきた。普段より抑揚が少ないけれど、レーヘンの声だわ。

「理由は思いつかないのね?」

『はい』


「ベウォルクト、説明できる?」

 先程から一言も発さないもう一名の精霊に声をかける。

「つい先ほど錆精霊側で何かが起き、あちらの比重が急激に増加しレーヘン側に情報の逆流入が起きているようです。原因は不明です」

 錆精霊に?

 着替える前に演習場にいるマルハレータ達と軽く会話したけれど、いつもと変わらない様子だった。

 でも、そういえばオジサンがどこにいるか聞きそびれたわね。


「錆精霊は少し前……白箔国滞在期間後に休眠周期に入り、しばらくそのまま長期休眠状態になっていましたが、何らかの理由で起きてしまい、かなり存在が不安定になっていました。その後偶発的にレーヘンの霊素を食べたことで多少は安定したようですが、レーヘンとの情報の重複をいくつか起こしたままの状態で、城の記録を診てもまだ曖昧な箇所が多く、ワタクシの側から整理整頓している途中でした」

 ベウォルクトがいつもより早口で説明を続けた。

 ううん、わかったような、よくわからないような……


「もしかしてアナタが倒れたのって、その情報の重複というのが理由なの? ベウォルクト」

「半分はそうです。何が起きるかわからない状態だったので、この身体の再構築を中断して最優先で取り掛かっていましたが、間に合いませんでしたね。ですがまだ出来ることはあります。ファムさまにしか出来ないことです」

「私?」

「ええ。国主としてこの国に錆精霊の正式登録をお願いします」

 ベウォルクトの寝椅子に近寄って顔を覗き込むと、包まれた布越しに精霊がこちらをまっすぐ見つめているのがなんとなくわかる。


「それって、具体的に何をしたら良いの?」

「今すぐ錆精霊に名前を付けてください」

 そんなこと突然言われても……オジサンはだめなのかしら。

「今の呼称はファムさまにとって錆精霊固有の名前ではないようなので、城の判定として弱いんです。もっと明確なものが必要です」

 言われてみればオジサンって子供の頃から私から勝手に呼んでたものだし、両親と付き合いのあった精霊はみんな同じように呼んでいた気がする。これだとあだ名みたいなもので固有の名前になっていないのね。


「でも命名って大事なことを当事者不在で勝手にやっていいのかしら。本名というか、元々の名前はあるんじゃないの? アナタなら知っていそうなのに」

「錆精霊がああなった際に一番最初に捕食したのが自分自身、己に関する情報ですので、もう消化してどこにも存在しません」

「そうなの……」

 自分を食べちゃうなんて、よっぽどお腹が減っていたのね。

 もしかしてオジサンとの記憶をあんまり思い出せないのも同じ理由なのかしら。子供の頃の事だから忘れてるのかと思ったけれど、昔はああいった姿じゃなかったはずなのに、どんな姿と声だったのか全く思い出せないのはちょっと違和感があった。


「命名はレーヘンと錆精霊の位置が城の内外に別れている今が良いんです。向こうもそれで多少状態が安定するはずです。急がないとレーヘンへの影響が酷くなりますし、錆精霊が再び己の情報を食べて行方不明になります」

 レーヘンと錆精霊がややこしい事になっていて、今がまずい状況だというのはわかったわ。

「そこまで言うのなら、やるしかないわね」

 あちらには後からサユカ経由の通信で説明しないと。


「何が良いかしら……」

 子供の頃に会っていた相手の名前を改めて考えるって、なんだか難しいわね。

 名前、名前ね。区別するって所が大事なのよね。みんなが呼ぶための名前。その名前があれば誰を指しているのかがわかる名前。

 何かないかと、なんとなく周囲を見渡しながら考える。心配そうな表情のシュダ、毛布の端からこちらを見ているベウォルクト、テーブルの上の朝食のカゴ、横になっているレーヘン。

 そういえば……錆精霊の今のあの外見はレーヘン由来のものなのよね。

 

「うちの国に来た時の姿は“やみの騎士”の外見情報からだし、闇……ダウスタルニスなんてどうかしら」


 命名して、ベウォルクトを見て、それからレーヘンの方を見る。

「その姿……」

 精霊は鈍く輝く銀色の鎧姿ことジルヴァラの見た目になっていた。


 ジルヴァラはすっと起き上がると己の身体を確認している。……なんだか手足を中心にあちこち変色しているわね。

 変色部分はすぐに薄くなっていき、元の色に戻ると、突然両の手を勢い良く叩いた。

「きゃっ」

「わっ」

 シュダも私も思わず両耳を押さえる。

 乾いた大きな音が王の間全体にじんじんと響いて、それから静かになるとジルヴァラは私の方を見た。

「お騒がせしました。もう大丈夫です」

「そ、それなら良かったわ。錆精霊側について何かわかる?」

「……いくつか確認する必要がありますが、ダウスタルニスは安定してはいるようです」

 銀色の騎士は身体から落ちた毛布を拾い上げながら城の外、たぶん演習場の方を見ながら答えた。

 ちょっと気になる言い方ね。

 私からもサユカに連絡……先にマルハレータに説明して……話しかけても返事が無いわね。食事中なら少し時間を置いた方がいいかしら。

 なら私達も朝ごはんにしなくちゃ。

「準備しますね」

 ジルヴァラが鎧姿のままでテーブルに近づいていくので、シュダが戸惑っている。

 大丈夫だからと声をかけつつ、こちらはベウォルクトの様子を確認する。


「アナタがいてくれて助かったわ」

「ワタクシも同意見です。することなんて何も無いだろうなんて甘い想定でした。戻った途端こんな事になるとは」

 私もそこは予想してなかったわよ。

「そういえば倒れた理由の残りの半分というのは何なの?」

「人間で説明すると心労ですよ。精霊界からの出戻りにひどい仕打ちです」

 あら、言うようになったわね。

「がんばってくれたのね。ありがとう、アナタはしばらく身体の再生に専念してゆっくりしてなさい」

「はい」


喋る石の板については「六章 反撃1」に出てきたやつです。板の振動が音声になります。


2021/06/15 ファムの独白部分をちょっと増やしたりベウォルクトのセリフ少し読みやすくしました。

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