ラエルの森 2
パチパチと焚き木が燃えている。
日が落ちて、空には星が瞬き始めた。
さらさらと流れる川の音と、草むらで鳴く虫の声。鳥たちが巣に帰っていく羽ばたきの音。
とても静かな夜だ。
アレックスは、焚火の火の中から黒焦げに焦げた丸い塊を引き出した。
アレックスが現地調達してきた、山芋である。
焦げた黒い皮をめくると、ふわっと、うまそうな香りが漂った。
「うん。うまくできた」
にやりとアレックスが満足そうに笑い、木皿にのせる。
「まさか、本当に現地調達してくるなんて」
「まあ、たまたま見つけたからな」
アレックスは軽く肩をすぼめた。
「火の通ったものが食べられるって、いいだろう?」
「そうね」
エルザは頷いた。
今日の夕食は、焼いた山芋と、ピクルスとミートパイ。ピクルスとミートパイは、エルザが持参したものだ。
残念ながらミートパイは作り置きなので、温かくはない。
「しかし、ミートパイか。びっくりしたな」
アレックスは嬉しそうに手をのばす。
「野営の食事は、固いパンと干し肉が定番なんだが」
「固いパンも干し肉も、一応、ありますよ」
エルザは苦笑する。
「何も初日から、保存食を食べなくてもいいじゃないですか」
「確かにそうだな」
真夏の盛りでなければ、一日でパイが痛むことはまずない。保存食は、お世辞にも美味しくはないから、初日くらい少しでも美味しいものを食べればいいと、エルザは思う。
「うん。うまいな」
アレックスはとても満足そうにパイを食べる。
「今朝焼いたので。ありあわせですが」
「え? エルザが作ったのか?」
アレックスが目を丸くして驚いた。
「いけませんか?」
「いけなくはない。ちょっと意外だっただけで」
アレックスの言い訳めいた言葉に、エルザは苦笑する。
そう思われても仕方ない。エルザは、あまり家庭のにおいがしない人間だと、自分でも思う。
「そうかもしれませんね」
エルザは一人暮らしだから、料理は自分がしなければ、誰もしてくれない。だが、こまめにしているわけでもない。そのあたりが家庭のにおいがしない理由なのかもしれないと、エルザは思う。
「えっと。意外だったのは、昨日の今日でパイを焼いたことだ。別に、エルザの料理に驚いたわけじゃない」
アレックスは首を振った。
「エルザは、仕事でも家事でもなんでもやりこなすイメージがある。逆に言えば、完璧すぎて隙が無い」
「まさか」
お世辞にしても言いすぎだ。
「褒めても、おかわりはありませんよ?」
エルザは思わず肩をすくめた。
「なんだ。残念」
アレックスが少しだけ悔しそうな顔を作って笑う。
「嘘ですよ。欲しいなら私の分も食べてください。私はそのお芋をいただきますから」
エルザは笑って、芋に塩を振りかけて、かぶりつく。ほくほくとして、温かい。
「うまいだろう?」
「ええ、とっても」
得意げなアレックスに、エルザは頷く。
「今まで芋を掘ってきてくれた護衛のかたは、いませんでしたね」
「そうだろうな」
アレックスが笑う。
「俺だって、護衛についてきて、芋を掘ったのは初めてだ」
「そうなんですか?」
「まあな。ちょっと出来る男を気取ってみたかったってとこかな」
アレックスが笑いながら、エルザのぶんのパイに手をのばして口にする。
「見直したか?」
アレックスが、ちらりとエルザの方を見る。炎に照らされたアレックスの顔は、ちょっとだけ得意げだ。
「見直すも何も、あなたがすごいひとなのは、前から知っていますよ」
そもそも、芋を掘って得られる『出来る男』の評価ってなんなのだろう。
エルザは思わず首をかしげる。
「世間の評価はどうでもいいんだ。俺は、お前に役に立つと思われたいってこと」
アレックスは、パイを平らげると、ピクルスを食べ始めた。
「……よく、食べますね」
もちろんアレックスは男性で、しかも騎士だから、よく食べても不思議はない。ただ、思った以上の速度と量だ。
「うまいし」
驚くエルザに、アレックスはあたりまえのように言う。
エルザへのお世辞で言っているわけではなく、本気で言っているようだ。もっとも、森に入ってからずっと歩きづくめだったわけで、空腹だったからなのかもしれない。
「足りないならもっと出しましょうか?」
エルザが自分の背負い袋に手をのばそうとした、その時。
森の奥に何かが動く気配がした。
目を凝らしてみても、はっきりはわからない。
「狼の群れだな」
アレックスが闇に目を向けながら呟いた。
「森の動物は火を恐れる。よほどのことがない限り襲ってはこないと思うが、用心はしておけ」
アレックスは外していた剣の柄を手元に引き寄せる。
「火はたやさないようにしないといけませんね」
夜の闇はさらに濃くなっていくに従い、森の奥の何ものかが蠢く。
その気配を感じて、エルザはぶるりと震える。
森の夜は、静かに更けていった。




