おっさんは街中に、少女は山に向かうようです。
レヴィがギルドに向かう数日前。
クトーは、フヴェルに文句を言われていた。
「何だこの企画書は」
祭りの下準備を行うために、貴族街にある国賓歓待のための屋敷を、一つ貸し与えられている。
その一室に執務机を運び込んでいた。
直角に並べた二台の机。
入り口に対して正面を向いた方に座っていたクトーは、渋面を浮かべるフヴェルを見る。
「何か問題があるか?」
「大有りだ、このバカが」
白髪赤目の彼が眺めていたのは、闘技場を建てるための用地選定に関する書類のようだ。
その用地で建造を行う業者の競売条件に関しては、すでに詳細を煮詰めていた。
こちらで最低の基準額を提示せずに定めておき、その上で『どの程度の規模の建物を作るか』という部分でかかる費用に合わせてそれぞれに金額を記入してもらう。
最終的にはその基準額を底値として、上の額を提示した業者から候補を選び、選定者の複数合意で採用することで話はまとまっていた。
談合などの不正を行わなせないための措置だ。
基準額ぴったりの相手は、不正を行った可能性が高いので採用しない。
「時間がかかり過ぎる」
フヴェルは、パサっと机の上に用地に関する書類を投げた。
こちらを睨みながら、指でトントンとそれを叩く。
「どこの世界に、こんな条件で土地の移譲に応じる奴がいると思うんだ」
「……かなりの好条件だと思うが?」
クトーが第一候補として挙げた場所は、中流層にある土地だった。
最近は流通が安定し、国主導で土壌開発を行っていた畑も肥えて大きく広がっている。
そのため、中流層の真ん中あたりにある国民の個人所有の畑地を買収し、代わりに個人資産として余剰となった国有の畑を与える案を立てていた。
もともと、壁内の人口が増えて来たので、土地の整理そのものは国策として行われる予定だった。
「現在、国有の畑は壁外だが、畑の周りには新たな壁を建設中だ」
クトーはフヴェルの言う意味がわからず、自分の考えを述べた。
何も、土地を譲渡する者に不利益を被らせようとしているわけではない。
譲渡に合わせてそれを完成させる。
そして新たにそこを中流層西区画に加えることが決まっていた。
中流層の中央から離れるため、土地の価格は下がる。そこで、譲渡する土地よりも広い面積の畑地を与えるか余剰分を国の財産から出す予定だ。
「書いてあるから、そんな話は見ればわかる」
クトーの説明にも、フヴェルの不快そうな顔は崩れなかった。
「それに、この場の接収は他にも理由がある。分かっているだろう?」
候補地に挙げた理由は交通の便もあるが、もし仮に闘技場を建てなくともそこの中心部の土地は必要だ。
理由は、王都を包む結界の強化だ。
古来からある結界は、一度先代の時に崩壊しかけている。
王都を取り戻した後に立て直しはしたが、大きな網のような結界であり、強大な存在や大規模な魔法こそこそ感知するものの、弱い魔物は王都内に侵入出来てしまうのだ。
この結界をより強固なものにするために、クトーらは動いていた。
特に魔に類する存在を弾き出すようなものにするためには、土地の接収は必須だった。
「そうだな。貴様の考えは非常に合理的だ」
どう考えても賛同していない顔で、フヴェルが同意を示す。
「元々土地に住んでいた者は損もしないように考えている。……だが、貴様の話の中には神がいない」
「……神?」
クトーは眉根を寄せる。
土地の譲渡に関する話をしていたはずなのに、なぜ神の名が出てくるのか。
フヴェルは、呆れたように首を横に振った。
「だから、貴様は何も分かっていないと言うんだ。そしておそらく、俺が説明するよりも手っ取り早い手段がある」
「ふむ?」
クトーが首をかしげると、彼はドアの方を親指で示す。
「お前は一度、現地を見て、住民の話を聞いてこい。案を詰めるのはそれからだ」
※※※
レヴィは特別許可証で、王都の外に出た。
使ったのは、兵士たちが使うために作られた通用門の一つだ。
壁面警備の交代に使うもので、壁の中を通り抜けて移動を短縮出来る。
通用門自体は、内側からしか開けない上にハシゴで上り下りが必要な隠し窓に近いものだが、迷宮で手に入れた卵の様子見ということで王城からの許可が出ていた。
レヴィは、通用門を使わせてくれた兵士に礼を述べてから歩き出す。
王都内で竜の育成が行われていないのは、単純に竜自体が危険な生き物だから、という部分もあるが、竜自身が自然に触れていないと徐々に弱っていく生き物だからだ。
目的の方角へ目を向けると、小さな山がそこにあった。
魔物の出る山だが、出てくる魔物自体はさほど強いわけでもない。
定期的に王都の兵士たちが駆除しているし、山自体が新兵の訓練にも使われているらしい。
この山に出る魔物は、最上級でもCランクだと聞いている。
薄い筋になった雲が流れる快晴の空と、緑の原っぱを波のように揺らす風。
「どー見ても平和だし、1人でいいと思うんだけど……」
少しグチまじりの声を漏らしたレヴィは、歩き出した。
馴らされた土の道を、数分も歩かないうちに声がかかる。
「よう、来たな」
言われて目を向けると、原っぱの中に転がる大きめの岩に背中をあずけて座っていた男が、軽く手を上げた。
背はさほど高くなく、短い髪に幼顔の男だ。
体は引き締まっており、鋭いというよりはヤンチャそうな目。
そして彼は、似合わない無精ヒゲを口に生やしていた。
「今日はあなたなの?」
「おう」
そこに座っていたのは【ドラゴンズ・レイド】所属の拳闘士、ギドラだった。
レヴィと同じく《風》の加護を持つ青年で、すさまじく強い。
正式に【ドラゴンズ・レイド】に加入してから、クトーや他の仲間との模擬戦を見ているが、魔法なし、特別な装備なしでの戦闘はリュウと互角に張り合うくらいである。
一度Aランク任務に同行させてもらった時も、ズメイとヴルム……主に『3バカ』と呼ばれる3人での連携戦闘を見たが、あまりにも圧倒的すぎてしばらく凹んだ。
両手も使わずに、ひょいっと立ち上がったギドラは、レヴィよりも少し背が高いくらいで本当に小柄だ。
「さ、例の装備を見せてくれ。強いんだろ? なんなら山を降りた後に手合わせしようぜ!」
興味津々な様子のギドラは、大きく歯を剥いて笑った。
目が、期待半分、からかい半分な色を宿している。
「……面白がってるでしょ?」
レヴィは、彼らに対しては敬語を使わない。
軒並み嫌がって『やめろ』と言われたことももちろんだが、一番の理由は、だんだん使うのがバカらしくなってきたからだ。
はっきり言うと、3バカは本当にバカなのだ。
重戦士のズメイだけはほんのちょっとマシなのだが、ギドラとヴルムは本当にどーしよーもない。
冒険者としての実力とは全然関係ない部分が。
「レヴィが超可愛い装備を手に入れたって、クトーさんが触れ回ってるからな」
「……見せない。っていうか、あなたたちがいるなら必要ないじゃない! いっつも思うけど!」
王都の外に出る時は、必ずパーティーの誰かが同行している。
山自体にはさほど危険がないが、そもそもクトーが装備を手に入れようとしている理由である魔王の存在があるからだ。
いくら近場でも、レヴィは王都外での単独行動を禁止されている。
先に事件のように王都の中も安全とは言い切れないが、現在はミズチとリュウが魔の気配に備えていて、結界自体も強化される予定らしい。
だが、王都の外では、感知してから駆けつけるまでに時間がかかる……レヴィに皆が同行するのは、そういう理由だった。
「でも、身につけさせろってクトーさんが言ってるしな?」
「本音は?」
「俺はまだ見たことないしぃ」
どう見てもチンピラが人に絡む時の仕草で、ズボンのポケットに手を突っ込んだギドラは、小刻みに体を揺すりながら、早く早く、と催促してくる。
まるで子どもだ。
彼は一事が万事この調子で、しかもクトーの仲間とは思えないほど色んなことにルーズなのである。
自分が面白いと思ったことに対しては非常にしつこく粘ってくるし、逆につまらないと思うとあからさまに逃げようとする。
ーーーこんな人たちを纏めていたら、そりゃクトーも口うるさくなるわよね……。
と、思わずそう思ってしまったくらいだ。
しかもリーダーがリュウ。
そんなリュウでも、パーティーの中では戦闘狂な部分以外はマシなほうだったらしい。
「や、山に入る時にして! さすがにここだと……」
まだ、城壁の見張り役からこっちの姿が見える。
いくらなんでもアレを大勢に見られるのは恥ずかしすぎるのだ。
「よし、んならさっさと行こうぜ!」
ポケットから抜いた両手をパン、と打ち鳴らして、ギドラがさっさと歩き出した。
「ギドラたちは、仕事ないの?」
「あるけど、まぁ最近ヒマだな。北に行けるっていうから、娼館とか楽しみにしてたんだけどなー」
北の女は色白でふくよかだ、と笑うギドラに、レヴィは眉根を寄せる。
自分相手にそういう話もどーかと思うが、そこはまだ許せる範囲だ。
知り合った冒険者の大半はこういう人間ばかりだったからだ。
横に並びながら、レヴィは自分の肌を見下ろす。
「男って、色が白いほうが好きなの?」
元々褐色の肌であるレヴィは、開拓民の大半が同じような肌の色をしていたので特に気にしていなかったが、クトーなどは色が白い。
日焼けをした冒険者たちの中で、特に目立つのもそういう理由があるが、王都の人間もかなりの割合で色白な人たちが多かった。
ギドラはあまり細かいことを気にしないタチなのは分かっているので、レヴィに対する嫌味ではないのだろうが。
そう思いながら訪ねたが、彼は特におかしげな表情を変えないまま、返事をした。
「南の女は、そっちはそっちで肌がきめ細かくてハリがあるからな! あっちに行くのも楽しみだな!」
「……西や東は?」
「西の女はお高く止まってて流し目がたまらん。口説きがいがあるしな。東の女は大人しくてエキゾチックだ。奥ゆかしい上目遣いとか、ゾクゾクするな!」
女なら誰でもいいとしか思えない。
パーティーの連中がしょーもないと思うのはこういう部分だ。
聞いた自分がバカだったと思いながらも、レヴィは考える。
クトーは、どう思っているのだろう、と。
なぜそんな事が気になるのか、は、あえて考えないようにしていた。




