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おっさんは、少女に爆弾を落とします。


「他人の感情が分からない、だと語弊があるか」


 リュウは、そうつぶやいてから言い直した。


「他人の感情が理解できなかった、だな。今でもだいぶ鈍いけどよ」

「それは否定出来ないかも……」


 クトーは理屈っぽい。

 すぐに『なぜそうなるのか』という話をする。


 彼の言っていることは基本的に正しいが、普段の物言いには感情を逆撫でされることも多かった。

 単にコミュニケーションが下手くそなんだと気がつくまで、クトーを本気で嫌味な奴だとレヴィは思っていたのだ。


「でも、クトーにも感情がないわけじゃないですよね?」

「そりゃ勿論だ。どう言やいいんだろうな……他人のことを自分に置き換えられない、んだよな、アイツは」


 よく分からない。

 他人は他人なのだから、それは当たり前のことだと思う。


「クトーの中ではな、自分の考えが他人の考えと食い違い、その考えが自分にとって不合理だと、相手がなぜそう考えるのかが分からねぇんだよ。……そういう意見もあるし、そういう人間もいる、という考えを持てなかったんだ」

「……皆が、自分と同じ考えじゃなきゃ嫌ってことですか?」


 リュウの作り出した空白の時間が終わり、また魔物たちがこちらに向かって来始めた。


「めんどくせぇな……」


 レヴィと魔物、どっちに向けたか分からない言葉だったが、どうやら魔物を指していたようで、リュウはダン、と足で地面を踏みつけた。


 レヴィとリュウの周りを覆うように結界が生まれる。

 それに阻まれて、魔物たちはこちらに手出しが出来なくなった。


 こんな便利な方法があるのなら最初からやって欲しい。

 なるべく周りに群がる魔物たちを見ないようにしていると、リュウがまたつぶやいた。


「どうせお遊びだから、ちょっとくらい良いだろ」


 ガリガリと頭を掻いて、彼は肩をすくめる。


「話を戻すが、その考えもちょっと違うな。クトーに関して言えば、なぜ相手がそう判断するのか、どっちが正しいのかを延々と考え始めて、『相手も自分も間違っていない可能性』に気づかない、って方が近い」

「……んー?」


 レヴィは、リュウの言葉が難し過ぎて大きく首を傾げた。

 それを見て、彼は苦笑する。


「要は、クトーは考えすぎなんだよ。どっちかってーと。んで頑固だ。白黒はっきりしたくなるんだろうな。が、あれでも実際、昔に比べりゃだいぶマシにゃなってんだけどな」


 リュウは、レヴィを指差して問いかけてきた。


「クトーが使える時って、何か『答え』がある時だと思わねぇか? 魔物に人が襲われてる時、潰れかけた旅館を助けようとした時。人を助けるっつー目的や、旅館を立て直すっていう目的がある。そういう時、あいつはスゲェ」

「ん〜……」


 どこか面白そうに言うリュウに、レヴィは人差し指を唇に当てて考えた。


「……言われてみれば、そうですね」

「だろ? 逆に、こないだの女の子が殺された時、奴は無能だった」


 誰が殺したかも分からない。

 殺した目的も分からない。

 

 何のために、という、相手側の明確な目的が見えたのは、最後の最後だった。


 リュウは親指と人差し指、そして小指を立てる。


「死んだ奴に対して理性で気持ちを割り切っちまうアイツは、親の気持ちや被害者の気持ちってぇのを理解するのに時間がかかる。被害者についても死ぬまでは全力で助けようとするが、死んじまってたからな。だから、判断が遅れた」


 犯人側の事情。

 あの殺しは、言うなれば欲の絡まない、クトーを目的としたものだった。


 だから、判断材料がなかった。


「他人の気持ちや行動に、唯一絶対の答えはねぇ。魔王みたいな快楽主義者は、クトーが一番苦手なタイプだ」


 リュウはそう言って手を下ろし、腰に両手を当てた。

 魔王は何をしでかすか分からない相手なのに、その相手が『クトーを困らせる』以外の目的を持っていない。


「だから、クトーにも行動が読めないんですね」

「そう。だがさっきも言った通り、アイツはあれでもマシになった方なんだよ。今では知ってる。人は人だ、ってな。だが、気持ちを察するのが苦手なことに変わりはねぇ。人はそう簡単に苦手を克服できないからな」


 それはレヴィにはよく分かる。

 相変わらず、事務仕事は苦手だから。


「クトー、昔はもっと変だったんですか?」

「変なんてもんじゃねーよ。人形みてーな奴だったって言っただろ? ……あいつが変わり始めた1回目は、俺と仲良くなっても村の連中にゃ相変わらず馴染めなかった時だ」


 リュウは懐かしがるような顔で、昔話の続きを話し始めた。


「『一人でなんでも出来たとこで、畑は皆で協力して耕さなきゃ終わんねーだろ』って話をした時に、初めて驚いた顔を見た」

「それ、当たり前じゃないですか」

「だよな。だが、クトーにとっては当たり前じゃなかった。『全員が自分の役割を弁えているわけじゃねぇ』から『口に出して伝えなきゃいけない』ってことが、分からなかったんだよ」


 ああ、とレヴィは納得した。

 たまにクトーは、話している時に不思議そうな顔をしてから、説明してくれる。


 クサッツの旅館で言われた言葉の中で、レヴィが一番印象的だった言葉。

 『誰かを助けるのに、理由がいるのか?』ーーー彼はなぜ分からないのか、という顔で、そう言ったのだ。


 あまりにも当たり前すぎて、なのかもしれない。

 人の気持ちは想像できないのに、そういう部分では迷いのない答えを持っている。


「人の気持ちが理解できないっていうのは、そういう……なんでそんなにちぐはぐ?」

「多分、賢すぎるから当たり前の範囲が広いんだろうよ。で、俺は奴にこう言った。『お前は出来るんだから助言でもしてやれ』ってな。そしたら、あの無表情で自分から村のガキ連中に話しかけ始めた」


 リュウはおかしげに、クックと喉を鳴らす。

 いきなり話しかけられてビックリする子どもが頭に容易に思い描けて、レヴィも口もとをほころばせた。


「そっからだ。あいつは自分以外の連中を気にかけ始めたが、それでもまだ、他人の感情を考えちゃいなかった。言いたいことを言い、相手が出来れば満足して終わり。……だと思ってたんだが、俺が村を出ると言ったらついてきてな」


 『お前は一人で放っておいたら、何をしでかすか分からない』ーーーと。

 そう言いながら、リュウはむず痒そうに頬を掻く。


「お前に言われたくねーって感じだったが」

「……どっちもどっち……」

「なんか言ったか?」

「いえ、何も」


 レヴィ自身も、両親に『向こう見ず』と言われた記憶が頭をよぎったが、無視した。

 自分がこの二人と同類なんてことはあり得ないのだ。うん。


 嫌な想像にちょっと顔をしかめていると、リュウはこちらを見て軽く眉を上げてから、話を進めた。


「その次、アイツが人の気持ちに初めて反応したのは、ミズチの時だったかな? ミズチを拾ってしばらくして、特殊な力があって人に追われてたことが分かった。その時に、あいつは初めて不機嫌そうな顔を見せた」


 『不愉快だ』、と言ったクトーが、初めて自分から積極的に、他人のために動き始めたらしい。


「そして、ミズチを追う連中を根本から叩き潰した後、謝るミズチに言った」


 『なぜ謝る必要がある』『仲間のために手を尽くすのは当然のことだ』と。

 それは、今のクトーの姿だ。


 レヴィの知っているクトーは、そういう人だった。


「アイツはいつの間にか、仲間と、仲間の気持ちを大切にするようになってた。後から気がつくのは、いつも一緒にいるせいで変わってることが分かんねーからだな」


 腐れ縁。

 クトーもリュウも事あるごとにそう言って口喧嘩ばかりしているが、2人の間には、レヴィが一緒に過ごしたよりも遥かに長い時間を掛けた関係があるのだ。


 それがちょっと羨ましい、とレヴィは思った。


「アイツは冷静だ。だが、同時に短気でもある」


 リュウの話は、最初の発言に戻った。

 そう、その言葉に対する疑問から、この話は始まったのだ。


「アイツの評価は即断だ。気持ちは分からんが資質を見抜く目に関してはずば抜けてる。だから、良いと思えば身内に、無理だと判断すれば切り捨てる」


 自分の胸に手を当て、リュウは軽くレヴィを見た。

 その目の色が、いつもと違うような気がして、戸惑った。


 何が違うのか、がよく分からない。

 でも、目の色が違う。


「アイツの中には身内と他人しかいない。人を助けるという目的とは、別の部分でな。そしていつだって、相手の本質を認めて評価を下す。身内に引き入れた相手がポンコツだった試しはねぇ。だからこそ、【ドラゴンズ・レイド】はここまでやってこれた」


 リュウが連れてくる連中の中には、色んな人間がいたらしい。

 それこそ仲間になった人たちの何倍も、連れてきていたそうだ。


 そこで、レヴィはリュウの瞳に宿る色が何なのかに気づいた。


 期待、だ。

 まるでレヴィに何かを期待しているようなその目。


 だけど、意味は分からない。

 何を期待されているのか。


「俺がついつい助けた相手が、なし崩しにパーティーに入った……とアイツは言うが、実際、クトーは選別してる。連れて行って欲しいと食い下がられたところで、見どころのない奴は、そいつの困ってた事態が終わればパーティーに入れずにオサラバだ」


 容赦のなさと、面倒見の良さ。

 それらは相反しているように見えて、実際は同じ気持ちから生まれているんだ、とリュウは言う。


「俺の目的は最初から魔王を殺すことだった。そんな道中で、無理をする奴は死ぬ。人を死なせるのは嫌だ。ーーークトーはそう思ってるんだろうな。今残っている連中は、全員クトーがきちんと面倒を見る、と決めた奴らばかりだ」


 無理やりついて来た者は、結局パーティーに入る前に全員リタイアした、と。

 そして、期待に満ちた表情のまま、リュウは胸から手を離してレヴィの頭を撫でた。




「そしてアイツが自分からパーティーに誘ったのはな、お前だけなんだよ、レヴィ」




「わ、私だけ!?」


 思いがけないことを言われて、レヴィは大きく目を見開いた。

 リュウは、いつものいたずら小僧のような顔でレヴィの兜をぽんぽん、と叩いてから、手を離す。


「そうだよ。だから珍しいと思った。……そんで、お前が来てからアイツはまた変わった」


 リュウが、結界の向こうに目を向けた。

 レヴィも目を向けると、魔物を倒しながらこちらに近づいてくるクトーが見える。


「……それまでは、多分お前みたいに誰かがクトーを説得しても、アイツは納得しなかっただろう。人の意見を聞いて、自分をその中に含める発言をしたのは、お前と出会ってからが初めてだ」


 だから、レヴィがクトーに自分の休暇を認めさせた時、リュウたちはあんなに驚いたのだ。


「アイツは、まだ成長してんだろうな。昔は人形だった。人形から子どもになった。子どもから朴念仁になった。……なんでも出来る所為で、一人ぼっちだった奴がな」


 リュウは、どこか嬉しそうな声音でいうが、自分の髪を掻き上げた腕のせいでその表情は見えなかった。

 昔よりも距離が近くなった顔。


「こっから先、アイツをまともな人間にするのは、お前だよ、きっと」

「……私が、クトーに何かしてあげた事なんか、ないですよ」


 いつも助けられて、お説教されてばかりだ。

 足を引っ張ったことだって、何回もある。


 その度に、彼は助けてくれた。


「お前の存在と、成長が、アイツにとっては何よりのキッカケなんだよ。ま、今は分かんなくてもいーけどな」


  リュウは、間近に来ているクトーを見てから、もう一度足を踏み鳴らして結界を解いた。

 

 即座に襲ってくる魔物を薙ぎ払い、レヴィを引き寄せて背後からの敵を貫くと、耳元で囁いてくる。


「お前とクトーが夫婦(めおと)になったら、俺はスゲェ面白ぇと思うんだがな」

「はぁ!? リリ、リュウさん!? ななな、何を言ってるんですかぁッ!!??」


 耳にかかる吐息に、思わず体を突き放すとリュウは抵抗せずに離れた。

 そのまま両手を広げて、指に挟んだ剣をぷらぷらと揺らす。


「可愛いもんを愛でるのが好きなアイツが、自分から着飾り始めたのも、お前が初めてだな。そうそう、あの可愛い病の始まりも、面白い話でよ」


 そんなリュウの背後で、ゴースト・バースターが食いつくように大きく口を広げるが、彼が目も向けずに軽く頭上に剣を払うと四散する。


「あの朴念仁、首をひねりながら俺にこう話しかけて来た。『絵というものの良さや、集める理由が全く分からん』ってな。だから俺はこう言った。『お前が見てて楽しいもんはなんだ?』とな」


 笑いをこらえきれないようにさらに口もとを緩めたリュウは、間近に迫ったクトーの銃弾が立てる音に被せて、言葉を続けた。


「そしたらあの野郎、『可愛らしいものは見ていて微笑ましい』とか言い出したから、『じゃ、それが絵が好きな奴と同じ気持ちだ』っつったんだよ。そしたら何を勘違いしたのか、『つまり俺は、絵画収集家のように可愛らしいものを集めれば良いんだな』と言い出して、あの妙な趣味に走った」

「クトーの可愛い病って、リュウさんのせいだったの!?」

「人聞きの悪いこと言うなよ。質問されたから答えただけだよ」


 あっはっは、とリュウは笑うが、冗談ではない。

 そんな適当な発言のせいで、自分が今こんなにもう苦労しているのに!


「真面目にお前を可愛くしようとするバカと、バカなことに真正面から応じる真面目ちゃん。……いやー、どこまで可愛くなるか、将来が楽しみだな!」

「めっちゃ楽しんでますけど、それ私嬉しくないですから!」

「そうか? 本当に?」

「えっ、あ……当たり前じゃないですか……」


 不意に真面目な顔で問いかけられて言葉に詰まると、リュウはすぐに破顔した。

 

「そこで真面目に考えるあたりが、お前の可愛いとこだと思うぜ」


 カッと頬に血が上り、言葉が出なくなる。

 またからかわれたらしい。

 

 だけど、続くリュウの話は、まだどこか真剣味を帯びた目で言われた。


「で、お前はアイツのことをどう思ってんだ?」

「可愛いもの好きの変人です」

「他には?」

「……私を見捨てずに、色々教えてくれる奴です」

「素直じゃねーなぁ」


 リュウは肩をすくめて、それ以上は追求しなかった。

 クトーが、レヴィの真横に着地したからだ。


「何を話している?」

「お前が来るまでの暇つぶしをちょっとな。そろそろ行くか?」

「ああ、大体、これの性能は把握出来た」


 クトーが両手の銃を掲げてから、次にレヴィの顔を見て眉をひそめる。


「どうした? 顔が赤いが」

「何でもないわよ!」


 八つ当たり気味に声をあげて、今度は3人一緒に先に進んでいく。

 

 程なく、地下に続く階段が見えた。

 怒鳴られたことを気にしていないかとちらっとクトーの顔を見上げるが、彼はいつも通りだった。


「……リュウさんが変なこと言うから……」


 小さく漏らしたつぶやきは、二人には聞こえなかったようだった。

 

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