おっさんは、屋敷の中に突入する。
「仕方がないな」
クトーはため息を吐いた。
屋敷に入らないまま旅杖をカバン玉に仕舞い、代わりに長大な針の束を納めた鞘を抜き出す。
【ピアシング・ニードル】と呼ばれる投擲具を改良したもので、小指の先サイズの『呪玉』が埋め込んであるものだ。
呪玉、というのは魔力を行使する際の媒体の一種だ。
『効果付きの装備品』は基本的に装備自体が媒介と効果イメージを代替するため、発現する効果は装備品自体に込められたものに限定される。
四宝のメガネや毒牙のダガーなどの効果は、これに当たる。
そのメガネとダガーにも差があり、メガネの分は『魔法効果』といって発動の際に特定の呪文と術者の魔力を必要とする。
ダガーに関しては、装備品そのものが『天地より吸収した気』を使用するために、呪文や魔力が必要ない。
代わりに発動が安定せず、拳闘士などが使う天地の気を任意に操る技術……すなわち『気功』に長けていないと、自在に効果を使えないのだ。
一方、呪玉というのは魔力媒介ではあるが、特定のイメージに沿わなくとも魔法を発動できる。
魔法は術者のイメージを魔力によって現実のものとして発現するのだが、この術者のイメージと魔力を繋ぐ媒体が呪玉だ。
代わりに、術者自身に明確なイメージをする修練と、魔力指向性を決定づける才能が必要となる。
魔法の杖、と一般的に呼ばれるものは、この呪玉を埋め込んだ装備の事だ。
「気が進まん……」
魔法を使いたくない。
だが、中の状況も分からないまま入り込むのは愚行だ。
クトーは仕方がないと諦め、腰の剣帯にニードルの鞘に備えられた掛け金を引っかけた。
「響け」
そのまま針を一本抜き出したクトーは、呪玉に魔力を込めて無造作に地面に投げる。
地面に突き刺さった針は、ピィン、と音の高い弦を弾くような音を立てた。
クトーが発動したのは風の補助魔法の一種で、周囲の現状を把握するものだ。
以前、レヴィがいずれ習得するかもしれないと思った、探査のスキルに似た魔法である。
「建物内部に、3、4、5……5人、か」
目を閉じて、魔法によって得られた建物内部の構造と生命反応を把握したクトーは、ゆっくりと目を開けた。
魔法を発動し、役目を終えたニードルが崩れ去るのを見て眉根を寄せる。
ニードルは安くもない魔導具なのに、一回限りで使い捨てなければならない。
この経費がかさむのが、クトーが魔法を使いたくない理由の1つだった。
だが、状況は把握した。
1人は離れた場所にいて、残り4人は建物の中央付近にいる。
固まった4人の内1人も、他の3人から少し外れた場所にいた。
「経費の分くらいは、情報を生かさなければな」
この魔法で得られる情報はあくまでも魔力と発動段階での生命反応を把握するものなので、顔立ちや腕前などは分からない。
だが、相手がどうであろうと戦闘の初動で必要な行動は2種類に限定される。
初手不意打ちから相手の最大戦力を削ぎ落とすか、潜伏行動で周囲から気づかれないように潰していくかだ。
ーーーこれ以上、時間をかけるつもりはない。
クトーは狙いを、初手不意打ちからの殲滅に定めた。
別に全員捕らえる必要はなく、1人生かしておいて情報を吐かせればいい。
再び籠手の効果を使用すると、クトーは上へと跳ねた。
頭上、というのは、一番不意を打ちやすいのだ。
一階建ての広い屋敷へと落下を始めたクトーは、カバン玉から武器を取り出した。
巨大な木製のハンマーヘッドと金属の柄を持つ戦鎚だ。
打撃部の側面に『ひゃくとん』という意味不明な文字列を刻んである。
以前知り合った女性冒険者が、ハンマーの威力を上げる呪いだと言っていたのだ。
根拠はまったくない上に効果もなかったが、その文字自体は丸くて可愛らしいものだった。
なので、新たに作り直すたびに意匠として添えてあるのだ。
クトーはハンマーを振り上げ、落下の威力を乗せて平屋の屋根に叩きつけた。
凄まじい轟音と共に、屋根とハンマーヘッドが砕け散る。
突入専用の武器なので、ヘッドも最初の一撃のために使い捨てだ。
そのハンマーの中から、ヘッドを支えていた太い金属の打撃部が現れて本体である棍棒に変化した。
室内では、取り回しの利く獲物の方が使いやすい。
屋根に空いた大穴から、クトーは屋敷の中に飛び込んだ。
部屋は暗い、が、何も見えないというほどではない。
闇の中で3人の気配が一斉に散開したのを感じて、クトーは軽く舌を鳴らした。
1人くらいは押し潰せるかと思ったが、こちらの不意打ちに即反応とは手練れのパーティーだ。
顔は見えないが、全員がそれなりに屈強な体格をしている。
畳敷きの広い部屋は一面が壁で、残り三面が白い薄紙を貼ったドア……『ショウジ』によって仕切られていた。
クトーは丸腰に見えた1人に狙いを定めて、中空でメイスを肩に担ぐように構える。
着地と同時にタタミが軋むほどに沈み込むが、膝をたわめて衝撃を殺し、そのまま這うように低い姿勢で打ちかかった。
破壊した屋根の破片が舞っている中で、メイスを斜めに叩き落とす。
狙ったのは相手の左腿。
しかし相手は避けもしないまま軽く腰を落とし、そのままメイスの一撃を腿で受けた。
鋼鉄よりも硬いものを叩いたような衝撃を感じて、クトーは驚く。
足を止めたこちらに対して、相手が即座に体をねじった。
両足を踏ん張った姿勢のままバネのように上半身を反転して、鋭い右拳が横薙ぎに迫って来る。
とっさに叩きつけたメイスの柄尻を跳ね上げて柄で受けると、またしても凄まじい衝撃と共に、攻撃を受けた部分が曲がった。
「……!?」
メイスの金属は、練鋼と呼ばれるものだ。
Bランク魔物素材に近い靭性を持つ武器をあっさりと破壊する敵に目を細めながら、クトーはメイスから手を離した。
敵の足元をすり抜けて、そのまま背後を取る。
攻撃をする為ではなく障害物にするためだ。
キィン、という音と共に振り向いたクトーの目に映ったのは、手放したメイスが斬り捨てられた光景だった。
頭上から射し込む月明かりが、幅広の剣刃をきらめかせている。
素手の男を相手にしていたクトーの背中を狙い、一足飛びに斬り込んで来た別の男の一撃だ。
それを見ながら腰の剣に手を添え、ニードルを一本引き抜いて魔力を込める。
「照らせ」
クトーは、床にニードルが突き立つと同時に目を閉じた。
直後に、凄まじい輝きが音もなく炸裂する。
閃光を生み出す火の呪文だ。
自分の視界も効かなくなるが、クトーは脳裏に叩き込んだ敵の配置と気配から、相手の動きを察して横に飛んだ。
最後の3人目、おそらくは鎧を纏っている特に大柄な相手が、そちらから回り込んで来ているのを直前に見ていたからだ。
剣を両手で構えてクトーが直突きを放つと、ギン、と硬い感触と共に何かに防がれる。
おそらくは盾だ。
同時に左上から、ヒュ、というかすかな風切り音が聞こえた。
クトーが頭を下げると同時に、首の後ろを巨大な質量が通り抜けていく。
ものは分からないが、おそらく鈍器に類する武器だ。
3人目は重戦士なのだろう。
全員、視界を塞がれているのにこちらの動きに即応してきた。
そして最初の動き、打ち合った感じから、全員がAランク以上の腕前を持っていると判断する。
クトーは本気になった。
取り押さえる事の優先順位を下げ、全員殺し切る事を最優先に。
手を緩めれば、こちらが殺される。
剣から片手を離して、クトーはカバン玉からもう一本、武器を取り出した。
【双竜のダガー】と呼ばれる一対のダガーの片割れで、凄まじい硬度のあるAランク装備だ。
二刀流になったクトーは、ジリ貧にならないように自分から仕掛け続けていく。
重戦士が姿勢を立て直す前に、背後を振り返ってタタミを蹴った。
滑らかな動きで迫って来ていた素手の男と思われる気配を、剣で牽制して動きを止める。
同時にさらに踏み込んで腰だめに構えたダガーを、そちらは時間差で迫っていた幅広剣を使う男の気配に突き込んだ。
相手は素直に後ろに下がるが、クトーはダガーを軽く手放して宙に置き、柄尻に二本の指を添えて全力で押し出す。
リーチを伸ばすように追撃を仕掛けたダガーの向かった先で、金属同士がぶつかる音。
ダガーは弾かれた。
と、思ったところで閃光が収まる。
即座に目を開けたクトーと、素手の男の目が合った。
ちょうど男の両手が、振り抜いた剣の刃を挟んだところだ。
そこでなぜか、素手の男が目を見開いて動きを鈍らせたのをクトーは見逃さない。
剣からも手を離して、両手の塞がった素手の男にピタリと密着した。
次に抱きしめるように首に腕を回して、もう片方を手は服の背中辺りの布を掴む。
そのまま、首投げを打った。
素手の男は抵抗しないまま刃を挟んでいた手を開き、投げの威力を受け身で殺し……口を開く。
「待って待って待って! ちょ、クトーさん!?」
聞き覚えのある声だった。
腕で喉を締めて黙らせようとしたクトーは、自分の動きを止める。
背後の鎧の男と、ダガーを弾いた後に斬りかかって来ようとしていた男も、同様に止まった。
「え? なんで?」
「ウソぉ……」
クトーはそこでようやく、素手の男の顔立ちに目を凝らした。
自分の幼い容姿を気にして似合わない無精ヒゲを生やしている、引きつった表情の見慣れた……仲間の1人であるギドラの顔がそこにあった。
「……」
次に目を上げて薄暗い中にいる残り2人を見ると、のっぺりした顔立ちでどこか面倒くさそうな表情をしている剣闘士ヴルムと、濃ゆい顔であんぐりと口を開けたハゲの重戦士ズメイ。
少し考えてから、クトーは口を開いた。
「……お前ら、裏切ったのか? 俺に襲いかかって来るとは」
クトーが冷たく目を細めていると。
「「「いやいやいや、襲いかかって来たのそっちっすよね!?」」」
仲のいい3バカは、口を揃えて一斉に反論して来た。




