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No.241:side・mako「世界から落ちた先で」

 世界の外へと落ちてしまったあたしたちを待っていたのは……七色の世界。


「……はぁ!?」


 色彩が目まぐるしく変わる。その割には目がちかちかするという感じがしない。

 まるでそれがその通りであると言わんばかりに自然な色に見える。明らかに、おかしい風景なのに。

 広がる空間の中に、何らかの物質があるようには見えない。ただひたすらに、七色に変わる空間が広がっている。

 そんな場所に、あたしはしっかりと両の足で立っていた。

 重力を、真下に感じる。そのはずなのに、四方からも何かの力を感じる。

 常識を超えた状況に、頭が混乱してくる。


「な、なにここ……? どうなってるの?」

「ま、真子ちゃん!」

「! 礼美!?」


 あまりの光景に呆然となっていると、礼美の声が後ろから聞こえる。

 慌てて振り返ると、なぜか重力に逆らった状態であたしに駆け寄ってくる礼美の姿が見えた。


「真子ちゃん、無事!?」

「あんたが無事なの!? つかどうなってんの!?」


 礼美がいったいどこを走っているのか、まったくわからない。

 というか、地面を駆けている様な気やすさだけど、地面なんかないでしょう!?


「二人とも、無事!?」

「光太君!」

「!?」


 さらに聞こえてきた声を見上げると、何故か切れ込みの中から光太が上半身を出していた。


「よかった、無事なんだね!!」

「だからなんで!? なんでそんなことになってんのよ!?」


 切れ込みの中から体を引きずり出す光太の姿に思わず半狂乱になってしまう。

 手が付けるようなものがあるはずないのに、何の問題もなく両手をついて体を引き上げてやがる。

 ホント何!? どうなってんの!? っていうかここどこ!?


「これが“うちゅうのほうそくがみだれる!”って奴か……」

「その声は隆司! 今度はどこから出てくるの……!?」


 聞こえてきた声にあちらこちらを見回す。

 あのバカの事だから、究極的に変なところから……!


「真子ちゃん、足元!」

「足?」


 礼美の慌てた様子の声に足元を見下ろすと、あたしの足元に座した隆司の姿が見えた。

 つむじの辺りに、ちょうどあたしの足の裏がある。


「うぉえぇ!? なんてとこにいるのよ!?」

「俺に言われても。気が付いたらこうだったし」


 慌てて飛び退くと、隆司が立ち上がる。

 なんていうこともないように服の埃を払うような動作をして、礼美の体をあたしの体の向きを基準に直した。


「ホレ、礼美も光太も、体の向きを真子に合わせちくれ。そのまま話をしてたら吐きそうだ」

「あ、うん。ごめんね?」

「隆司、ちょっと肩貸して」

「なんであんたたちこの状況に対応できてんのよ……」


 なんていうこともなく体の向きをあたしに合わせてくれた三人の姿を見て、あたしはげんなりとため息を吐く。

 っていうか、ホントなんでこんなことになってるのよ……。


「っていうか、あたしたち、確か……」

「偽神諸共、あの“穴”に落ちたんだったな」

「そ、そうだよね、私たち、“穴”に落ちちゃったんだよね……」

「じゃあ、ここが世界の外……?」


 光太が見回す光景は、相変わらず変異する色の空間。

 ……世界の外って、もっとこう、暗黒が広がってるとかそういうイメージだったんだけど。


「……隆司、あんたはここがどこか知ってる?」

「いや。少なくとも真古竜エンシェント・ドラゴンの記憶にこんな場所はねぇな。てっきり外に落ちた偽神が新しく作った世界にでも落ちるんじゃねぇかと思ってたんだが……」


 辺りを睥睨する隆司。その顔には少なくない緊張が満ちている。

 偽神の巻き添えをもらって世界の外に落ちても……正直に言えば、何とかなると踏んでいた。

 隆司が言ったように、世界の基盤となるべく生み出された偽神が、あたしたちが助かる世界を作ってくれると考えていたからだ。

 世界の外に落ちれば、偽神の肉体がすぐに別の世界を生み出す……その考えが間違っていたっていうの……?

 と、あたしたちの周りから、声が聞こえてきた。


―何故、あのお方は姿を見せてくださらなかったのか……―

「!」

「この声……!」


 隆司と礼美の顔に緊張が走る。

 そして、あたしには聞き覚えがなく、光太も辺りを不思議そうに見まわしている。

 ……つまり、これがマルコの声か。


―世界を滅ぼす、その一因を私は生み出した……。しかし、あの方は私の前には表れてくださらなかった……―

「マルコさん! どこにいるんですか!?」


 辺りから聞こえてくる声は、一方的にしゃべる続ける。

 礼美が大声を上げて呼びかけるけれど、マルコの声はそれに一切かまわず言葉を続けた。


―この世に産み落とされて四百年余り……私は、ただひたすらに国を守るために動き続けた―

「……」

―その過程で、多くのものが、命が、失われていった……。果たして、私のやってきたことが正しかったのか、間違っているのか……それさえもわからぬままに、私は動き続けた……―


 一方的な独白が続く。

 その内容は……魔王国の歴史かしら……?


―魔王国の黎明期は、それでよかった……。動かねば、より多くのものが死んだ。私は、動くしかなかった。

 だが、国が安定し、人々が安心して眠れるようになった頃、私の中に疑問が生まれた……果たして、これでよかったのかと……―


 独白の中に、わずかに苦心のようなものが見え隠れし始めた。

 礼美が、ぎゅっと拳を握る。


―生まれた疑問は、ようやく得られた時間の中で大きく育った……。私の疑問に正当を与えてくれる者はいなかった……。果たして、これでよかったのか……この疑問の答えを得るために、私は一つの試行錯誤を繰り返した……それは、魔王様がなぜ、私を生み出したのか、だった……―

「例の人身形成の事か……」

―魔王様が私を生み出したのであれば、なぜこのような疑問を考えるように作られたのか……私は、知りたかった―


 隆司の言葉に、声がわずかに同意するような気配を滲ませた。

 ……確かに、マルコのいうとおりだ。あたしが魔王国を守るために四天王みたいな存在を生み出すとすれば、余計な疑問の余地を挟まない、機械のような存在を作るだろう。

 ヴァルトにしろラミレスにしろ……そしてリアラにしろ。人並みの感情を備え、喜び、怒り、泣き……そして笑う。ごく当たり前の、人間のように振る舞っていた。

 魔王はどうして、四天王をそういう存在にしたのか……マルコでなくともその疑問は浮かぶでしょうね……。


―長き試行錯誤の中、私は結局魔王様の御意志を伺いする機会を得ることはなく、ついに禁忌に手を染める決意をした―

「それが、今回の神位創生……」


 光太の言葉が、嫌に重たく響き渡る。

 礼美が俯き……そして顔を上げて叫んだ。


「マルコさん! どうして、そこで、踏みとどまらなかったんですか!? 何故……!?」

―私は、知りたかったのだ……私の疑問の答えを。私の為してきたことの、正否を―

「正しかったに、決まってます! 魔王国は、マルコさんのおかげで、あんなに栄えていたじゃないですか……!」


 礼美の言葉に、マルコが返す。

 この子は誘拐されたおかげで、魔王国の内情を知る機会があったんだ。

 詳しく聞いてはいないけれど、少なくともそこまで危機に瀕していたわけではないようだ。

 であれば、確かにマルコのやってきたことは間違いでは……。


―…………では、何故ソフィア様が降臨されたのか―

「え……?」


 マルコが口にしたソフィアの名前は。

 わずかに、憎悪がこもっているように聞こえた。


―ある日突然現れた竜の子……この世界で何よりも優れた種族の子を……何故、魔王様は玉座に据えられた―

「それ、は……」

―答えは簡単。私の行いが間違っていたことに他ならない。……我々の代わりなのだ、彼女は―


 周りから、音が聞こえる。

 空気が、ありもしない大地が、震える音が。


―竜は太古より優れた種族。かつての世界には竜が納めた国も存在していた……。その赤子が、玉座に降り立った。そのことが、何よりも、私の心をかき乱した……!―


 体が揺れる。

 いったいどこから伝わってくるのか……振動が伝わるようなものなんて、あるはずがないのに。


―不甲斐なき自らの怒りで、体を震わせ、魔王様に見限られた悲しみに枕を濡らすこともあった……―

「そんなのテメェの思い込みだろうが! 勝手にソフィアを恨んでんじゃねぇぞ!?」

―そう、すべては我が妄想……。貴方のいうとおりだ真古竜エンシェント・ドラゴン……―


 隆司の怒りを孕んだ声に返ってくる冷静な声。

 なんなのこの男……? 自分の感情を制御できているのかいないのか、さっぱりわからないわよ……!?


―故に、私は、魔王さまの御降臨を望んだ……どのような手段の訴えてでも……!! そのお言葉によって、我が身を否定していただくために……!―


 同時に、目の前でガラスが砕け散る轟音が響き渡り、目の前の巨大な何かが現れた。

 目のあえに現れたのは、幾重にも折り重なった巨大な翼の塊……。けれど、その大きさは偽神ほどではない。一回り、小さいくらいか。

 天使のそれにように羽毛に覆われた翼が、ゆっくりとした動作で取り払われていく。背に生えたそれを、ゆっくりと広げるように。


―……たとえそれが世界を滅ぼすことになっても……―


 そして、完全に翼を広げ、露わになったのは、よくわからない物質。

 おおよそ想像し得るあらゆる生き物をまぜこぜにして、団子状にしたら、ちょうど目の前に現れたそれと同じものが出来上がるだろう。表面に見えるあらゆる生き物の顔は、絶えず脈動し、吠えるように口を開閉した。

 そんな化け物の中心辺りに、ひときわ目立つものが存在した。

 それは、人間の体。上半身だけ、胸像のように化け物団子から生えたそれは、ゆっくりと手を広げ、あたしたちの方を見る。

 端正な顔立ちをした、色白な男だ。男が、ゆっくりと口を開く。


―魔王様から賜るお言葉……それこそが、我が望みなのだから……―

「マルコさん……!」

「あれが!?」


 礼美の言葉に驚愕し、思わず二度見する。

 ……確かに、偽神の首筋に生えていた顔によく似ている気がする……。どういう状況なのアレ!?


「ちょっと、隆司! わかる!?」

「知らねぇよ! 多分、偽神の肉体の制御を、マルコが完全に掌握してるんじゃねぇか!?」


 目の前に出現したマルコの異様な姿に、さすがの隆司もひるみながら構える。

 隆司にさえも理解不能。当然あたしにだってわかりゃしない。

 光太と礼美も、さすがにそれぞれに構える。

 そんな私たちを見据えながら、マルコが再び口を開く。


―この身一つでは魔王様はご降臨めされなかった……ならば、もう一つ偽神を用意するまで―

「まさか、あたしたち狙われてんの……!?」

「俺たちを引きずったのはそのためか……!」


 マルコの視線が敵意を帯びる。

 あいつがあたしたちを掴んだのは……ここであたしたちの中にある力を利用して、神位創生を行うため!?


「構えろお前ら! 来るぞ!!」

「もう構えてるわよ!!」

「マルコさん……! どうしても!?」

「戦わないといけないのか……!?」


 戸惑うあたしたちに対して、動き始める偽神。

 右も左もわからないうえ、逃げ場さえない状況で……。

 最後の戦いが、はじまった。




 真の偽神との戦いが始まる。

 すべてをかけて、力を振るう勇者たち。果たして、勝つのは。

 以下、次回。


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