『ジプシー』の地下の秘密 3
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薄暗い地下では、下卑た笑いと異様な熱気に包まれていた。
紳士淑女は一様に仮面をかぶり、円卓で軽食を取りながら、一段高いところにあるステージを見やっている。
赤いカーテンがかかっているステージでは、今まさに、本日の目玉ともいえる少女たちがオークションいかけられようとしていた。
(シュゼット……!)
一人一人、大きな鳥かごのようなものに入れられた少女たちの中に、見知った金髪の美少女を見つけて、シオンは今すぐに飛び出したくなるのをぐっとこらえる。
『ジプシー』の地下。
一階の店主や客、二階の娼婦たちやその客を取り押さえた兵たちとともに、シオンとアークは息を殺して地下へ降りた。
地下に見張りはおらず、オークションがはじまっていることもあって、出入りする人もいない。
こっそりと中を伺いつつ、頃合いを見て兵士たちとともに雪崩れ込む手はずだ。
さすがにオルフェリウスが直々に動くこともできないため、シオンはオルフェリウスに「何が何でもシュゼットを無事に連れ帰れ!」と命令を受けていた。その時の血走った目を思い出して、シオンはため息をつきたくなる。
言われなくともシュゼットは連れ帰るが、最愛の妹の危機に、動きたくても動けなくて地団太を踏んでいる国王は、正直今まで見たこともないほどに危険だ。万が一シュゼットに何かあったら、公私混同でオークション会場にいたものすべてを極刑に処しかねない。
ある意味、絶対に失敗できない任務だった。
兵の指揮を執るのは、そんな国王にかわり、第一秘書官のオーゲンである。彼もオルフェリウスにいいようにこき使われている、かわいそうな男だった。
ステージでは、少女たち一人一人が順番に競りにかけられている。
扉の影からシオンがこっそりとオーゲンを振り返れば、兵の配置を終えたのだろう、彼はゆっくりと首肯した。
「――捕えよ!」
オーゲンの一言で、どっと兵士がオークション会場になだれ込む。
突然の兵士たちに、オークション会場のあちこちで悲鳴や怒号が上がった。
運よく兵士の間をすり抜けて階上に上がれたものがいても、上でも十何人もの兵士が待ち構えている。
兵士たちの合間を縫って、シオンはステージに駆け寄った。
「シュゼット!」
閉じ込められている籠をあけようとするも、鍵がかかっているのかビクともしない。
シュゼットは籠の中で、ぼんやりと虚ろな目をして座っていた。
シオンは真っ青になり、力ずくで籠をあけようとしたが、シオンが籠を破壊するよりも早く、アークが「シオン!」と叫んだ。
首を巡らせれば、ステージの下でフランク神父を押さえつけたアークが、シオンに向かって何かを放り投げる。
空中で難なくそれをキャッチしたシオンは、それがカギだとわかると、慌てて籠をあけてシュゼットを引きずり出した。
「シュゼット!」
虚ろな目をした少女の頬を、シオンは軽く叩く。しかし彼女は、ぼんやりとした目をシオンに向けて、その唇を薄く持ち上げて見せただけだ。
シオンは大きく息を吸い込んだ。
――ある一定の量を与えると、仮死状態から目覚めたマウスは、まるで人形のように、ほとんど何の反応もしなくなったんだよ。
――そのオークションで売り出される少女たちは、まともな意識がないそうだ。
フェリオと帽子屋の言葉が脳裏に蘇る。
(まさか……、シュゼットもあの薬を……?)
その仮説は、シオンを絶望させるに足るものだった。
シオンは腕の中の少女を見つめる。
金色の髪をした、実年齢よりも幼い外見の美しい少女。口を開けば小生意気なことしか言わず、腹が立つこともしばしばで、シオンは何度もシュゼットのお守を命じたオルフェリウスを恨んだ。
さっさとお守から解放されて、平穏な日々に戻りたいと思ったこともある。
けれど――
「シュゼット……」
こんな風に、人形のように美しい彼女が、本当の人形になることを望んだわけじゃない。
シオンはシュゼットをきつく抱きしめて、唇をかむ。
「シュゼット……、遅くなって、ごめん」
シオンの声は、震えていた。
「何度だって謝るよ。だから、……お願いだから、元の生意気な君に戻ってくれよ。そのためならなんだってするから! こんな君は見たくないよ……!」
シュゼットを抱きしめたまま、シオンは悲痛な声をあげる。
しかし、どれだけ叫ぼうと、泣こうとも、きっとシュゼットは戻ってこない――、そう、思ったときだった。
「何でもか。約束ね」
腕の中で、やけにはっきりとした声が聞こえてきて、シオンは目を丸くした。
もぞもぞとシオンの腕の中で身じろぎして、顔をあげたシュゼットのエメラルドのように美しい瞳がしっかりと自分を捕えていることに気づいて、シオンは「え……」と間抜けな声をあげた。
「何でもすると言ったわね、いいことを聞いたわ」
その顔は、見知った小生意気な少女そのもの。
ポカンとするシオンの腕から抜け出したシュゼットは、アークに捕えられているフランク神父を見下ろして、
「チェックメイトね、神父さん」
まるですべてお見通しだと言わんばかりに、にっこりと微笑んだ。




