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ブラックシープ~人形姫との下僕契約~  作者: 狭山ひびき
Act.1 人形姫との下僕契約

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ルブラン教会の謎 2

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 ルドルフ警部は一人、ローデル男爵邸の前にいた。


 本当は今日もシオンとともにローデル男爵邸を捜査するはずだったのだが、シオンの急用が入ったのだ。


 また日を改めてとシオンには言われていたが、デニール子爵からは行方不明の娘の捜査に進展についてせっつかれるし、子爵のせいで、今まで行方不明事件に見もしなかった警察上層部が騒ぎはじめたし――。なので、この事件をさっさと解決したくて仕方がないルドルフ警部は、結果一人でローデル男爵邸を訪れることにしたのだ。


 ルドルフが訪れると、執事のトムキンスはあからさまに嫌な顔をした。今日はシオンがいないため、表情を取り繕う気はないらしい。


「またあなたですか」


 邪険にされても、ルドルフはめげなかった。長く警官をやっていれば、捜査中に、まるで汚い野良犬を見るような目で見られることはよくあることだった。いちいち気にしては仕事ができない。


「今日も邸の中を調べさせてくれませんかね?」


 トムキンスは嫌そうな顔をしたが、国王からの令状が出されていることを思い出したのか、渋々ながらに了承した。


 ルドルフは「どうも」とだけ礼を言うと、すたすたと邸の中に入った。


 ローデル男爵の書斎はシオンが調べていたようだが、実際にルドルフは見ていない。素人では気づかないものがあるかもしれないと、彼は書斎から調べることにした。


 壁一面の本棚には本がびっしりと詰まっているが、その割にローデル男爵は読書家ではなかったようだ。本棚の本と棚の隙間には埃が積もっていたし、散らかっている机の上には本は積まれていない。


「それにしても……、掃除はしないのか?」


 少なくともメイドを雇っているようなのに、どうして書斎はこれほどまでに散らかっているのだろうか。


 二日の捜査で、ほかの部屋を見て回ったが、それらはしっかりと掃除が行き届いていた。亡くなったローデル男爵夫人の部屋にしてもそうだ。


 それなのに、どうして主人の書斎だけがこれほど汚いのだろう。


「人に触らせたくなかったのか?」


 だとすれば、自ら掃除してもいいようなものだ。もっとも、男爵は行方不明のため、掃除したくてもできないだろうが。


 ローデル男爵は本棚をゆっくりと見ていく。別に珍しいものは何もない。経済や歴史――ルドルフには理解の及ばないような小難しそうな本が並んでいる。


 ルドルフは部屋の入口から奥に向けて本棚を物色していき、ふと、部屋の奥の壁の本棚のところで足を止めた。


 どこも埃が積もっていたというのに、一カ所だけ埃が積もっていない。そこにある本を手に取れば、それは本の形をした――しかし、本よりも短い、厚紙性の箱だった。


 シオンが箱の中に入っていた鍵を取り出していたとは知らないルドルフは、箱を開けて中に何も入っていないことに首をひねる。


 そして、その箱を放り出すと、箱が入っていた隙間に手を差し込んだ。奥に何かあるのではないかと思ったのだ。


「なんだ……? やけに奥まで……」


 そこは、本棚の割にやけに奥行きがあった。首をひねりながら探っていると、何かでっぱりのようなものを見つける。そのでっぱりを指先で調べていると、突然、カチリと音がした。


「……なんだこりゃ」


 本棚の一つが突然奥に引っ込んだかと思えば、その先に人一人通れるほどの幅の短い廊下と、その奥に扉。


「隠し部屋、か……?」


 ルドルフの顔が途端に輝いた。発見だ。大発見だ! きっとこの奥に、何か手掛かりがあるに違いないと、長年の勘が告げていた。


 ルドルフは三歩もあれば扉までたどり着ける短い廊下を進み、奥の扉を開ける。鍵はかかっていなかった。


 奥の隠し部屋には、小さな明り取りの窓が天井近くについているだけなので、明かりが十分の取れず薄暗い。


 ルドルフは足元に注意をしながら部屋の中に入り、――息を呑んだ。


「ロ……ローデル男爵!?」


 部屋の中には、ローデル男爵がいた。


 手足を縄で縛られて、ぐったりと横になっている。息をしているのかどうかも怪しかった。その隣には金色の髪をした、美しい女性が、寄り添うように横になっている。まるで眠っているようだが、ルドルフは血の気のないその肌を見て、彼女に息がないこと理解する。


 たしかシオンが、ローデル男爵の妻の遺体は腐敗していなかったのだと言っていた。教会から消えたというその遺体と、目の前の金髪の女性の遺体の特徴が一致する。


「なんてこった……! おい、男爵! 生きてるか!?」


 ルドルフはローデル男爵に駆け寄り、その頬をぺちぺちと叩いた。その時――


「まったく、こんなところにまで入り込むなんてね……」


 背後から忌々しそうな声が聞こえてきたと思ったその瞬間、頭にガンッと強い衝撃を受けてルドルフはよろめいた。


 目の前が真っ赤に染まり、視界が濁る。


 吹き飛びそうな意識を意地でつなぎとめて振り向いて、ルドルフは目を見開いた。


「お前――……」


 しかし、最後まで言葉にすることはできなかった。


 再び振り下ろされたステッキがルドルフの後頭部を直撃して、彼はそのまま意識を失ったのだった。



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