消えた姫君 7
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シュゼットは一人、ルブラン教会の前にいた。
アークは本日、実家の用事で不在で、シオンもルドルフ警部の捜査に協力してローデル男爵家に行っているのだ。
兄であるオルフェリウスに出かけたいと伝えたところ、最初は一人ではダメだと止められたが、ちょっと外の空気が吸いたいだけだとごねると、妹に甘い兄は渋々ながら折れた。
護衛をつけようとするオルフェリウスに、すぐ戻るからいらないと告げて、馬車だけ用意してもらい、こうしてルブラン教会までやってきたのだ。
(相変わらず誰も来ないのね)
シュゼットは教会の近くに馬車を残して、とことこと石畳を歩いていく。
今日は日傘をさしてくれるアークがいないから、鍔の大きな白い帽子をかぶった。幸いなことに空は曇り空で日差しは強くない。それでも気温は高いが、馬車を降りたところから教会までの道はそれほど距離はなかった。
たどり着いた先の教会の扉は閉まっていた。
扉を引いて中に入ってみるが誰もいない。
中はひんやりとしていて、薄暗かった。祭壇の蝋燭は灯されていない。
シュゼットはとことこと祭壇に向かって歩いた。
(フランク神父……、出かけているのかしら?)
シュゼットはフランク神父に用があった。キャロルの遺体が発見された夜のことをもう少し詳しく訊きたかったからだ。
シュゼットは祭壇の奥の扉を開けた。扉には鍵はかかっていなかった。
もしかしたら、キャロルの遺体が安置してあった倉庫のような部屋にいるのかもしれない。
シュゼットは地下室に続く階段を降り、たどり着いた部屋の扉を押した。やはりこの部屋にも鍵はかかっていない。
地下室は相変わらず埃っぽかった。ランタンも何もないせいか部屋の中は真っ暗で、何も見えない。
(ここにもいないのね)
さすがに闇に覆われた部屋の中に入る勇気はなく、シュゼットは踵を返そうとして、ふと、部屋の奥に小さな灯りが漏れていることに気がついた。
奥に何かあるのかもしれない。
シュゼットは壁に手をついて、足元に注意しながら、そろそろと灯りが漏れている方に向かって歩く。
近寄ってみると、部屋の奥に扉があるようだった。灯りは、扉と壁の隙間から漏れているようだ。
つまり、この奥の部屋は灯りがともされている。フランク神父だろうか。
シュゼットは少し悩んでから、手探りで部屋のドアノブを探して、そろそろと開ける。
「フランク神父、ここにいるの?」
声をかけながら部屋に入ったシュゼットは、部屋の中を見て息を呑んだ。
(なに――、ここ)
茫然と立ち尽くす。
あまりの光景に思考回路が凍結した。――だから、気がつかなかった。
シュゼットが背後に何かの気配を感じたときには、遅かった。
「―――ッ!」
突然、背後から誰かに羽交い絞めにされて、シュゼットは手を振り回してもがく。
しかし、シュゼットの小さな体はいとも簡単にねじ伏せられ、口元にハンカチのようなものがあてられた。
ハンカチから香るのは、ツン、と鼻につく刺激臭。それに気がついた時はその香りを肺いっぱいに吸い込んでしまった後だった。
(さいあく……)
ひどい頭痛と眩暈、そして、遠のいていく意識。
シュゼットは気を失う前に、男の顔をみて、自分の読みの甘さを痛感して、ここへ一人で来たことをどうしようもないほど悔やんだ。
シュゼットの白い帽子が、床にパサリと落ちる。
(……シオン……)
最後に、淡い金髪に青い目をした男の顔を思い描きながら、シュゼットは意識を手放した。




