消えた姫君 6
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「つまり、あなたはローデル男爵が何かよくないことに巻き込まれたのではないかと思っているのですね?」
シオンが訊ねると、ジルは難しい顔で頷いた。
「旦那様は確かに怒りっぽいところはおありですけど、それでも、あんなに声を荒げることは滅多にないんです。きっとあの夜、何かがあったに違いありません」
「その日、どなたかが訊ねてこられましたか?」
ソファに腰を下ろしたジルは、しきりに扉を気にするようなそぶりを見せながら答える。
「いいえ、その日は特に、どなたもいらっしゃいませんでした」
「あなたが気づかなかっただけということは?」
「それは……、わかりませんけども。でも、お客様がお見えになったら、玄関から入るでしょう? 気づかないことはないと思いますよ」
「そうですか……、でも、男爵は怒鳴っていらしたのでしょう? まさか独り言ということはないでしょから、相手がいるはずでしょうけど」
シオンが考え込むそぶりを見せると、ジルは部屋の入口の扉を見ながら、急に声を落とした。
「……あたしは、トムキンスさんじゃないのかと思います」
「トムキンスさんですか?」
ジルは大きく頷く。
「実は、トムキンスさんと旦那様はあまり仲がよろしくないんです。どうして解雇しないのか、あたしにはさっぱりわかりませんが……、邸にはあたしとキッチンメイド、トムキンスさんしかいません。旦那様は女性に向かって声を荒げることはなさいませんから、トムキンスさんだと思います」
「しかし、そうだとして、トムキンスさんは男爵がどこに行ったのか知らないのでしょう? そうであれば、夜に怒鳴っていたという件と、男爵が行方知れずの件は、関係ないのでは?」
「そうかもしれませんけども……、ただ、あたしにはトムキンスさんが何かを隠しているような気がしてならないんです」
そこでようやく、シオンはジルがしきりに部屋の入口を気にしている理由に気がついた。トムキンスが入ってくることを警戒しているのだ。
「あなたは、トムキンスさんにあまりいい印象をお持ちでないようですね」
ジルはハッとしたように顔をあげて、それからしばしば沈黙すると、小さく首肯した。
「……あたしは、あの人が邸に来たときから、正直、あまり信用は出来ませんでした」
「すると、トムキンスさんは最近この邸に?」
「はい。二年と少し前でしょうか、奥様がお亡くなりになる少し前に、突然旦那様が雇われたんです。前任の執事が年を取って引退してから、ここには執事はいませんでしたから。旦那様も、必要ないと言われていたのに、急に……。でも、旦那様は最初からトムキンスさんを毛嫌いしているようだったので、どうして雇ったのか不思議だったんです」
「それほど仲が悪かったのですか?」
「ええ……。旦那様はよく、トムキンスさんに『いちいち口を出すな!』と言われていました。トムキンスさんは使用人のくせに、出すぎるところがありましたから。それに、トムキンスさんはどこか、旦那様を小馬鹿にしているようなところがあったんです。雇われているくせに態度が大きいと感じたことも……。だからあたしは、あの人が好きになれないんです」
ジルはそこまで言うと、ソファから立ち上がった。
「だから……、お願いです、旦那様が心配なんです。旦那様を探してください」
そう言ってジルは、ぺこりと頭を下げると、慌てたように部屋を出て行った。よほどトムキンスを警戒しているのだろう。
(トムキンスが、ね)
シオンは意外に思いながら、テーブルの上においた日記帳を抱えて部屋を出た。




