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ブラックシープ~人形姫との下僕契約~  作者: 狭山ひびき
Act.1 人形姫との下僕契約

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消えた姫君 3

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 ローデル男爵の書斎にあった薬品について調べていたフォリオから連絡があったのは、フォリオに薬品を渡した四日後のことだった。


 まだ、調査途中ではあるそうだが、フォリオ曰く、ローデル男爵の書斎にあった薬品をマウスに投与し続けたところ、そのマウスは眠るように死んだという。


 そして、その死骸は死蝋に近い状態になっていたそうだ。


 ――シオン! この薬品を作った人物は天才だよ! 


 興奮気味に腕を振り回しながらフォリオが言っていたのを思い出し、シオンははあっとため息をつく。


(……キャロルはおそらく、この薬品を飲まされたのだろうな)


 死体が腐らないことから考えて、そう考えるのが正しいだろう。


 すると、やはりローデル男爵がキャロルを殺害したのだろうか。


 しかしそうならば、気になるのは帽子屋が調べてきたことだった。


 ――そして三日後、いくら待っても夫人が目覚めないと知って、号泣したそうだ。なぜだ――そう叫んでいたという。


 元メイドだという女のその証言が正しいのであれば、男爵はキャロルを殺すつもりはなかったということになる。


 ますますわからなくなって、シオンは眉間に皺を寄せた。


「どうしたシオン、食事が進んでいないようだが」


 心配そうな声が聞こえて、シオンはハッと顔をあげる。


 今は家族で夕食を囲んでおり――、父であるハワード公爵が、フォークを持ったまま動かなくなった息子に不思議そうな顔を向けていた。


「食欲がないのか?」


「いえ……、少し考え事を。食事中、失礼しました」


 シオンが笑みを作ってそう言えば、公爵の斜め前の席に腰を下ろしていた母がコロコロと笑った。


「シオンもお年頃ですもの、悩みの一つや二つありますわよ」


 シオンの悩みは「お年頃」な悩みではなかったが、シオンは曖昧に微笑む。


「お兄様は朴念仁ですもの。お母様が期待するような恋の悩みなんかじゃなくって、きっとまた変なことに興味を持っているに決まっているわ」


 両親よりもシオンのことを理解している妹のエリカがそう言えば、ハワード公爵が「ははは」と豪快に笑いだした。


「するとあれかな、墓地に出る幽霊かな」


「またお父様ったら、好きねぇその話」


「……墓地に出る幽霊? なんです、それ」


 シオンは初耳だと首をひねる。


 ハワード公爵はフォークをおいてワインでのどを潤すと、にやにやと笑い出した。


「墓地に幽霊が出るんだ」


 そのままである。


 シオンが「はあ」と生返事を返すと、ハワード公爵は身を乗り出し、内緒話をするように声を落とした。


「信じてないな? いいだろう、教えてやる。実はな、私の知り合いが見たと言うのだが、つい三日前のことだ、夜、邸に帰る途中のことだったらしい。邸の近くには小さく寂れた教会があって、教会に隣接する墓地の横を歩いていたときのことだ。墓地の中から物音がしたので、こんな夜更けに怪しいと思い、塀の中を覗き込んだところ――、なんと、赤毛の小柄な少女が、ふらりふらりと墓地の中を左右に頭を振りながら歩いていたらしいのだ!」


 どうだ、怖いだろう――、と胸を張って告げる父に、シオンは首をひねる。


「その、どこが幽霊なんです?」


「どこがって、全部だろう! 夜中に女の子が墓地にいるはずはないし、ましてや左右に揺れるように歩くなんて明らかにおかしい! 幽霊以外ありえないじゃないか」


「そう言われると……、まあ、そんな気もしなくもないですが」


 シオンは苦笑する。


 ハワード公爵は無類の怪談好きで、どこからか仕入れてきた怪談話を、こうして家族に披露するのが大好きだった。


 またいつもの、本当かどうかわからない怪談話だと聞き流そうとしたシオンだったが、エリカが笑いながら言った言葉に目を丸くする。


「でも、ルブラン教会ってあれでしょう? 少し前に、腐らない死体が見つかったんだってどこかの新聞に載っていたって聞いたことがあるわ。それで今度は幽霊なんて、――まあ、どちらにしても本当かどうかはわからないけど、続けてこんな話が出るなんて不思議よね」


「……その幽霊話は、ルブラン教会の墓地なのか?」


「あらお兄様、ルブラン教会を知っているの? ほとんど誰も行かない、小さくて古い教会なんでしょう?」


「え? ……あ、ああ、たまたま近くを通ったことがある程度だけどね」


 シオンは適当に誤魔化しながら、ふと考え込む。


(今度は幽霊……? つくづく、不可解なことが起こる教会だな)


 シオンは人のよさそうなフランク神父の顔を思い出し、そういえばローデル男爵に殴られたけれど、その後大丈夫だったのだろうかと少し心配になったのだった。




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