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ブラックシープ~人形姫との下僕契約~  作者: 狭山ひびき
Act.1 人形姫との下僕契約

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消えた姫君 2

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 フォリオの研究室からシュゼットの部屋に戻ると、シュゼットはシャルル刑事が調べまとめた捜査資料を読んでいた。シオンが警察署に行ったときに、無理をいって写させてもらったのだ。


 行方不明者はわかっているだけでも十三人。行方などを誰も気にかけない孤児や娼婦などが含まれるため、おそらくこの人数よりもずいぶん多いのではないかと推測される。


 彼女たちが行方不明になる前にかかわっていた人物も、わかっているだけなので情報は非常に少ないが、その中の三人がローデル男爵と会っていたという目撃情報があったそうだ。


「……デニール子爵の娘のマルグリートは、よくルブラン教会に行っていたと言ったわね」


「そうだけど、それがどうかした?」


 シオンはソファに腰を下ろすと、資料の一枚を手に取って目を落とす。


 シュゼットはシオンには答えず、おもむろに立ち上がると、クローゼットを開けた。その足元に大きな箱があり、中に過去の新聞がためてあることをシオンは知っている。


 シュゼットは箱の中をあさって、新聞を一部持ってくると、難しい顔をして広げた紙面に視線を落とした。


 シュゼットが読んでいたのはルローズ紙だった。ゴシップネタばかりを集めた三流紙で、シオンは読んだことは一度もない。


(またなんだって突然……)


 シオンは何げなくルローズ紙の発行日を見て、目を丸くする。


「……それは、まさかキャロルのことが載ったときの?」


「そうよ。確か、神父がキャロルの墓が掘り起こされているのを見つけたと言うのは、土曜日の夜と言ったわね」


 シュゼットは新聞の記事を視線で追っていたが、「やっぱりね」とつぶやいて顔をあげた。


「何がやっぱりなんだ?」


「ちょっと気になることがあったのよ」


「……気になること?」


 シオンが首をひねる。


 そのとき、窓際に立っていたアークが突然シオンのそばまで歩いて来た。何か用事かと思って顔をあげたとき、コンコンと窓が叩かれる音がする。


「……げ」


 シオンは窓を見て、顔をしかめた。


「あら帽子屋マッドハッター、ちょうどいいときに来たわ」


 シュゼットが窓を開けると、帽子屋は窓枠に手をかけて、ひょいっと部屋の中に入ってきた。


 足場もない城の二階にあるこの部屋まで、どうやって壁を上ってくるのかわからないが、帽子屋がすることにいちいち驚いていては身が持たない。


 シオンは相変わらず帽子の上に白い鳩とハムスターを乗せている帽子屋を一瞥して、何か理由をつけて部屋から逃げ出そうと立ち上がった。


 アークはすでに帽子屋と距離を取って部屋の隅まで移動している。さすがにシュゼットの護衛である彼は逃げ出せないらしい。


 可哀そうにと心の中でアークに同情して、シオンがくるりと踵を返しかけたそのときだった。


「シオン、ローデル男爵夫人の死はおそらく病気ではなさそうだよ」


「……え?」


 シオンは思わず帽子屋を振り返った。


「どういうことだ?」


 ローデル男爵はグレイがキャロルの死は病気だったのかと聞いた時に「そのようなものだ」と答えていた。たしかに「そのようなものだ」という曖昧な回答ではあったが、病気でないのならば、なんだというのだ。


「気になったからちょっと調べてみたんだよ。夫人は死ぬ二週間ほど前から姿を見せなくなったそうだが、医師にかかっていないようだ。二週間も寝込んでいて、医者に見せないのはおかしい。男爵や男爵家のものが薬を購入した様子もなかった。不思議だろう? だから、去年まで男爵家で働いていたメイドを探して聞いてみたんだ」


 メイドの名はカイアというらしい。多くの使用人を雇う余裕のなくなった男爵家は、去年、それまで勤めていたたくさんの使用人を解雇したそうだが、カイアも例に漏れず解雇された一人だという。


「夫人が亡くなるまで、夫人の身の回りの世話をしていたメイドらしいよ。彼女が言うには夫人はある日、昼のティータイムのあとに突然倒れたという。ちょうどそのとき、そばに男爵がいたらしくてね、男爵がベッドに運んで一時間ほどで目を覚ましたそうだが、目を覚ましてしばらくは、いくら話しかけても何の反応もしなかったらしい」


 キャロルはその日はしばらくして回復し、普段通り何事もなかったかのようだったという。


 しかし、次の日のティータイムのあと、キャロルはまた倒れた。次に彼女が目覚めるのは五時間後のことだった。


 カイアはローデル男爵に医師を呼ぼうと進言したらしい。けれども男爵は、頑なに医師は呼ばないと言い続けた。男爵家の財政をなんとなく理解していたカイアは、当時はきっと金がないからだと思ったそうだ。


「そして、さらのその次の日の、またティータイムのあと――、夫人はまた倒れた。今度は目を覚ますまでに二日かかったそうだ。そして、目覚めた夫人は、人形のようにぼーっとしていたという。そのまま夜になり、次の日の朝、夫人は目覚めなかった。彼女が目覚めたのはその三日後。目覚めたときの夫人は意識がもうろうとしていたという。そして、永い眠りとわずかばかりの覚醒を繰り返し――、夫人は息を引き取った。夫人が息を引き取るまで、男爵は一度も医師に見ようとはしなかったそうだよ」


「なぜ……」


「さあね。カイアが言うには、男爵はこう言っていたそうだ。――キャロルは死なない。ちゃんと目覚めるから、心配することはない、とね」


「ちゃんと目覚める……?」


「ああ。男爵はその言葉通り、信じていたのだろうね。夫人の呼吸が止まっても、三日夫人のそばを離れなかったという。そして三日後、いくら待っても夫人が目覚めないと知って、号泣したそうだ。なぜだ――そう叫んでいたという」


 その後、ルブラン教会の墓地にキャロルが埋葬されたのは君も知っているだろう――、帽子屋はそう話を締めくくると、ふと散らかったテーブルの上においてある箱を見つけて手に取った。


 それは、シオンがローデル男爵の本棚の中で見つけた箱だった。蛇の模様のコインと何の鍵だかわからない鍵が入っている。


「これは?」


「ローデル男爵の書斎で見つけたんだ」


「ふぅん……」


 帽子屋は鍵を見つめて眉をひそめる。


「帽子屋、その鍵が何なのか調べられるかしら?」


 シュゼットが言えば、帽子屋は少し考えて、


「……そうですね。時間をもらえるのなら、おそらくは」


「鍵だけでわかるのか!?」


 シオンが驚いた声をあげると、帽子屋は肩をすくめて見せた。


「まあ……、ただその辺に転がっている何の変哲もない鍵だと少し苦しいが、ローデル男爵が関わっていることと、コインと一緒に入っていたことを考えると、ある程度は絞り込めるんじゃないかな」


 こともなげに言う帽子屋に、シオンは唖然とする。この男はいったいどこから情報を仕入れてくるのだろうか。


 シオンはこっそり帽子屋に尊敬の念を覚えはじめたが、彼が次に言った言葉を聞いて、その気持ちはきれいさっぱり消え失せる。


「それで、対価はシオンの一日自由権かな?」


 シオンは大声で怒鳴った。


「ふざけるな!!」



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