帽子屋と消えた遺体 10
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シャルルが調べたという被害者が行方不明になる前に会っていた人物だが、その中にはシュゼットの言った通りローデル男爵の名前もあった。
(蛇と……仕事、か)
ローデル男爵邸でシュゼットが見つけた手紙に記された金の受け渡し場所『ジプシー』。そこに行ったときに禿げ面の店主が「裏の仕事」と言った。
帽子屋が言うには、今回の事件委はその「蛇」の組織が関わっているらしい。もし、ローデル男爵がキャロルの死後も「蛇」とかかわりを持ち続けていたのならば、今回の件に絡んでいても不思議はなかった。
シオンはカードをしたときのローデル男爵の顔を思い出す。
蜂蜜色の優男風の男で、どこかに憎めない人だった。
(こんなことにも関わっているなんて、あまり信じたくはないけれど……)
シオンはため息をついた。
すると、馬車の向かいに座って窓外を見ていたルドルフの視線がこちらを向いた。
「どうかしたんですか?」
シオンは今、ルドルフとともにローデル男爵邸に向かっていた。
あまり気は進まないが、今回のことでローデル男爵の邸の家宅捜査を行うことにしたのだ。
もちろん、男爵の邸に警官が何人も雪崩れ込むわけにはいかないので、シオンとルドルフの二人だけである。
貴族の邸の家宅捜査は、警官はなかなか手が出せないのだが、この件については――シュゼットに頼まれて――オルフェリウスが令状を書いた。シオンがこの事件に首を突っ込むことが気に入らないルドルフも、ローデル男爵邸の家宅捜査が行えるとあって、少しは機嫌をよくしているようだ。
「いえ……、人は見かけによらないと思っていただけですよ」
「ああ、ローデル男爵ですか」
「ええ。悪い人には、見えないので」
「犯罪者は意外と、虫も殺さないように見えるやつが多いもんですよ」
「そういうものでしょうか」
馬車の速度が遅くなって、シオンはついたのかと窓の外に視線を投げた。
ローデル男爵邸の前に馬車がとまり、シオンたちが馬車から落ちていると、邸の玄関からトムキンスが顔を出す。
「これはこれは、シオン様。今日はどうなさいました?」
「こんにちは、トムキンス。男爵はあれからお戻りになりましたか?」
「それが……、まだお戻りにはなられないのです」
トムキンスが眉尻を下げる。
そうですか――シオンも肩を落として、それからちらりとルドルフを見上げたあとで、トムキンスに「すみませんが、ここでは話しにくいので中に通していただけますか?」と頼んだ。
居間に通されると、シオンは申し訳なさそうにオルフェリウスの手で記された礼状をトムキンスに差し出す。
「実は……、今回、貧民街で行方不明事件が起こっているそうなのですが、その捜査の途中で男爵の名前が上がりまして、陛下から家宅捜査の命令が出ています。こちらはルドルフ警部です。俺もその付き添いできました」
「陛下は主人を疑っていらっしゃるのですか?」
トムキンスは途端に表情を険しくした。無理もないだろう。仕えている主人が疑われていると知って面白い人間などいない。
「捜査線上に上がってきた人物については調べるのが普通です。ましては男爵はどこにいらっしゃるのかわからない状況。帰りを悠長に待って事情聴取をするわけにもいかないんでね」
こっちは急いでいるんだとルドルフ警部が言えば、トムキンスの表情がますます険しくなった。どうやらトムキンスは警察が嫌いらしい。
「トムキンス、申し訳ございません。荒らさないと約束しますから、邸の中を調べさせていただいてもよろしいでしょうか」
「シオン様がそうおっしゃるのでしたら……」
トムキンスはまだ納得いかない様子だったが、国王の令状と、国王の遠縁であるシオンの言葉に折れたらしかった。
渋々頷いたトムキンスに、シオンはホッとする。
そしてシオンは、ルドルフ警部と手分けをして邸の中の捜査を開始した。




