帽子屋と消えた遺体 8
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デニール子爵は応接室の古いソファに偉そうに腕を組んで座っていた。
生え際がだいぶ後退していて、それを気にしているのか、前髪を長く伸ばしているせいで妙な違和感がある。
丸く大きな目がぎょろりとしていて、反対に口が小さい、まるで金魚のような顔の男だった。
デニール子爵はルドルフ警部が入室してくると、途端に「娘はまだ見つからないのか!」と怒鳴り散らしたが、その後ろからシオンがあらわれると不審がって、そのあとハッと息を呑んだ。
「シオン・ハワード様!」
シオンはデニール子爵の顔は記憶になかったが、おそらくどこかで会ったことがあるのだろう。シオンの顔を覚えていたデニールがあわあわと慌てて立ち上がった。
「ど、どうしてシオン様がこちらへ?」
「陛下から捜査協力を依頼されたんですよ」
「そうでいらっしゃいましたか! それはご苦労様でございます!」
ルドルフは、シオンの姿を見つけた途端、今までの態度を一変してへこへこともみ手でゴマをすりはじめたデニール子爵に鼻白む。
シオンは穏やかな微笑みを浮かべてデニール子爵の向かい側に腰を下ろした。
ルドルフがその隣に腰を下ろし、子爵が座りなおしたところでゆっくりと口を開く。
「子爵、お嬢さんのことは聞きました。確かお名前を……」
「マルグリートです、シオン様」
「そう、マルグリート嬢でしたね。ご心労お察しいたします」
するとデニール子爵はいかにも娘を心配する父親のような表情を浮かべて見せた。
「ええ、私の可愛いマルゴ……。あの子が心配で夜も眠れません」
デニール子爵はそう言って顔を覆った。
(嘘くさいな)
そう思うのは帽子屋の話を聞いていたからだろうか。
ルドルフ警部を見れば、白けた顔をしていた。子爵はいつも高圧的な態度だったと言っていたし、普段の様子と違いすぎてあきれているようだ。
デニール子爵はしばらく嘆いていたが、ふと顔をあげるとすがるような目をシオンに向ける。
「シオン様が捜査にご協力されているとのことですが……、それは、陛下が、警察の怠慢を見過ごせずに動かれたということでしょうか?」
「なんだと?」
ルドルフ警部が「警察の怠慢」と聞いて眉をつり上げたが、シオンはゆっくりと首を振る。
「怠慢ということはないでしょう。警部は一生懸命捜査してくださっています。ただ、陛下が今回のことにお心を痛められているのは事実です」
少なくともオルフェリウスが今回の事件に心を痛めていることはなかったが、シオンはそう言って微笑む。
「子爵、捜査のため、お嬢さんが行方不明になる前に会っていた人物を教えていただけないでしょうか?」
「む、娘が会っていた人物……?」
デニール子爵が途端に目を泳がせはじめる。
「お、お恥ずかしながら、私は娘の交友関係にはそれほど詳しくなく……」
「そうですか……。例えばお嬢さんがよく出入りしていた場所とかでもいいんですが」
「出入りしていた……、ああ! それなら、娘はよく教会に出入りしていました! 妻の……娘の母親の墓がそこにあるもので。小さな教会ですので、ご存知ないかもしれませんが、ルブラン教会です」
シオンは思いがけない名前が出てきて目を丸くした。
だが、さすがにルブラン教会と行方不明の事件が結びつくとは思えないので、ただの偶然だろう。
その後もデニール子爵に二、三、マルグリートのことで質問したが、彼はこれ以上まともな情報を話さなかった。
(知らないというよりは……、まあ、話したくはないんだろうな)
帽子屋の情報が間違っていたことはほとんどない。デニール子爵は娘を娼館に売り飛ばそうとしていたというのだから、それが知られることになるようなことは言わないだろう。
だんだん居心地が悪そうにしはじめた子爵を見て、シオンはこれ以上は時間の無駄だと判断し、適当なところで子爵を解放した。




