帽子屋と消えた遺体 7
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果たして、シュゼットの推測は当たっていた。
警察署に顔を出したシオンは、ルドルフ警部には嫌な顔をされたが、それでも国王の命令には逆らえず、警部が使っている警察署の一室に案内された。
狭い室内には六人ほどの警官がいて、書類なのかゴミなのかわからないように雑然とした中で仕事をしていた彼らは、小汚い部屋に不似合いな格好のシオンが入室してくるなり、奇妙なものを見るような視線を向けてきた。
室内は葉巻の匂いが染みついており、入ったときは臭いが鼻について気分が悪くなりそうだったが、しばらく部屋にいると慣れてきたのか、それほど気にならなくなる。
部屋の一角にある椅子を引っ張ってきてシオンに薦め、ほとんどお湯に近いような薄い紅茶を出してくれたのは、色白なそばかす顔の、ロトネーと名乗る年若い警官だった。年若いと言ってもシオンより一つ年上らしい。
シオンを遠巻きに見ていた警官の中で、ロトネーだけは唯一好意的な顔を向けてきて、公爵家嫡男であるシオンに恐縮しつつも、何かと世話を焼こうとしてくれた。
そんなどこか子犬のようなロトネーを止めたのは、ルドルフ警部の苛々とした口調だった。彼はオルフェリウスの前で反論こそできなかったものの、シオンが捜査に首を突っ込むのは気に入らない様子だった。
「それで、殿下は何の御用ですか」
一応、国王の遠縁で、王位継承権を持っているシオンに「殿下」という敬称を使いながらも、「遊びばじゃねぇんだぞ」と言いたそうな口調でルドルフは訊ねてくる。
歓迎されるとは思っていなかったので、ルドルフの無愛想は気にもせず、シオンは答えた。
「行方不明者のリストを見せていただけませんか?」
ルドルフは怪訝そうに眉を寄せた。
「そんなもんを見てどうするって言うんです?」
「少し調べたいことがありまして」
「調べたいこと?」
ルドルフがますます訝しむので、シオンは肩をすくめて答えた。
「なに、被害者が行方不明になる前に会っていた人物が知りたいだけですよ」
すると、黙ってやり取りを聞いていた、眼鏡をかけた長身の男が口をはさんできた。三十代手前の、どこか学者めいた雰囲気を持つこの男の名は、確かシャルルと言ったはずだ。ここにいる警官すべての名前を覚えたわけではなかったが、少しガラの悪い人が多い警官の中で、ロトネーと彼だけはその特徴から外れていたため、シオンの記憶に残っていた。
「それなら、ある程度は調べていますよ」
これには、ルドルフも驚いていたようだった。
「いつの間に調べたんだ?」
「警部がデニール子爵の厭味に苛ついている間にですよ」
シャルルは皮肉っぽく言って、バツの悪そうな顔をしたルドルフを見て吹き出した。
「そんな顔をしないでくださいよ。毎日のように警察署にやってくるデニール子爵の相手を警部がしてくれていたから、俺が自由に動けたんですから」
「デニール子爵はそれほど頻繁に警察署へ?」
「ええ、警察の怠慢を訴えると毎日のように怒鳴り込んでくるんですよ。おそらく今日も来るんじゃないかな」
シャルルが時刻を確かめるように、古い柱時計に目をやったその時だった。
ばらばらと年若い警官が部屋に飛び込んできて、げんなりした声でこう告げた。
「警部、また子爵が来ましたよ」
シャルルは「ほらね」という風に口の端を持ち上げる。
ルドルフは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「ちっ、またか」
「子爵も暇ですね」
ロトネーがはーっと嘆息した。
シオンは少し考えて、
「警部、子爵に会われるのでしたら、俺も同席したいのですが」
「……殿下も?」
「ええ。シャルルさん、先ほどの被害者が会っていた人物についてですが、のちほど見せていただいてもよろしいですか?」
「かまいませんよ。……警部、シオン殿下が一緒にいた方が、あのおっさんもいつもみたいに威張り散らせなくて、むしと都合がいいんじゃないですかね」
ルドルフはじろりとシャルルを睨みつけたあとで、渋々頷いた。
「まあ、いいでしょう」




