イマドコニイル
「………………は?」
「だから円は妊娠してるの、日本だろうがイギリスだろうが復帰は無理ね」
『ななななな、なんですってえええええええええええええええええええええええ』
その大きな声に私は慌ててスマホから耳を離した。
まあ、そうなるわよねえ、私も最初は信じられなかった。
セシリーがバーランダバーランダって言ってたからなあ~~。
最初野球選手の名前だと思ってたけど、孕んだって言ってたのよねえ。
そろそろ落ち着いた頃合いかなと私はスマホを耳に近付ける。
『はあ、はあ、はあ、はあ……』
義姉さんは叫び疲れたのか息を荒げていた。
「落ち着いた?」
「え、ええ……本当なの? まさか冗談とかじゃ無いでしょうね?!」
「さすがの私もそこまでは、まあ恐らく」
「……ま、円は大丈夫なの?」
「とりあえず今入院してる、まあ妊娠とは直接関係無いみたいだけど」
「入院って、病院にいるって事?」
「そう……まだ病院の先生とは話していないけど、本人は精神的な疲れから倒れたって言ってるわね」
「そ、そう……で、今何ヵ月なの?」
「……聞いてどうするの?」
その言葉に私は少しだけ語気を荒げた。
「──円は産む気?」
「間違いなく産むでしょうね、相手が相手だけに」
それ以外の選択肢は無い、だからあの娘は彼から離れたんだから。
「相手って……やっぱり」
「他に居ないでしょ?」
「……とりあえず電話で貴女と話しても埒が開かない、居場所を教えなさい、円と直接話します!」
「いや、だからあ」
『イマドコニイルカ教えなさい!!』
「…………何で片言? わかったわよ、とりあえず円と相談させて」
その迫力に圧倒された私は一度電話を切ると円の元に戻った。
「円、マネージャーの藤堂さんと連絡取ったよ」
窓の外を眺めている円に私はそう言った。
とりあえず私と義姉の関係は黙っておく。
名字が違うから円は気付いてはいない。
「……そう」
何故私が彼女の連絡先を知っているのか? 等聞かれる事も特に怒る様子もなく、私を見る事もなく諦めた様子で外を眺めたまま呟く様にそう言った。
「とりあえず今後の話をしよっか?」
私はそう言うと円のベッド脇に椅子を用意してそこに座った。
「多分貴女の事だから一人で産む気だったのでしょ? でもそんな状態で一人でなんていくら貴女でも危険過ぎる。 英語も細かい所、医学用語なんかはわからないでしょ? 私が側に居てあげられたら良いんだけど帰らなくちゃいけないし」
「……」
「だからね……彼女にマネージャーに……。頼るのが一番だと思うのだけど」
「……」
そう言うと円は黙ってゆっくりと顔を私の方に向けた。
「それは一度考えた……でも、彼女はママの傀儡だから」
円は気丈にもそう答えた。
でも、瞳の奥には不安が見え隠れしている。
いくら見た目は大人でも、まだまだ子供。
初めての出産、相手もまだ高校生。
100mで世界で活躍するであろう彼にとって、元アイドルと、しかも高校生での妊娠騒ぎは致命傷と言ってもいいであろう。
「秘密にするかはわからない、でも多分大丈夫だと思う、もう復帰は考えていないだろうし」
義姉との付き合いは長い。あの真面目な性格はマネジャーにピッタリだ。
円の将来を一番に考えているのは彼女。
今迄はは、さっき迄は復帰させるのが一番だと思っていただろう。
しかし、現状復帰は不可能、そんな状況でも彼女は円に会いたがっていた。
「──翔くんに……内緒にしてくれるのなら」
円はじっくりと考え、そして不安そうな顔で私に向かってそう言った。
「うん……とりあえず一度話してみたら? 私も立ち会うから」
そう言うと円はまた暫く考え込むと、ゆっくりと首を縦に振った。
円は少しだけ安心した表情になると私を見つめ「ありがと……お姉ちゃん」と言って恥ずかしそうに布団に潜り込んだ。
やっば……可愛いなあ我が妹は……。
さすがに血の繋がってる妊婦に手を出すわけには行か無いと、私は円にバレない様にその場で悶え苦しんだ。
『さて……どうするかなあ』
まだまだ問題はまだあるだろうけど、とりあえずこっちはある程度片付いた。
後は翔くんをどうするかだなあ……。
全て翔くんの責任とは言えない、どっちかって言うとあの性格を考えるに恐らく7:3位で円に責任があるだろうけど。
とはいえ、何もさせないわけにはいかない。
彼の将来も円の将来も、そして子供の未来も考えると……。
「仕方ない、彼には勝って貰わないとねえ……」
布団に潜る円、そして窓の外にテムズ川と記念塔が見えている。
そろそろ冬がやってくる。
学校にも翔くんにも勿論話す事は出来ない。




