イギリスの病院から
「木皿さん、円の事で緊急のお話があるどす」
「私は木のお皿じゃ無いけどね」
イギリス大使の娘という怪しい喋りをする彼女が突然私に話しかけて来る。
「円はんの事なんですけど……」
彼女は困った顔で呟く様にそう言った。
うーーん、可愛いんだけど……。
なんだろうか? 可愛いんだけど触手が伸びない。
しゃべり方のせいか、いや手を出してはいけないという警報音が私の頭の中で鳴り響いている。
「円がどうかしたの?」
学校を辞めてしまった今、とりあえず赤の他人の振りをするも、まるで私と円が姉妹だと知っているかの様に彼女は私に言って来る。
「円はんの事イギリス内で発見しました、ただ居場所と状況がまあなんと言いますか、やべえ感じで彼女の追っ手もウロウロしていてどうすればと考えた挙げ句貴女に頼るのが一番かなと、とりあえず航空チケットは用意したので貴女に行って貰いたいんどす」
「……どうして私が? もうあの子は退学したんだから関係ないわよねえ」
「元教え子でっしゃろ?」
「だからってイギリスに行く程とは」
「あとまあ、木更津さんと窓かはんは、姉妹でっしゃろ?」
「…………」
なんだかなあ、本当……色々と怖い女だ。
そしてセシリーのよくわからない日本語では円の状況が今一理解出来なかった私は、彼女に居場所だけ聞き出すと休暇を取り一路イギリスに向かった。
まあ、その居場所を聞けばいくらずっと離れていた妹とはいえ、慌てて行くに決まっている。
そして……長いフライトの末、イギリスにたどり着いた私の目の前にはベッドで横たわる円の姿があった。
「ははは、キサラ……先生わざわざどうも」
ベッドに横たわる円は私を見て観念したかの様に力なく笑った。
「まあ、もう先生じゃ無いけどね」
「──ですね……」
少しだけ悲しそうな円の声に私は驚きを隠せないでいた。
高校生活に未練があるのか、翔君と離ればなれになった事でなのかはわからないが。
「……で、今一体どういう状況?」
「えっとここに来たって事は……全部聞いて来たんじゃ無いんですか?」
「まあ、何となくは……ね」
「まあ……そういう事です」
「……ふふふ、あはははは、まさか貴女がねえ」
あの完璧過ぎる円がこんな状況になってるなんて、私は思わず笑ってしまった。
まあ、時々抜けた所があるし……ただそれにしても。
「ええ……不徳の至すところです……」
いつでも勝ち気な円が消沈しながら私に向かってそう言ってきた。
まるで気弱な妹の様に。
「まあこれじゃあ辞めざるを得ないわね、調子はどうなの?」
「まあ、精神的な疲れで、とりあえず事が事なので安静を言い渡されました」
「そっか……勿論翔君は知らないわよねえ」
「翔くんが一番大事なこの時期に言えるわけない」
「……そうね」
円の手にはタブレットが、画面には翔君の記事が写っていた。
「翔くんに言うの?」
円は不安そうに私を見てそう言う。
「まあ個人的に言わないわけには行かないわよねえ、ただ……私立の教師としては学校の利益にならない事は言わない方が良いわよねえ……」
「お願い! 翔君には言わないで……お願い、私何でもするから!」
彼女はベッドの上で今にも土下座でもせんばかりに私に向かってそう懇願してきた。
アイドル時代にも彼女からお願いされた事等一度も無い。
『今何でもするって言った?』
等とお茶らけた返事など出来る状況では無い。
でも素直にわかったと答える程に自分は出来た人間でも無い。
わざわざ有給を使い下げたくもない頭を下げここまで来たのだからと私は少し考える振りをすると円に向かってニヤリと笑いながら言った。
「そうね、じゃあ……お姉ちゃんお願いって可愛く言って」
「……は? な、何を言ってるの?」
「知ってた癖に、貴女が知らないわけ無いわよね?」
「……」
白浜縁に、事務所に……芸能界に振り回された私。
アイドルを辞める時、グループが解散になった時、円は必死に皆を止めた。
でも私はあっさりと解散にそして応じた。
勝てるわけ無いって悟っていたから。
恨みまでは行かないとしても色々とわだかまりはあるだろう。
「何でもするって言ったよね?」
「そ、そ、そうだけど」
「一応姉妹なんだし一度くらいは呼んで欲しいなあ」
「…………チャン」
「え?」
「おねえちゃん……キサラ……お姉ちゃん! これで良いでしょ!!」
円はそう言い放つとそのまま布団に潜り込んだ。
「……ふふふ、ま、良いか」
可愛くという点について少し物足りないが、まあツンデレかわゆすと思えば及第点かな?と溜飲を下げ私はケラケラと笑った。
そして……落ち着いた円と今後の話を終え、私は病室を後にする。
そして持っていたスマホを取り出すと、円のマネージャーでもある義姉に電話を掛けた。
「もしもし姉さん? うん、今イギリス……そう円を見つけたわ」
『……は!? ど、どこに、直ぐに行くから場所を!』
私の言葉に悲鳴の様な返事を返す義姉を遮る様に言葉を続けた。
「居場所は言えない、義姉さんが白浜縁と繋がってるからね、復帰を期待している様だけどそれも無理ね」
『な、何を言ってるの?! 今なら今すぐならまだ間に合うのよ!』
私のその言葉に泣きそうな声で何でと叫ぶ義姉に向かって静かな声で真を告げた。
「無理よ、復帰は……少なくとも当分は」
『何かあったの?! 円は?』
「今病院から…………彼女ね……円はね…………妊娠──してるのよ」




