チーム翔
校庭やグラウンドにある銀杏の木がようやく黄色く染まる。
今年はいつもより暖かくゆっくりと冬に向かっている。
俺のトレーニング機材はアメリカから空輸されグラウンドに設置された。
そして頼んでいた外部トレーナーもグラウンドに来ていた。
「宜しくお願いしますね」
俺の目の前にはスーツ姿の若い女性が立っていた、
彼女は『神宮寺 五月』と言い、メジャーリーグやNFLでフィジカルトレーナーをしていた経歴の持ち主だ。
高校卒業後直ぐに渡米、トレーナーの道に進み今年契約が切れ現在日本に帰国していたとの事。
そこをセシリーがスカウトしてきたらしい。
恐らくとんでもない契約金が発生しているだろう。
他に会長が、いや今は元会長がマネージャー兼練習パートナー、灯ちゃんが広報、夏樹が教育兼トレーナー兼マッサー、妹が総監督……になるとの事。
ちなみに先生は現在休んでいるとか……まあ要らないから特に問題は無い。
「ところで……何でお前が総監督なんだ?」
俺は目の前でニコニコしている妹にそう尋ねた。
「常に一緒にいるのが私だからね~~!」
「じゃあマネージャーだろ?」
いやマネージャもどうかと思うが……。
「会長がマネージャー気に入ってるからかな~~」
「てか会長今年受験だろ? そんな事やってる場合か?」
俺は神宮司さんと話している元会長をちらりと見る。
「うちで生徒会長だと推薦どこでも取れるからねえ~~」
思えば生徒会長で陸上部部長、成績もトップクラスってどんだけ化け物だよ。
「そもそも総監督って何やるんだよ、個人競技に監督は必要無いだろ」
「とりあえず~~お兄ちゃんが夏樹さんにしたような事を他の人にもしないように監視……監督するって事かな?」
「しねえよ!」
するか! ああ、もう色々と最悪だ。
しかも全員女性とか、もしこの状況が円に知られたら何を言われるか……。
○○ハーレムとか頭に浮かぶ。
「ちょっといい?」
俺と妹が下らない話で揉めている所にさっき挨拶をしてきたトレーナーが元会長と話を終え、俺の方につかつかとやってくる。
ちなみに肝心のセシリーは今日ここには居ない。
「はい」
俺は妹を退けると彼女に向き合った。
彼女の見た目は理系女子という感じか?
眼鏡は普通だが、某人型決戦兵器に乗っている赤い眼鏡をかけたスレンダーな少女に似ている。
俺よりも10才離れているとは思えないくらい童顔だが、彼女は鋭い眼光で俺の身体を舐めるように見つめる。
「向うだとね、基本的に選手から頼まれない限りアドバイスとか殆どしないの……、勿論聞かれたら何でも答えられる様に担当すべての選手のデーターを集約して準備はしているけど、でもね私はそういうのがあまり好きじゃなかった。貴方はどうなの?」
「あーー勿論何でも言って貰って構わない」
海外は個人の自主性を重んじているが、日本は未だに管理的なコーチングをしている。
それが良いか悪いかは人によるが……。
「良いのね?」
「ええ、お願いします」
取捨選択はするが、アドバイスは積極的に貰いたい。l
「そう……じゃあまず動画では何度か見せて貰ったけどかなり曖昧なので、とりあえずここで一度走りを見せて頂戴」
「……わかりました」
彼女の鋭い眼光とその何でも知っているという様な言い方に俺の中で少しだけ緊張が走った。
思えば今まで自分よりも陸上の事や練習方法、身体構造等に詳しいコーチに出会った事はなかった。
小学生の時でさえ根性練習をさせるコーチばかりだった。
根性練習が悪いとは言わない。
精神力と自信を付ける為に必要な人もいる。
ただ俺には……今の必要無い。
意味の無い練習は時間の無駄だ。
俺は練習一つ一つに意味を持たせ、行っている。
特に現状勉強の時間が必要なので、無駄な時間は出来るだけ省きたいのだ。
彼女は俺を見極めようとしているがそれは俺も同じだ。
俺は緊張を隠し、いつもと同様に念入りにウォーミングアップを始める。
只でさえ膝に爆弾を抱えているのだから、これ以上怪我は絶対に出来ない。
彼女が見つめる中粛々とウォーミングアップを済ませ、そのまま100mのスタート位置に立つ。
そしてウオーミングアップを終え、ユニフォーム姿でスタート位置に着くと部員全員の動きが止まり一斉に注目される。
俺がユニフォーム姿でスタートラインに居るという事は、練習の走りでは無く真剣に100mを走るサインだからだ。
タイムの計測も行うが記録会でもなく、一人で走る為にわざわざ機材を用意するのは大変なので手動計測にした。
勿論記録を出す為の調整はしていない。
ここの所体力と筋力増加のトレーニングをしている為に、体重はベストよりも少々重く、疲れもかなり残っている。
タイムは恐らく出ないだろう……。
俺はスターティングブロックをセットするといつものルーティンに入る。
そしていつも通りに思い切り低く構えると、いつもの通り灯ちゃんのスタートの合図を待つ。
急遽なのでピストルは使わず、灯ちゃんが「セット…………ゴー」と叫び手を振り下げ計測係に合図を送る。
俺は思い切り両足でブロックを蹴ると勢いよく飛び出す。
やはり身体が重い、足がだるい。
そして……バランスが取れない。
知っての通り俺の走りは……身体を極端に低くスタートしてのロケットスタート、そしてそのまま重力を使い坂道を下る様に走る。
そんな走りをすれば、通常ならば転ぶのだがその転ぶギリギリのラインを保って走る。
つまり、絶不調な時はそのバランスを維持するのが非常に難しい。
しかし、俺はなんとかバランスを保ち、転ぶ事なくゴールした。
ここまで悪い状態で100mを全力で走ったのは初めてだ。
「タイムは10秒06です!」
計測係の女子が驚きの声でそう叫んだ。
「「おおおおお」」
そのタイムを聞いて周囲に集まっていた部員が歓声を上げた。
流石に9秒台は出なかったがあそこまでバラバラな走りでこのようにタイムが出た事は上出来だった。
自分のトレーニングが間違いないと確信する。
俺はゴールラインを走り抜けるとそのまま神宮司コーチの立つ場所に戻る。
彼女は80mライン付近に立ってタブレットをじっと見つめていた。
彼女の横に立つが何も言わない。
俺は、横から彼女のタブレットを見ると、今走ったばかりの俺の映像が映し出されていた。
そこで俺は気付く、そういつの間にかスタート位地と50m位地、そして彼女いる80m位地とゴール位地にカメラがセットされていた事に。
いつの間に……。
つまり連動しているのだろう。
「……どうでしたか?」
何度も映像を見ていたコーチ。
俺はそんな最新機材を自在に操作している彼女にそう聞くと「うん! 全然駄目だね、最悪」と、さっきの鋭い眼光とは打って変わって、まるで少女の様な笑顔で俺に向かってそう言った。




