円が居る?
「やっぱまずい気がするんだけど」
円のマンションの前で俺は夏樹にそう言った。
「は? 何を今さら」
「いや、だってやっぱ勝手に入るのは」
「合鍵まで貰って同棲までして何言ってるの?」
「いや、同棲はしてねえよ」
「良いから早く開けて、ほら」
夏樹はそう言って俺を急かす。
確かに人目は気になる。
どこかでマスコミが見ていないとは限らない。
「と、とりあえず、一度インターフォンを鳴らさないと」
俺はそう言うと部屋番号を押しコールボタンを押した。
「…………はい、返事無し、ほら誰もいない」
「……まあ、ならいいか」
勝手に部屋に入って怒られる事はまず無い、そもそも円は許可してくれている。
ただ、もしも、万が一中に円が居たとしたら、俺は何を話して良いのだろうか。
夏休み、色々ありすぎて考えが追い付かない。
俺は「はあ」と、ため息を一つ吐くと持っていたカードキーをセンサーにかざし、自動ドアを開けた。
「ハイハイ行くよ」
「何でそんなに嬉しそうなんだよ」
意気揚々と俺の前を歩く夏樹に俺は首を振りながら着いていく。
何度も通った円のマンション、フカフカの絨毯が敷かれた廊下を歩きエレベーターに乗り込む。
乗り込んだ俺はもう一度夏樹を見た。
「いいから早く」
夏樹は早くボタンを押せと顎で俺に指示をする。
「わかったよ」
俺はもう一度覚悟を決めボタンを押した。
「ほんと、100のスタートは思いっきりいい癖に、他は相変わらずフラフラと、それが振られた原因なんじゃないの? さっさと俺の物になれって感じで首根っこ押さえつければ良かったのに、そうやってかー君がフラフラしてるから円さんもフラフラしちゃうんじゃないの?」
「いや、振られてないし、降りるよ」
図星とは思わない……ただ俺の事を誰よりも知っている夏樹の言葉は少し重く感じた。
エレベーターを降りると直ぐに豪華で重厚な扉が現れる。
もうここまで来たら後戻りは出来ないと、俺は持っていたキーで鍵を開ける。
「おじゃましまーーす」
俺が開けると夏樹は躊躇なくズカズカと中に入っていく。
「お、おい、ちょっと」
夏樹を追って俺も久しぶりに中に入った。
「……ん? なんか最近迄人が居たような……気配がする」
中に入るなり夏樹は辺りを見回してそう言った。
「え……そうか?」
俺は特に変化は感じなかった。
「うん、てか……居るんじゃない?」
「ま、まさか」
本当に夏樹の言う通りここに円が居たとしたら、その上で俺に連絡しないとか、それってもう。
「ああ、ほら、なんかリビングにジュースみたいなの置いてある」
夏樹は靴を脱ぎ捨てそのまま奥に進み適当に扉を開けた。
そしてリビングの扉を開くなり俺を見て指を指してそう言った。
「……」
確かにグラスが……え? 円が……居る?
「円さんの部屋ってどこ?」
「いや……」
俺は教えるのを躊躇する、
「どこ?!」
「一番奥……だけど」
しかし夏樹の強気に当てられあっさり言ってしまう。
そして俺がそれを言い終わる前に夏樹は持ち前の瞬発力を生かし、瞬間移動の如く扉の前に立つとドアノブをガチャガチャと捻った。
「いや、だから円の部屋には鍵が」
後を追い夏樹の背後から続きを言う。
「その鍵はどこ?」
「円が身に付けてる筈だけど」
「じゃあ……もしかしたら中に」
夏樹はそう言っていきなり扉をドンドンと叩き始める。
「円さん? 居るの、居るんでしょ? 出てきなさい! 円さん? 円?!」
始めは軽くだったが、夏樹は次第に拳に力を込め強く扉を叩いた。
しかし円の部屋の扉は恐らく鍵を取り付けた際に交換した様で他の部屋の扉よりも重厚仕様になっている。
だからいくら叩いてもびくともしない。
「ねえ、かー君、壊していい?」
「いや、駄目でしょ、多分物凄く高いぞ?」
「だってもしもの事があったら」
「いや、しかし……そもそも斧かなんか使わないと無理でしょ?」
「じゃあ斧はどこ?!」
「あるかそんな物!」
俺がそう言うと夏樹は力を任せに思いっきり扉を叩き、さらに何度か体当たりをする。
「ま、円さん?! 円! ちょっと居るなら返事して! まどか!」
ドンドンと音が部屋中に響き渡る。
一瞬近所から通報されるかもと思ったがこのマンションはかなりの防音効果がある為に他の部屋に聞こえる事はまず無いだろう。
そんな堅牢なマンション、外部からの侵入も望めない。
更に円の部屋は特別仕様だと思われる為に、夏樹が体当たりしたぐらいで入れる様には出来ていない筈。
こうなると機材を使って扉を壊すしか無いが、そんな事を外部に頼めばマスコミに伝わってしまう可能性がある。
「ちょっとかー君も手伝いなさい」
「いや、しかし」
「どうするの? 中で円さんが馬鹿な事してたら」
「いや、円に限ってそれは無いだろ……いや、でも、前にそんな事」
以前俺が死のうとしてた時、円は俺と一緒になんて事を仄めかしてた気がする。
それを思い出した俺は背筋に寒気が走った。
「いや、ちょっと、おい、円? 居るのか? おい! 円!」
「円さん? 居るの? ちょっと、開けて! ううん、せめて返事して! かー君邪魔なら出ていって貰うから、円さん?!」
今度は俺と夏樹で一緒に扉を叩く、更には体育会系宜しく大声で円の名前を叫ぶ。
いよいよ、ヤバいかも知れない……これはどこかへ通報しなければいけないかも。
俺は警察や消防、鍵屋や管理人等、円に一番ダメージが少ない所を考えていた。
しかしその矢先、隣にあるバスルームの扉が唐突に開いた。
「ちょっと、あんた達誰? うっさいんだけど」
そう言いながら気だるそうな表情だが鋭い目付きで俺と夏樹を交互に見つめる
目の前には……円と同じくらい、いや、それ以上に美しい全裸の女性が扉の立っている。
その女性は男の俺と目が合っても一切恥じる素振りも無い。
もの凄く見覚えのある整った顔、そして恐らく年齢を知っていると頭がバグるスタイルの良さ。
そう、そこに居るのは間違いなく、円の母親、女優の『白浜 縁』その人だった。




