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いつかは二人で


 羽田空港に到着する。


 俺達は優先的に機内から降り保安を出ると一先ず空港ターミナルから外に出た。


「あっつ……」

 べっとりとした暑さが俺達を包み込む。

 宮古島も暑かったかが、一際違う暑さと湿度を改めて感じる。


 そんな暑さの違いで帰ってきたと実感しつつ、俺達は待たせていたハイヤーに乗り込んだ。


 よく効いている冷房の車内で一息つくと、お互い顔を見合せ頷く。



 そのまま徐にスマホを取り出すと、四日ぶりに電源を入れた。



「…………………………すげえな」

 数十件を越えるメールと着信履歴、そして100件近く未読となっているメッセージ。

 読み込むのにかなりの時間を要した。


「まあ、とりあえず届けとかは出してなさそう」

 さっと内容に目を通し円はホッとしたようにそう言った。


「一応合宿に行くからとだけ連絡は入れたからなあ」

 理由も書かずに俺は妹に円はキサラ先生にメッセージを送っていた。


「はあ……」

 まさに天国から地獄に落ちる気分だった。

 忘れていたわけではない、考えないようにしていただけ……。

 そんな俺の様子を見かねたのか円は俺の手を握ると顔を近づけ耳元で囁くように言った。


「……翔君……あのね……嫌なら……行かなくていいよ」


「え?」


「一緒に……逃げよっか」


「に、逃げるって」


「転校するとか」


「いや、転校って」

 冗談かと思い俺は半笑いでそう言うも、円は真剣な顔で話を続ける。


「留学って手も、陸上ならアメリカとか進んでるし、翔君の足の治療も」


「いやいやいや……」

 唐突に何を言い出すんだと俺は戸惑うも、円はお構い無しに握った手を強め続ける


「翔君……今息苦しくない?」


「ま、まあ……」


「宮古島……綺麗で楽しくて……」


「うん……」

 確かに楽しいことばかりだった。あまり練習は出来なかったけど。


「私はやっぱり……息苦しい」


「え?」


「やっぱり、もっと自由に歩きたい……翔君と、せっかく付き合えるようになったのに、翔君と一緒に……同じスピードで歩けるようになったのに、こうしてこそこそと」


「円……」


「ね? 一緒に逃げよ……ううん、違う、逃げるんじゃ無い、新たな土地で一からスタートを切るの!」

 車は首都高速を走り続ける。

 ビルと工場が車窓から見える。

 宮古島とは全く正反対景色、ただ俺にとってはこっちが日常、こっちが見慣れた景色。


「一からって……どこへ」


「例えば……海外、アメリカとかイギリスとか、陸上先進国に行けば、治療だって向こうの方が」

 走り幅跳びに転向したとはいえ、俺はまだ100mを完全に諦めたわけではない。

 いつかまた……心の底ではそう思い続けている。


「ど、どうかな?」

 円は恐る恐る俺にそう囁く……今までもこんな誘いはあった。

 円の甘い誘惑……でも、今までとは違う、今回は前向きな誘いに俺の心は揺れる。

 この間……偶然にも日本で出会えた伝説の人、ルイス・テイラー。


 ……彼の陸上アカデミーに入学出来たら……俺はもっと先に行けるかも知れない。


 そんな事が頭を過る。


 だがしかし……。


「……だ、駄目だよ」

 しかし、妹を捨て友人を捨て、いつか見返してやろうという俺の気概も全て捨て、円と二人で一からなんて、そんな事出来る筈も無い。

 

「……だ、だよね」

 円はシュンと落ち込む表情を俺に見せる。

 いつだって、どんな時も、強気でそして全てを見下したような、いや、神の視線で見下ろしているような、そんな円が、こんな弱気なセリフを俺に吐くなんて……。


「で、でもさ……いつか」


「え?」


「いつかは……いや、俺がもっと高く遠くに……そして速く走れたなら、そう出来たなら……そんな道もあるかもしれない……その時は」

 俺は空いている片手で握られている手を包み込む、そして円の目をしっかりと見据え、真剣な顔で言った。


「そ、その時は……一緒に、来てくれるか?」

 プロポーズとも取れるセリフ、言った瞬間背筋から汗が吹き出す。

 臭すぎる……しかもこんな社内で、運転手さんにも聞こえている。

 でも、今しかない……。


「……当たり前だよ、私はずっと翔君の側にいる、ずっと一緒にいるって決めてるんだから」

 そう言うと目に涙を浮かべ、満面の笑みで俺をじっと見つめる。

 その笑顔が、今までで一番可愛く、一番美しく見えた。


 そして……俺は今頃ようやく実感出来た。

 宮古で身体を重ねても、思えなかった。

 でも、俺は、今ようやく実感出来た。


 俺は……ようやく……彼女に愛されていると、この時初めて実感出来た。

妹王イモキングって人が、宮古島の一夜の連載をノクターンで始めたってさ(/・ω・)/

https://novel18.syosetu.com/n0968ie/

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― 新着の感想 ―
[良い点] >俺は……ようやく……彼女に愛されていると、この時初めて実感出来た。 円の愛って「love」の愛よりも「caritas」の愛という気がします kindnessやaffectionとも違…
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