貴方と彼女の関係を断ち切る為に……。
結局足が治った翔君を捕まえる事は出来なかった。
悔しくもあり、嬉しくもあった。
「じゃ、じゃあ明日家で」
「ぶうううう……帰っちゃうんだ?!」
「し、仕方ないだろ?」
「意気地無し、べーーだ」
そう言って玄関で彼を見送る。
翔君が気まずそうな顔で手を降りながらゆっくりと扉を閉めた。
その瞬間、糸が切れたように私はその場にしゃがみこむ。
「は、恥ずかしかった……」
私は両手で顔を押さえその場にふさぎこむ。
恥ずかしい……恥ずかしかった。
「翔君引いてたよね……完全に……」
あれ……を渡して、部屋に誘うなんて完全にドン引きされたよね?
でも、でも、付き合うって、そういう事するんだよね?
順番って言ってたけど、だって私と翔君ってずっと一緒にいたし……これ以上ってもうそういう事しかないし。
だってそうしないと……一緒に居たっていってもて夏樹さんに比べれば、そんなの一瞬でしかない。
翔君は夏樹さんと長い年月を一緒に重ねている。
そして夏樹さんと翔君は陸上で深く深く繋がっている。
夏樹さんは翔君を引っ張る事しか考えていない。
翔君は夏樹さんに追い付く事を目標にしている。
その証拠にインターハイ予選、夏樹さんは出場しなかった。
まだ復帰間もないので練習不足だからって言ってたけど、多分違う。
翔君が出ないなら意味は無いって事なのだろう。
だから翔君が走れなくなると同時に陸上を止めた。
そして……記録会には一転出場し、あっさりと標準記録を大幅に超え、翔君と共に出場確定って言われている。
二人一緒に……。
そう……そうなの……あの二人は記録で繋がっている。
姉弟以上に深く……。
だから私も……翔君と……繋がりたい。
私も確かな物が欲しい……翔君と。
◈
男なんて大嫌いだった。
ママの周囲にはいつも男の人がいた。
いつもいやらしい顔でママをそして私をじっと見つめる。
気持ち悪い、気味が悪い。
私にとって男の人なんて汚物と同じ、男子なんて嫌悪感の塊でしか無かった。
いやらしい事しか、それしか考えない生き物だってそう思っていた、
アイドルになってもそれは続いていた。
応援してくれるファンの子達の前では笑顔でいたけど……内心はそう思っていた。
でもある時それをキサラに悟られた。
そんな事じゃあやっていけないって言われた。
だから言い返した。
「あんたに言われたくない、この変態!」ってそう言った。
女の子にしか興味のないあんたにだけは言われたくないって……。
キサラは何も言い返さなかった。
私は最後までファンの男の子達の事は好きになれなかった。
女の子達に対して一所懸命に踊って歌っていた。
だからだろうか? 男の子のファンはどんどん減っていった。
その為人気はどんどん低迷していく。
そんな不人気なグループに自分の娘が所属してるのは自分のキャリアにマイナスだと、ママは圧力をかけ私達を解散に追い込んだ。
今思えば見破られたのだろう……ファンにもマネージャーにも事務所にも、そして……ママにも。
だから解散させられた。
それ以来私はずっと仮面を被って来た。
そんな思いを悟られないように演技していた。
でもそんな事は長く続く筈も無い。
私は限界だった……。
そして一生男の人は好きになれないって、そう思い始めていた。
あの目が怖かった、ママの彼氏と同じあの目が男の人のあの目が視線が怖かった。
私もキサラと同じだって……そう思い始めていた。
でも、そんな私が初めて男の子を見て綺麗だって思った。
美しいって……初めてそう思えた。
彼の走り、彼の姿を見て美しいって……そう思った。
不思議だった。どこにでもいる普通の男の子なのに……。
私はその理由が知りたかった。あの時なんでそう思ったのか?
ずっとずっとその理由が知りたかった。
そして気が付いた……そうなんだ……彼は純粋なんだって事に。
走る事に夢中で、そして……夏樹さんを追いかける事に夢中で……。
幼い頃からずっと追いかけていたんだろう、ずっと彼女を。
そんな彼に私は興味を抱いた。
そしてそんな彼を私はいつの間にか好きになっていた。
今まで全く興味の無かった男の子を私は初めて好きになったのだ。
そしてこの気持ちが、これが恋だって事に私はようやく気が付いた。
でも彼は、翔君は私を憎んでいる。私を恨んでいる。
だからこの気持ちは彼に伝えてはいけないってずっとそう思っていた。
でも隠しきれなかった、そして抑えきれなかった。
翔君への気持ちを、そして自分の欲望を私は抑え切れなかった。
私は我が儘だ、エゴイストだ。
こういう時、ママの血を感じる。
見たいって、もう一度彼の美しい姿を見たいって、いつしかそう思ってしまっていた。
そして彼はその姿を再び……ううん違う、それ以上の姿を私に見せ付けてくれた。
綺麗だった、美しかった。
彼の名前の通りに翔ぶ姿は眩し過ぎた、美し過ぎた。
始めて彼を見た時以上に彼の翔ぶ姿は美しかった。
もう駄目だ。私は彼に、翔君に依存している。
自分が抑えられない。そして二度と離したくない。
誰にも渡したくない。 私にはもう彼しかいないのだ。
「そう……私って……最低だ……」
身体で翔君を繋ぎ留めようとしている。
最低だ……最低の女だ。
でも仕方ないじゃない……彼女に、夏樹さんに勝てる物ってそれしか無いじゃない。
少なくとも今付き合っているのは私だ。翔君の彼女は私なんだ。
だから良いでしょ?!
私は気を取り直し立ち上がると、自分の部屋に戻った。
そして彼の子供の頃の写真を眺める。
ずっと彼を救いたいって思っていた。そして彼の手術が上手くいき私は少しだけ彼を救った気がしていた。
でも救われたのは私なんだって気が付いた。
彼の跳んだ姿を見て私はそう思った。
あの北海道で彼と一緒に死のうって……そう思っていた。
それは彼の為ではなかった……。
翔君は私に助けられたって言っていた。でも違う、助けられのは救われのは私なのだ。
だから私は、私のすべてを彼に捧げたい。
また涙が溢れてくる。この小学生の日本一になった頃の彼も、初めて会った中学生の時の彼も、事故で走れなかった頃の彼も、今の復活した彼も、そして未来の彼も……そのすべてが愛しい、その全てが
彼は気が付いていない、自分の想いを。
ずっと私になにもしなかったのは、夏樹さんへの想いがあったから。
今日もそうだ……だから私には……手を出さないのだ。最後の一線を越えようとしない。
私は断ち切りたい、彼と夏樹さんの関係を……彼が気付く前に。
そして彼を翔君を自分の物にしたい。
私はママとは違う……翔君だけ。
私には貴方しかいないのだから……。




