第4章 第29話 主役降板
地獄。その正体はただの正論の集中砲火だった。
「そもそもあなたは何がしたいの? 自分で説明できる?」
「真中胡桃が間違っていないと証明したいと言っていたけど、本当にそう? ただ自分が下手なのを胡桃のせいにしてるんじゃないの?」
「ジャパンではこんな言葉があるらしいわね。『臆病な自尊心と尊大な羞恥心』。今のあなたはまさにそれよ」
「過去に様々なスポーツでトップ層にいたというプライドが敗北を認めてくれない。本気でやって駄目だった、という結果を絶対に受け入れられない」
「だから真中胡桃のせい、チームのせいにしている。自分が本気を出せば勝てるんだという根拠のない自信に縋りついている」
「いい加減に認めなさいよ。個人プレーで負けるのが怖いって」
「というか胡桃先輩って何? 水空環奈の真似でもしているつもりかしら」
「ソーリー。あなたは模倣するしかできないのよね。今まで誰かを尊敬するということをしたことなかったから」
「個人プレーの結果木葉織華に負け、言い訳を作るために真中胡桃に師事。でもやり方がわからないから水空環奈の模倣をしている」
「でも自覚しているわよね? あなたの模倣は精度が甘い。だから全部中途半端なのよ。ブロックも、尊敬も、何もかもが」
「それに加えて頭の出来も中途半端よね。私の思惑を中途半端に理解できているから屈辱だし、中途半端にしか理解できないから対処できない」
「それで、何の話だったかしら? あぁそうそう。あなたが如何に愚かか、って話だったわね」
「まず一番気になるのは私モード、とかよね。あなたもう高校生でしょ? 二重人格とか流行らないわよ」
「結局これも負けた時の言い訳。私モードだったら勝ってたーとか、自分モードなら負けなかったのにー、とか……ほんとくだらない」
「いい加減気づきなさいよ。あなたはいつでもあなたなのよ。勝った時も負けた時も、あなたという存在が変わることはない」
「あなたはいつだって性格が悪くて、他人を見下してて、自分は天才だと余裕ぶっこいてる最低の女だって自覚しなさい」
「本気で抵抗すれば私からは逃げられる。でも自分からは逃げられないわよ」
「醜い自分の本性と向き合って、受け入れなさい。これが今のあなたがやるべきことよ」
高海飛鳥からの延々と続く説教。解放されたはいいけど、正直あまり覚えていなかった。
ただずっとお腹が痛くて、胸が痛くて、頭が痛い。内臓を全て曝け出して水洗いしたい気分だ。吐き気が止まらない。
私は何をしているんだろう。荷物はどっかに置いてきた。いつの間にか合宿所から出て場所もわからない紗茎の敷地を這いずるように歩いている。
苦しい。爽やかな夜風もまるで亡者を蘇らせる地獄の風のようだ。ただそこにいるだけで苦痛が押し寄せてくる。
この苦しみから逃れたい。ただそれしか思えない。
私は何がしたいのか。何をするべきなのか。そんな大事なことなんてどうでもいい。
楽しく、平和に、ただ生きていたい。
どうしてこんなに苦しいんだ。何か悪いことでもしたのか。間違っているのか。
違う。私は悪くない。何も間違えていない。
悪いのは暴言と暴力を平然と行使する高海飛鳥。協力してくれないチームメイト。私のことを理解してくれないみんな。
そして、全ての元凶。
そうだ。全部これが悪かったんだ。これがあるからこんなに苦しいんだ。
そう気づいた時、私は電話をかけていた。
「どうしたの?」
スマホの向こうから声がする。私を心配する優しい声なのか、突然電話をかけられた苛立ちの声なのかもわからない。
だから私は、ただの願望を口にした。
「わた、し……バレーを……やめたいです……胡桃、さん」
ただこの辛い今から逃れるために。
私は主人公の座を降りた。




