第4章 第27話 コキュートス
〇きらら
珠緒さんと雷菜さんを欠いた四軍対一軍の試合の結果は22対115。五セットマッチに均すと、こちらは一セットも取れなかったという衝撃的すぎる結果に終わりました。そして、
「翠川きらら、あなたはトラッシュに降格よ」
ついに四軍からも降ろされ、試合に出ることもできなくなりました。
「最終日、つまり明日の全試合終了後に国体メンバーを発表するわ。最後まで気を抜かないこと。それじゃあ解散よ」
高海さんの挨拶が終わると、静かに話を聞いていた人が動き出します。一軍や二軍の藍根の方々は荷物だけ持ってさっさと部屋に戻っていきました。昨日は過集中のせいで動けなくなっていた流火さんと木葉さんも、今日は二軍との試合でしか陥っていなかったおかげで普通に歩けています。
それ以外の方々はボールを持ち、自主練に励みます。昨夜は遊んでいましたが、まだコーチや高海さんがいるので形だけでも、という感じでしょう。
そして自分は、家に帰ることにしました。
「お待ちなさいきららさん!」
体育館から出ようとした自分の右腕を誰かが掴みます。このイラつくしゃべり方は珠緒さんですね。
「付き合ってあげるから残りなさい。もっとバレーを教えてあげるわ」
その後ろからは雷菜さんの声がします。ほんとお二人は優しいですね。
「見下せる人ができてうれしいですか?」
でも今はその優しさがイラついて仕方がない。
「もしくはかわいそうな子を助けてあげる自分に酔っているって感じですかね?」
「そんなくだらない煽りはわたくしたちには効きませんわよ。雷菜さん、左腕を!」
「ちょっと調子が悪いからって何へこたれてるんですか。そんなんじゃちょっ! 力つよっ!」
こんな小さな人たちに引っ張られてもなんの障害にもなりません。とりあえず体育館の外に出し、腕を振ってお二人を引き剥がします。
「自分に構わないでください。迷惑です」
「あなたの独りよがりなトータルディフェンスよりかはマシですわ」
「は? トータルディフェンスは周りを活かすブロックなんですけど?」
「だからそれが独りよがりだってんですわよ。チームの実力も考えないで勝手にコースばっか塞いでんですから。そんなの責められて当然ですわ」
やっぱり珠緒さんもわかっていません。風美さんのスパイクにあれ以外でどうやって対応しろっていうんですか。レシーブをもっとちゃんとやってくれればいいんです。
「そもそも真中さんはトータルディフェンスしか教えていなかったの? 少し疑問なんだけれど」
「ブロックは叩き落とすだけじゃない。バレーは高さじゃない。つまり、そういうことでしょう?」
自分は胡桃先輩の教え通りやっている。胡桃先輩は間違っていない。自分は悪くない。
「もういいでしょう? 胡桃さんの教えを活かせられない場所にいたって無駄なんです。自分は帰りますから」
珠緒さんたちに背を向け、合宿所へと歩き出します。もうお二人は追いかけてはきませんでしたが、一言。言葉が届きました。
「トータルディフェンス。あれ、最初に教えたのはわたくしでしてよ」
……は?
珠緒さんが、自分に? 胡桃先輩ではなく?
驚いて振り返ると、珠緒さんがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていました。
「あら? もしかして覚えていなかったんですの? わたくしの入部初日に行われた上級生対一年生の試合でわたくしたちが執った策。それがトータルディフェンスですわ」
言われてみれば、確かに。
でも、それよりも前から自分は胡桃先輩にブロックを教えてもらっていました。
じゃあ、胡桃先輩はなにを……!
「滑稽ですわね。ありもしない幻影に縛られていたなんて」
「うるさい……。ただあれ以前の私はトータルディフェンスができるラインにまで到達してなかっただけでしょ……」
「まぁそれも事実ですわ。でも普通のブロックも教えていたことも事実。どうせ最近のことしか覚えていないんでしょう? 別に責めはしませんわよ。しょせん何事もそんなもんですわ」
「うるさいなぁっ! 何が言いたいわけっ!?珠緒さんまで私のことを馬鹿にするのっ!?」
くつくつと嘲笑う珠緒さんに怒りを隠すことができない。どいつもこいつも全てわかっているかのように振る舞いやがって。
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ」
それに何だよ。急に真面目な顔して。本当に腹が立つ。環奈さんが珠緒さんを苦手だって言ってたのもうなずける。
「あなたのバレーをもう一度思い出してみなさいよ! コースを塞ぐだけだった!?あなたがわたしたちとやってきた半年間は! そんだけじゃなかったでしょっ!?」
「うるさいうるさいうるさいっ! 才能もないくせに私に逆らうなっ!」
「特別なら凡庸なわたしなんかに好き勝手言われてんじゃねぇよっ!」
思えば私たちは普段本性を隠していて。特に珠緒さんは私よりも隠すのが上手くて。そんな珠緒さんが本気で私に語ってくれたのはうれしいけれど。
「……ごめん。私やっぱり帰る。また今度遊びにいこうね」
今の私にはそれを受け止められない。優しさを受け止めることができない。
「……一つ、私からも言っておくわね」
今度こそ背中を向けた私に雷菜さんの声が届く。
とても厳しく、辛そうな声が。
「身長が高いだけ、というのは誉め言葉なのよ」
今日散々浴びせられた暴言を、今一度伝えられた。
「……悪口以外の何だってのよ」
今度こそ完全に二人と別れ、私は合宿所への短い道を辿っていく。
あの二人は本当に優しい。でも根本的にわかっていない。
私が本当に聞きたい言葉を。
この半年間なんてどうだっていい。才能なんて今の私にはプレッシャーだ。高さは足枷以外の何物でもない。
「来たわね、翠川きらら」
なのに、一番それをわかっていない人が目の前に現れた。
「高海……飛鳥……!」
そして始まる。
私とこの女の最後の戦いが。




