外敵
落ち着け、落ち着け、落ち着け。これはゲームだ。
人の腕が落ちていようが、どんなにリアルだろうが、ゲームだ。だから慌てることなんてない。
だが、なんで人の腕が落ちている? もしもPCから腕が斬り落とされたら、胴体部分が残って、斬り落とされた腕のほうが消えるはず。いや、そもそも腕が斬り落とされた事例なんてあるのだろうか。
部位破壊が設定されているモンスターが、斬撃によって羽や角を斬り落とされることはあるが、PCの腕や足が斬り落とされるケースはあっただろうか? 私の記憶している限りでは、そんな場面に遭遇したことはない。
アップデートで仕様が変更された?
「ハナビちゃん、ちょっと武器貸して」
「忍刀をですか? わかりました」
ハナビちゃんから忍刀を受け取った私は、自らの腕を前に出し、その腕に向けて思いきり忍刀を振り下ろした。
表示されたのは攻撃がヒットするエフェクト、そしてダメージのみ。
無論、腕が切断されるなんてことはない。
「な、なにやってんのさ神崎さん」
「ダメージが発生するだけ……だよね」
「そりゃそうだって。おもいきり良すぎ」
「沙耶、聞こえてるよね?」
「うん。聞こえてるよマリ。もう向かってるから辺りを警戒しながら待機お願い」
応援を呼ぼうと沙耶に呼び掛けたが、どうやら私達の会話を聞いて既に動き出していたようだ。
私達は3人で背中を合わせ、死角を作らないよう陣形を組む。
もしも腕を切断した犯人がいるのならば、私達の位置は既にバレているはずだ。
なにしろ、こんな暗闇でたいまつを持って歩いているのだ。相手に位置を知らせているも同然である。
「鳴き声……」
ハナビちゃんが静寂の中で静かにつぶやいた。
私にも聞こえた。リーンリーンと鈴虫の鳴くような声が。
どこだ? 微かに聞こえた鳴き声はまだ遠かった。
距離がある? だが、聞こえてきた方角がわからない。
何故方角が特定出来なかった? 例え遠くからの声でも方角くらいはわかるはずだ。すると、もう一度、同じように鈴虫の鳴き声のようなリーンリーンという音が聞こえてくる。
鳴き声、と聞いてふと思い出す。鈴虫の発する音は、正確には鳴き声ではなく、何か別の物だったような気がする。アレは確か……羽根を激しく動かした時の摩擦音?
羽根……上か!
「くっ…!」
気付くのが遅すぎた。声を上げたところでハナビちゃんと双海さんが状況を正確に理解して避けれる保証はない。私は手でハナビちゃんを、そして双海さんの背中を思いきり蹴りで押し出し、自分はその反動で上から落ちてくる影を回避する。
ドスンという、まるで落石でもあったかのような豪快な音と共に、私達三人が先ほど立っていた場所がえぐれる。
「なんだなんだ!」
「何かが落ちてきたようですが……あれは?」
私に蹴り飛ばされて体勢を崩していた双海さんとハナビちゃんが起き上がりながら、上空から落ちてきた物体を確認する。
そこにいたのはコオロギのような胴体、6本の足、背中には羽、頭には触覚が2本、顔は……まるで人間だ。
「ほう、俺の奇襲を回避するとは。それも仲間を守りつつ……勘の良いやつだ」
「え?」
一瞬、耳を疑った。疑わずにはいられなかった。
今、喋ったのは誰だ? 虫の鳴き声ではない。人の言葉を発したのは、私の目の前にいる……
「あなたは……何者なの」
これを問う必要があるのだろうか?
何者って? 人間の言葉を口にするモンスターならば、前にもいたはずだ。常識で考えるのならば、今回もそのケースでしかない。
そう、ヒビキと同じくモンスターを演じさせられている。もくしは自ら演じている人間という事になる。
だけど何故だろう。この虫型モンスターからはヒビキから感じた人間味がない。得体のしれない生物じゃないかと私は感じてしまっている。
だから投げかけた。何者なのかという質問を。
「何者か。それはどういう意味で使った? 敵か味方か? 善か悪か? 人間か人外か? マリ・トリデンテ」
「なんで…!」
なんで私の名前を知っている。
今まで会った人物? いや、短絡的な思考はよくない。
闘技場での中継を通じて私の容姿と名前を把握している人なんていっぱいいる。何よりも私が出会ってきた人の中にはこんな異質な空気を感じる人物はいなかった。
私は【アナライズ】を使って人面虫を見る。透視する。
コイツの正体を確認するには、これが一番手っ取り早いはずだ。
No.19858??1892??……
Name 四葉??要清??水裕也??国城渚……
PC.Name スコ??ル村正アル?レ?ド才??ヨシ?ロル?ク村人C……
Gender ♂♀♂♀♂♀♂……
なんだ、なんだこれ。データが読み取れない? バグってる?
ナンバーは完全にエラーを起こしてバグっている。リアルネームは……まるで何人もの名前を繋げた様な文字列。PCネームも同じだ。複数人の名前を連ねた文字列。そしてその中に見知った名前を見かける。
「村人C…」
彼が人面虫の正体? いや、違う。さっき転がっていた腕と共にあった衣装、どこか見覚えのある衣装だった。
あれは、村人Cさんの腕だ。そして村人Cさんをキルしたのは、この人面虫だろう。つまりこの人面虫は……。
「キルしたプレイヤーのデータを自らに取り込んでいる……?」
「大した洞察力だ。その通り。俺は喰った者のデータを記憶ごと取り込んでいるのさ」
「なにを……? 食べる? そのプレイヤー達はどうなったの?」
「意識ごと俺の中に取り込む。こいつらの意識は元の体に戻ることない」
つまり意識不明者になるって事だ。
なんだそれは。私達は地球の終焉から逃げるためにここにいるはずなのに、これじゃあリスクのほうが……。
「おっと、ログアウトで逃げても無駄だ。地球は間もなく……いや、わざわざ教えてやる必要もないか。おしゃべりが過ぎたな。今から俺に喰われるおまえには関係ないこと……だ!!」
「え、速っ……!」
一瞬だった。
私と人面虫と距離は10メートル程あったはずなのに、その一瞬でゼロ距離まで詰められた。
大きく口を開け、鋭い牙を剥き出しにして私に襲いかかる。
その一瞬で私の前に入った影がもうひとつ。沙耶だ。
人面虫の牙と沙耶の盾が激しく交差して火花が散る。
「オラァ!」
「くっ…!」
人面虫の力任せな一撃と雄叫びと共に沙耶は大きく吹き飛ばされて大ダメージを受ける。
「沙耶! 大丈夫?」
私は慌てて沙耶の元に駆け寄り状態を確認する。
特別な異常状態は見られない。これなら回復アイテムを使えば。
「マリ、逃げて! こいつヤバイ」
「え、でも逃げるって、どうすれば」
人面虫は息もつかせぬ連続攻撃で私達を追い込んでくる。
沙耶は再び飛び掛かってきた人面虫を見て、再び盾を構えて私を守る。そして私の元に駆け付けたのは沙耶と会長だけではなかった。もうひとつの人影が私に指示を出す。
「おい! マリ嬢ちゃん、ボサッとするな! 死ぬぞ」
「ツルギさん!? なんでここに」
ツルギさんだけではない。
カーマさんにエンゼルケアさん。イヴさんもいる。
「この人面虫、ゲーム内のモンスターでもなければ人間でもないわ」
「それって……」
イヴさんの口から語られる人面虫の正体。ここまで聞いたら察しはつく。この人面虫はおそらく。
「地球の……宇宙の外側から来た存在。【喰らう者】イーターよ」




