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 11月上旬


 イヴさんの第一次移住計画発表から一週間ほど経った現在、移住を希望している人は国内で1000人以上との発表があった。


「1000人か……これを多いと見るか少ないと見るかは微妙なところだね」


 放課後、あまり人気のない屋上にて私の隣に座っている沙耶が端末を見ながら呟いた。


「国内のNWプレイヤーは確か300万人を越えるって聞いたけど、そう考えると少ないかも」


 もちろん300万人が今も全員プレイしているわけじゃないと思う、記憶障害事件や会見の影響でプレイしなくなった人も大勢いるし、逆に興味を持ってプレイし始めた人もいるだろう。

 運営じゃないので詳しくはわからないが、現在のアクティブユーザーは大体100万~150万人くらいじゃないかと予想される。


「海外は凄いなぁ……アメリカは10万人が希望してるってよ」


 そう言ったのはフェンスに背中を預けながら端末を見ている双海さん。


「10万? 結構いるね」

「一気に10万人が国から消える…か」


 そしてNW移住を希望する人は身体を現実世界に残していくわけだから、親族に任せる人以外は、その後の始末もNW社がすることになるだろう。

 地球が消滅して身体もろとも消滅するなら気にすることでもないが、今の段階ではそうはならない。

 ちなみにNWは巨大な施設を用意して大勢を一斉に冬眠状態にする大規模コールドスリープを実行すると明言している。



「マリは結局どうするの?」

「さすがに今回は……いきなり言われても踏ん切りがつかないかな」

「確かにね、私も今回は見送り」


 あと一ヶ月と少しで地球に別れを告げてNWに行く、というのはイマイチ現実味がないというか、急すぎて決心がつかないのだ。

 お母さんや雪ちゃんを説得出来る気もしない、それは沙耶も同じようで、とりあえず今回は様子を見ようという形になった。


「私はどうしようかな……いずれは行きたいけど、確かに躊躇しちゃうなぁ」


 どうやら移住に前向きだった双海さんも少し迷っているようだ。

 しかし、そうではない人もいるのだ。


「ワタクシは行きたいと思いますわ」


 そう言い切ったのは他でもない、かねてより異世界に憧れを抱いていた会長だ。


「会長……でも一ヶ月ですよ、心の準備とか……」

「ようやく後一ヶ月まで来たのですわ」


 ああ、そうか。私は急すぎるなんて思っていたが、実際はそんなことはないのだ。

 NWが6月に会見を開いてから半年。あの時、本気で信じた人からしてみれば"ようやく"後一ヶ月なのだ。

 つまり、私は口ではなんと言おうがNW移住を信じきれていなかったのかもしれない。だからいざ移住が現実的になった頃に動揺してしまったんだ。


「思いきりがいいわね、家族は説得したの?」

「基本放任主義ですから、あっさり許可はもらいましたわ」

「放任主義って…限度があるでしょ限度が」

「元々両親はあまり家にいませんでしたし、今更気にしませんわ。それと誤解がないように言っておきますが別に両親と仲が悪いわけではありません。地球が存在している以上、地球とNW間での連絡も取り合えますし、まぁ言ってみれば離れて暮らすくらいの感覚なのですわ」


 そういう物だろうか。

 確かにイヴさんはNW内から地球側の人と連絡を取り合っているし、そういった機能があることも発表した。

 つまり、まだ地球側との繋がりを完全に断つという段階ではないのだ。


 この件はニュースでも連日取り上げられ、議論されている。

 否定的な意見がほとんどだが、中には肯定的な意見も少なからずある。

 ここでスポットが当たるのは「本当に地球に終わりが来るのかどうか」という事だ。


 以前イヴさんは会見で「世界の外側の存在に接触した」と発言した。そしてこの世界も元は外側の存在が創造した避難所とも。

 では外側の存在とはなんなのか、それを明らかにしなくてはならない。



「NW社の会見、もうすぐだよね」

「ええ、16時からですわ」


 現在15時58分、あと2分もすればNW社は以前と同じように再びNW質問を受け付ける事になったいる。


「えっと、NWユーザー限定だったよね。ログインしなきゃ」


 質問はNWユーザー限定で、NW公式サイトのマイページにログインした状況でないと受け付けてくれないのだ。つまり、遊び半分で質問しようにも、まずはNWのキャラを作成しなくてはならない。荒らし目的でも一度はキャラを作成しないとダメな以上、必然的にNWに触れることになるので、あわよくば取り込んでしまおうという魂胆もあるのかもしれない。



「あ、もう始まってるね」



 以前と同じように机の上にノートPCが設置してあるが、前回と違うのは画面にイヴさんが映し出されていることだ。

 銀縁のメガネを装備し、うなじが見えるように紫色の髪を後ろで束ねている大人っぽい雰囲気だ。

 服装はセレブがパーティーに出席する時に着るような鮮やかな朱のドレス。胸元は大胆に開いていて、なんともセクシーだ。

 ちなみにNWのメガネは視力に補正をかけるわけではないので完全なるファッションアイテムだ。


 そんなイヴさんを目にした男性ユーザーによって似たようなコメントが大量に流れてくる。



「このお姉さん幹部? 美人すぎる!」

「BBA結婚してくれ!」

「高速でスクショした」



 等々、イヴさんの容姿に関する話題がメインになってしまっている。



『静粛に』



 まるで生徒達が騒いでいた教室に鬼教師が入ってきた時のように、その一言でピタッとコメントは止む。


『本日は移住に踏み切れない、不安がある、疑問がある方達からの質問に出来るだけ多く答えたいと思うわ』


 イヴさんがそう言うと、さっそくコメント欄に大量の質問が書き込まれる。



 ――NWは現状、戦闘不能になっても蘇生が出来るし、蘇生されなくてもホームポイントに戻されるだけですが、今後はどうなりますか?

「それについては皆が気になっていた事ね、NW社内部でも意見が割れていたのだけど、ようやく結論が出たの。長いこと答えを待たせてしまって申し訳なかったわ」



 NW社が決定した死のルール、それはPCごとに残機を設定するといったものだった。

 残機とは、"あと何回ミスしてもいいか" という数字であり、例えば残機が3の場合は、3回ミスしたら残機がゼロになる。

 そして残機ゼロの状態でミスをするとゲームオーバー、死を迎えることになるのだ。

 ちなみに残機が減るタイミングはホームポイントに戻ったタイミング、つまり戦闘不能になってから一時間以内に蘇生すれば残機は減らないという事になる。


「意外と死に関するルールは緩いみたいだね」


 沙耶が端末の画面に視線を向けたまま呟いた。

 私達がNWをプレイしはじめてから半年弱、私や沙耶は一度もホームポイントに戻された事がないのだ。

 戦闘不能になったとしても、ホームポイントへの強制送還までは一時間の猶予が用意されているので、必ずと言っていいほど蘇生による救出が間に合うのだ。




 ――寿命はありますか?

「老衰もなければ寿命もないわ」



 寿命がないということは死のルールは残機のみになるのだろうか。


「寿命がないって大丈夫なのかな……」


 イヴさんの答えを聞いた私は思わずそう呟いた。


「ん、寿命がないってことは不老不死でしょ? 良いことじゃないのん?」


 フェンスにもたれ掛かっていた双海さんは反動をつけながら2、3歩前に出て私の言葉に反応した。


「うん、でもNCによって人口は増えていくわけだから、いつかNWはパンクしちゃうんじゃないかな」

「あー、なるほろ。減る速度に対して増える速度が速すぎるってこと?」


 残機ロストによって死を迎えるプレイヤーがどの程度いるのかは不明だが、NCを作るペースは人口が減る数に比べると圧倒的に多いはずだ。

 もちろんNCも作り放題というわけではなく、一度NCを作ると次のNCを作るまでに365日待たなければならない。

 要は一年間に一人だけということだ。


「ふむ、私はNC作りまくりたいけど相手がいないな。スズ、一緒にどう?」

「お断りですわ」

「ちぇ」

「そんな軽々しく作るものではありませんわ、そもそも作りすぎてはダメという話をしていたのに、あなたはもうちょっと――」

「そんなことより、ほら! 次の質問の解答きてるよ!!」

「なっ……元はあなたが話を振ってきたのではありませんか!」


 双海さんの相変わらずな破天荒っぷりで話が逸れてしまったが、まぁNW社だって何かしらの対策を考えているのだろう。単純にサーバーや惑星を増やすことも出来るのかもしれない。


 私は再び端末の画面を確認する。





 ――NWに行くと二度と地球側には戻れないのですか?

「現実の身体が無事なら戻れるわ。前にも話したけど、乗り物を乗り換えるだけなのよ。だから地球側と繋がっている限りは可能よ。ただし、そんな戻れるからって簡単に行き来するものでもないわ、緊急時のみよ」



 ――第二次移住はいつ頃になりますか?

「3ヶ月周期で募集するつもりよ。一年間で計4回ね」





 つまり、次は3月、その次は6月、そして9月の順に募集するということになる。

 第一次の様子を見てから移住を決意する者も大勢いるだろう。問題がなければ今後は更に移住者は増えるのかもしれない。



「ですが、三ヶ月後に地球が無事かどうかは怪しいですわね」



 NWに行くと豪語する会長はさらっと物騒なことを言ってのける。だが、あながち間違いでもない。最近の地球が狂い始めているのは誰の目にも明らかなのだ。



 その後もNWな関する質問は続き、今後の仕様などについても発表された。


 例えば空腹ゲージの実装。

 今までは意見が割れていたが、空腹ゲージが空になったらHPが徐々に減っていくような機能を実装するらしい。

 そして、それに伴って実装されるのが味覚だ。現在NWで食事をしても味を感じる事は出来ない。しかし、食事が重要視される今後は食を楽しむという意味でも味覚が必要になると判断したのだ。


「味を感じるって事は、リアルのお金を使わずして様々な料理を食べれるの? え、それって凄くない!?」


 とは双海談。

 しかも太らない!? と、死のルールや移住の話よりも食いついているように見える。


「野菜の成長スピードは速いし、食べるのに困るって状況には陥らないね」

「問題は味! 味なのですよ!」


 双海さんがグイッと顔を近付けてきて言う。


「う…うん、味ね。【トリデンテ風 潮風の野菜炒め】はどんな味がするのか楽しみだね」

「うんうん! それにほら、NWには色んなスイーツもあるじゃん? た・の・し・みぃ!」


 先程までの真剣な雰囲気はどこへやら、双海さんはNWグルメに夢を膨らませて舞い上がっている。

 他の皆も、そんな双海さんのハイテンションに釣られて表情に笑みが出てきた。


 その後は会見を眺めつつ、また新しい料理を開発しよう等と料理話に花を咲かせて過ごした。

 双海さんの底抜けに明るい性格は精神的にも凄く助けになるなぁと改めて実感したのだった。

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