混沌
「お、お姉ちゃん、なんでここに」
ユキの言葉を聞いてニコりと微笑んだ神崎さんはユキの頭に軽く手を乗せて応え、ユキは「子供扱いしないで」とその手を振り払う。
先程神崎さんが撃ち抜いた一撃でミルナーさんは戦闘不能。更にスズの氷魔法の直撃で吹き飛ばされたミドルズさんも戦闘不能。カトルくんに影縫いを入れたのはハナビだ。
そしてさすがと言うべきか、ミドリの合図に反応したレールさんを食い止め、敵を唯一私のいる方に向かわせなかったクイーン。そのレールさんをクイーンとスズが協力して秒殺する。スピードのクイーンと、ファストキャストを使用した瞬間最大火力のスズが同時に攻撃を仕掛けて来ては、あっと言う間に方が付く。
「マリちゃん、あれほど死神討伐には参加させないって言ったのに」
「参加しに来たわけじゃないです。ただの通りすがりですよ」
クイーンが神崎さんに何やら小言を言って、その言葉を聞きながら神崎さんはそっぽを向いて答えた。
「それに……私達の相手は死神じゃなくて彼女だから」
ミドリを見据えて鎌を構えた神崎さん。
どうやら神崎さんは死神討伐に参加したいとクイーンに申し出ていたが却下されたらしい。一度合宿所に来て何やらクイーンと話していたのはその件について話し合っていたのだろう。
合宿所で見かけた時はロクに会話せずに帰ってしまったので、詳しく聞けなかったが、実際こうしてピンチに仲間が駆けつけてくれると安心する。
私を仲間だと受け入れてくれていると実感する。私はちょっと強引にトリデンテに加入した面もあったから、もしかしたら煙たがられているかもしれないなんて思ったりする事もあった。けど、こうして樹海にまで駆けつけてくれると、そんな不安をどこかへ吹き飛ばしてくれる。
だから私も自信を持って言える。今はトリデンテが私の居場所であり、全身全霊を賭けて守りたい場所、帰る場所なのだと。
「双海さん、大丈夫?」
神崎さんのその言葉は私が無事か? という問いではない。このままミドリと戦闘を続行しても大丈夫か? という問いかけだ。
私とミドリは10年以上共に育ってきた幼馴染。そんな私の幼馴染を目の前で有無を言わさず倒すなんて事、優しい神崎さんが出来るわけがない。
「大丈夫だよ、信じてる……神崎さんを信じてるから」
「……わかった」
迷いなく答えた私に何かを決意した表情で答えた神崎さん。きっと神崎さんはミドリに対して遅れを取る事は絶対にない。確実にミドリを追い詰めて倒すはずだ。神崎さんを見た私はそう確信した。
神崎さんの表情から全てを読み取れるわけじゃないが、神崎さんから発せられる気が、オーラが、そう思わせた。間違いなく神崎さんは怒っている……ミドリに対し怒りを感じている。それは激情ではなく、深々と降り積もる雪のような、静かな怒り。しかし何故そこまで? と私は少し不思議に思った。
そうこうしてる間にも、トリデンテの介入により戦況は大きく変化し、マリオネットで操られていた死神以外の4人はいとも簡単に戦闘不能になっていた。
「神崎? そう…………あの神崎茉莉か」
ミドリは先程から私に向けていた視線同様、冷徹な目で神崎さんを見る。
「いいの? 私にかまっている間に大切なお友達が死神にやられても知らないよ。あなたの大事な大事な姫宮沙耶もね。だってほら、一度戦闘不能になると蘇生は不可能。私を倒すよりもお友達を死ぬ気で守ったら?」
ミドリと対峙している間も、死神の猛攻は止む様子はない。一度戦闘不能になったらその時点で終わりだと、脅しをかけてくる。しかし神崎さんは動じない。
「蘇生……そうだね。でも、そのからくりはもう解いてあるよ」
「なっ……」
神崎さんの言葉を聞き、慌てて振り返ったミドリの瞳に映ったのは、蘇生魔法をもらって戦闘不能から回復する死神討伐メンバー達。
「なんで……」
「蘇生不可能のフィールドを展開するNos.【デス・フィールド】その発現者であるあなたの協力者は、ここに辿り着くまでの道中に私達が捕縛したから」
「この女……どこでも邪魔して!!」
この死神討伐では常に私達に対して先手をとっていたミドリは高い場所から私を見下ろしている気分だったのだろう。その足場を不意に崩しにきた神崎さんに対して激昂する。
それにしても、ミドリに協力者?
私、ミドリ、オカの三人で固定PTを組んでいた時もミドリはフレンドの1人も作ろうとしていなかった。リアルでも私以外の女子とは極力絡まずに過ごしていたはずだ。
そのミドリが協力者を?
どのような人物なのか、単純に興味が沸いた。ミドリが誰かと協力関係を結ぶという事が新鮮だった。こんな状況でも、ミドリのその変化に対して少なからず喜びを感じていた。
「神崎さん、ミドリの協力者って?」
興味を抑え切れなかった私は隣にいる神崎さんに問いかける。
「それは……」
神崎さんは私の問いに対して答えるのを躊躇する。なんだ、躊躇するような相手なのか? そのように躊躇する程、嫌悪感を抱くような人物に心当たりがない。
ミドリを見ると、私と目が合う。
やれやれ、仕方ない、と言いたげな態度をとってから口を開く。
「イーターだよ、私が手を組んだのは」
「え……?」
冗談だ。
そう思った私は数秒硬直する。
ミドリの次の言葉を待っていたからだ。冗談だよって、そう言ってくれるって、期待していた。けどミドリからそんな言葉は出てこない。当たり前だ。ミドリが冗談を言った事なんて過去に一度もない。
「なんで……」
痺れを切らし、言葉を搾り出す。
その一言に、言葉にならなかった気持ちがいくつか込められていた。何故イーターと協力関係にあるのか。NW社がこの世界を創造したのはイーターからの逃避が目的だ。オカとミドリが離れ離れになる原因を作ったイーターと協力するって…………何、それ。
恐怖か怒りかわからない、ドロドロした感情が渦巻く。頭には血が上り、感情が制御出来ない。こんな事、生まれて初めてだ。ああ、そうか。先程感じた神崎さんの怒りの正体は今私が感じている感情と同じ状態だったのかもしれない。
そんな震えている私を見て、ミドリは口を開いた。
「イーターの力を借りてこの世界を壊せるなら、私はそれでいいの! イーターごと葬り去って終わらせる!」
「そんな事したって意味ない! 意味ないよ、ミドリ!」
「あんたにはなくても私の中にはある! 私から岡崎くんを奪った全ての物を消さないと、また奪われる!! ……だから壊さないと、全部!」
ダメだ。
今のミドリは何も見えていない。
復讐心だけがミドリを動かしている。
「だからさ……瞳子、おとなしく殺されてくれると嬉しいんだけど」
そう言い放ったミドリの瞳には色がない。ドス黒い漆黒に染まっている。もう私の知っていたミドリはいないのか、それとも私が本当のミドリを知らなかっただけなのか……わからない。わからないけど…………。
「誰が……殺されるもんか。悪いけど、今の私には帰る場所も、大切な物もある。逆恨みで暴れてるだけのミドリにやられるわけにはいかないよ」
大切な人を守りたい。
仲間の住むこの世界を守りたい。
だから死ねない。
私は刀を構える。
決意する。
ミドリと戦う事を。
しかし、そんな私の視線をかわしてミドリは死神と戦っている討伐PTのほうへと視線を向ける。その視線は死神と討伐PTの戦況がどうなっているのかを確認するための動作だと思った。だが違った。
「いけ!」
私がミドリと戦う決意を決めたその一瞬、ミドリはマリオネットを発動させて討伐PTの方へとその糸を伸ばす。
しまった、と思った時には既に遅かった。最初に操られていた四人はトリデンテ介入時に戦闘不能になり、マリオネットの効果は解除されている。そして蘇生魔法を受けて戦線復帰した事によって討伐PT18人+トリデンテの5人。
私達のPTが死神に人数を割いてるとはいえ、この状況でミドリがやるべき事は自分の数的不利を解消する事だ。一番警戒すべきだったマリオネットへの警戒を怠ってしまった自分が情けない。
討伐PTに向けて慌てて「避けて!」と叫ぼうとする。しかし、私はその言葉を飲み込んだ。声が出なかったわけじゃない。出す必要がなくなったからだ。
何を警戒すべきか、相手が何をしてくるのか、相手の動きに対して変幻自在に戦い、対応してくれるスペシャリストが私の傍にいた。
「もう誰一人あなたの人形になんてさせない!」
神崎さんがクラフトで作った壁でマリオネットの糸を遮断し、その進路上にいた討伐PTの人形化を防ぐ。
「っ……また邪魔して…!!」
完全に意表をついた奇襲のつもりが、またしても神崎さんはミドリの一歩先をいく。
神崎さんと最初に会った頃から、神崎さんの戦闘スタイル、集中力は凄いと思っていたけど、今の神崎さんはあの頃よりも自信がある分、頼もしさを感じてしまう程迷いがない。
負ける気がしない、とはこの事だろうか。私自身の力ではないけれど、神崎さんが隣にいると勝利を確信してしまう。そんな感覚だ。
「もらった!」
ミドリが怯んだ隙を見逃さなかったのはユキ。マリオネットの奇襲が失敗したのを見るや否や一気に距離を詰めてミドリに刀を突き刺す。
「くっ……この状況、さすがに不利……」
ミドリはこの数的不利を覆すのは無理と判断したのだろう。今度は生い茂る木々に向かって糸を飛ばし、まるでワイヤーの使って巨大な木の枝に飛び移って私達から遠ざかっていく。
「待って、ミドリ!!」
「深追いはしない方がいいですよ、先輩!」
イーターと組んだミドリにはどんな仲間がいるかわからない。厄介なNos.を持つミドリをせっかく退けたのに、深追いをして敵の罠にハマる危険は冒さない方がいい。確かにそうだ。冷静になればわかる事だ。
「……わかった。みんなの安全が優先だよね。とにかく死神を倒して帰ろう」
私はミドリを追いたい気持ちはぐっと堪えて、死神と戦いを続けている討伐PTのほうへ向かおうとした。
「ううん、待って。深追いしよう」
そう言ったのは神崎さん。私は思わず「え?」と聞き返してしまう。この中で誰よりも冷静で戦況を把握していた神崎さんから撤退した敵への追撃を提案されると思ってなかったからだ。
「大丈夫」
そう言って神崎さんは笑顔を私に向けた。
『逃がす気など微塵もない』と、言わんばかりの笑顔を。




