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息絶える瞬間の詩のように  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ


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プロローグ(2)

 手を伸ばして、口から煙草を奪い取る。

 かわすことなく香雅里の動きを目で追っていた有島は、唇の端を吊り上げた。

 笑っていた。


「そういうことするんだ」

 耳の奥に流し込まれる、低音。近い位置で聞きすぎて、背筋にぞくりと震えが走る。

 香雅里は、有島から目を逸らさぬまま後ろ足で後退しつつ、口を開く。

 強い風がびゅうっと顔に吹き付けてきた。


「ここは高校です! 今時、教師も職員も敷地内では禁煙です! 部外者でわからないみたいですけど、やめてください!」

 勢いよく言ったところで、指にぴりっと痛みが走る。

(あつ)っ)

 火に触れた恐怖で、ぱっと煙草をその場に取り落としてしまった。

 視界の端で、有島が笑みを深めた。


「こ、これは私が処分しておきますね!」

 なめられてなるものかと。

 香雅里は、落とした煙草を、咄嗟に足で踏みにじった。


 有島はにやにやと笑ったまま「へえ」と呟きをもらす。

 割り込み損ねて成り行きを見守っていた凪人は、有島の肩をぽんと叩いた。

 香雅里に視線を向け、にこりと微笑んでから、有島の顔を覗き込んで言う。


「有島が悪い。いまのは絶対確実に」

 肩に置かれたままの手を鬱陶しそうに見ながら、有島はぼそりと言い返した。

「知るか」

 憎まれ口であったが、表情は妙に清々しく、笑みをこぼしている。


(勝った……?)


 引き下がってくれるかな、と香雅里がほっと息をついたそのとき。


「だめなのはだめでわかったけど。煙草の吸殻が校庭に落ちてたら、何事かと思われるじゃねぇか」


 有島が悠々と近づいてきて、腰を折り、香雅里の足元に手を伸ばす。

 避けなければと気づいたときには遅く、有島はそっけなく「邪魔」と言い捨て、香雅里の右足首に手をかけた。

 軽く持ち上げられて、バランスを崩す。


「ちょっと!」

 折悪しく風が吹いてきて、香雅里はよろめきながらスカートを両手でおさえた。

「おっと」

 有島は足首から手を放して、煙草を拾い上げる。

 ちょうど顔を上げたところに、ばさっと揺れたスカートの裾が吹き付けた。

 タイミングは絶妙に最悪。


「興味はないから」

 何事もなかったように姿勢を正して、有島は言い捨てた。

(興味って)

「せ、せ、せく、セクハラ……!!」

 顔にかあっと血が上る。

 その言葉を口にするだけで猛烈に恥ずかしい。

 目が合った有島は、それこそ気の毒なものを見る目をして、(おごそ)かに言い放った。


「事故だ事故。俺は年下のガキには毛ほどの興味もねえ。誰も彼もが女子高校生をエロい目で見ているとか思ってんじゃねえぞ」

「そういうつもりじゃないですけど! 普通に考えてだめです!!」

 何かがだめだ。絶対に。

 息巻いて言えば、眉をしかめた有島に見下ろされる。


「謝れば気が済むのか? 謝られただけでお前のパンツ見た件は終わりか?」

 やっぱり見えていたんだ、と香雅里はがっくりと肩を落とした。


「有島、たとえ事故でも謝らないとだめだよ。人として。いまの理屈はひき逃げみたいなものだ。『轢いた事実は消せないぞ!』って開き直る馬鹿がどこにいるんだよ。はい、謝る」

 責任を感じているらしい凪人が、ぐいっと有島の後頭部に手をかけ、強制的に頭を下げさせた。

 そして、申し訳なさそうに香雅里に視線を送ってから、一緒に頭を下げる。

(最悪。これがあの有島隆弘だなんて)

 香雅里は目を逸らしながら空を見上げた。


 空気にまざる、かすかな潮の匂い。

 真っ白い海鳥が一羽、泳ぐように空を横切って行った




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