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意地悪な義姉は魔法使いにジョブチェンジしました  作者: 秋澤 えで


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20話 シンデレラ、再演

 日もとっぷりと暮れ、舞踏会参加者もちらほらと姿を消していた。時計の針は間もなく12を指そうとしていた。

 普段ならこんな時間まで起きていることもあまりない。当然、今晩王宮を訪れている箱入りの貴族の子女たちもそれは同様だ。澄ましていた令嬢たちの顔にも疲れの色が浮かび、船を漕ぎかけていた子は親に回収されていった。



 「それにしても、どうしてこんな夜遅くまで開催するんですかね? 夕方からせいぜい9時くらいまででいいでしょう」



 あくびを堪えながらぼやく私の脇腹を咎めるように先輩がつつく。



 「そりゃ国中の貴族令嬢たちが集まって順番に殿下と踊るんだ。2,3時間じゃとても足りないさ」

 「……順番に踊る?」

 「はずだったんだがなあ?」



 私たちの視線の先には殿下と踊るシンデレラの姿。彼女は相変わらず笑みを浮かべ、楽し気に踊っていて疲労感などおくびにも出さない。アドニスもそれは同じで、会場に姿を現してからというもの一度たりともその表情を曇らせなかった。なんなら登場時より今の方がツヤツヤしているように見えるのは私の勘違いだろうか。



 「……二人とも体力無尽蔵なんですかね?」

 「平民出身の俺にはわからないが、なんか、こう、お貴族様たちが踊るときってなんか燃費よく体力使ってるんじゃないのか? なあお貴族様」

 「子供のころから貴族令嬢の責務ほぼ免除され魔法棟に出入りしてる私がそんなの知るわけないじゃないですか」



 一応お貴族の端くれであり、一応宮廷魔法使いである私は、改めて考えるととても中途半端だ。どちらも“立派な”という形容詞はつけようがない。貴族と宮廷魔法使いの末席だ。椅子取りゲームでギリギリお尻が椅子の上に乗っかているに過ぎない。要するに何かあればすぐにずり落ち、セーフティーネットなしに真っ逆さまだ。



 「アドニスも街に逃亡とかしたり、エスケープする割になんでもそつなくこなすよな」

 「まあまあ無礼な発言ですね……事実ですが。逃げ出すから体力あるんじゃないですか?」



 だんだん頭が働かなくなってくる。眠いしお腹もすいた。雑用で呼ばれるたびに角砂糖で糖分を摂取しているが、到底足りない。パンとか肉とか食べたい。

 だがそれもまもなく終わる。




 「いい? シンデレラ。あなたにかけた魔法は今日の12時にすべて解けます」



 これから着るドレスが姿見の傍にかけられ、シンデレラの仕上げ磨きに奔走する使用人たちを見ながら、シンデレラは私の贈ったガラスの靴を大切そうに抱えていた。



 「12時に……? どうしてですか?」

 「そういう設定にしたからです」



 不思議そうに小首をかしげるシンデレラに言い聞かせる。

 前回、野良魔法使いはシンデレラに魔法をかけた。私たちが舞踏会に出発した後、シンデレラのもとを訪れ、夜12時に解ける魔法を。


 詳細については今になっては不明だが、心優しくも私たちの見舞いに来たシンデレラは包み隠さずことの次第を伝えてくれた。

 母、ロベリアとの相談の結果、12時に解ける魔法をかけることになったのだ。決して難しくはない魔法。練習すれば24時間程度なら解けることなく継続して効果を発揮させることもできる。だがこれも登場の時と同様に、“時間を待たず突然姿を消す”という演出は有効だろうという結論に至ったのだ。



 「舞踏会の終わりの時間は夜12時。その時間になれば来場者は皆一斉に退場します。そうなればまた有象無象に紛れてしまいますが、12時前に慌てて出ていけば、また強い印象を残すことができます。満足させるより、少し足りないくらいがちょうどいいと言いますし」

 「腹八分目ってことですか?」

 「そうかもしれません」



 自分自身どこかで聞いた程度のふわふわ知識だ。おそらく、その意味でおおむね間違いはないだろう。



 「それとその時に、ガラスの靴を片方落としていってください」

 「そ、そんなもったいない……! こんな素敵な靴なのに!」



 強奪されるのを防ごうとするように靴の入った箱を抱きしめる。そうだろう。とっても素敵な靴なのだ。気持ちはわかる。だが絶望的な表情で私を見上げる彼女を見るとまるで私が悪役か何かにでもなった気分になる。今世は悪役じゃない。私は善い義姉。



 「大丈夫です。落とした靴は殿下が拾ってくれるでしょう。そうしてその靴を手掛かりに殿下はあなたを探します。そうして舞踏会の夜に出会ったあなたを、迎えに来るんですよ」

 「そんなにうまくいくものでしょうか……そんなおとぎ話のような」

 「……うまく行きますよ。そんなおとぎ話のようなこともあるんです」



 不安げな彼女を見下ろし目を細める。


 そんなおとぎ話のようなことが、あるのだ。

 嘘のような都合の良いことが、あり得てしまうのだ。

 だからきっと、不遇なシンデレラは魔法使いに見いだされ、王子に見初められ結婚できた。意地悪な義姉と継母は、鳩に目をついばまれ、そうして死んだ。


 嘘のような本当の話。

 勧善懲悪のおとぎ話のような、くだらない現実。

 この世に魔法があるならば、物語のような現実も、きっとあってしまうのだろう。



 「魔法が、物語を現実にするんです」

 「カトレアお姉さま……?」



 ただの物語なら、どれほどよかったことだろう。



 「大丈夫、何も心配なことはありません。すべてきっと、うまく行きます」



 うまく、行かせるために、私たちはあなたが来てからずっと努力してきたのだから。



 「お義姉さま」

 「なんです、シンデレラ」

 「……殿下に選ばれることが、いいことなんですか?」



 思わず目を瞠った。

 いったい何を言い出すのかとベビーブルーの瞳を見つめ返す。微かな戸惑いと疑念がそこにはあった。



 「……それが、悪いことだと?」

 「い、いえ、違うんです! ただ……」

 「ただ?」

 「……私は、殿下にお会いしたことも、姿を見たことすらもありません。きっと、殿下に選ばれ、結婚できることは、人から羨まれるような、国民にとって、とても名誉なことなのでしょう」



 自分の中にあるものを、少しずつ紡ぐように、たどたどしく考えを口にするシンデレラを黙って促す。



 「でも、きっとそんなことになれば、万が一にも目に留めていただいたなら、また、私のすべては一変してしまうのでしょう?」



 ベビーブルーの瞳は不安と悲しみを湛えていた。

 私は思わず言葉を失った。



 「シンデレラ……」

 「私、今が幸せなんです。母と二人、慎ましく暮らしていました。貧乏でも、平凡でも、幸せに。そうして母が亡くなって、この男爵家に置いていただいています。悲しくて寂しくて……それでもお義姉さまやお義母さまはとても気にかけてくださって……。何もかも変わってしまったけれど、それでも私、皆様のおかげで幸せな日々を送らせてもらってます。でももし結婚して、王宮で暮らすようになったら、私……」



 今にも泣き出しそうな彼女にかける言葉を探す。そうして初めて、私はシンデレラと本当の意味で向き合ったことに気が付いた。


 私は、王太子と結婚できることは幸福であると信じて疑わなかった。

 それはロベリアやパトリシアも同じで、何より王国の大抵の貴族がそう思っていることだろう。

 名誉であり、幸福を約束される。この国において大きな権力を握り、傅かせる側になる。

 それが、幸福であると信じていて、王太子と結婚したシンデレラもまた、そう信じているのだと思っていた。


 けれどどうだろう。

 前回でさえ、シンデレラは本当に王太子との結婚を望んでいたのだろうか。

 男爵家の環境が劣悪だったからこそ、逃げる術として王太子との結婚を利用したのか。

 少なくとも、今のシンデレラには王太子との結婚に、何ら価値を感じていないようだった。



 「…………」



 私たちのしてきた親切が裏目に出た。以前のようにひどい扱いをしていたなら、今が幸せなどという世迷言を口にすることはなかっただろう。

 問題ない。王太子との結婚は幸せなことだ。地位を脇に置いておいたとしても、性格だって柔和で友好的。部下である私たちにも気さくに声をかけるし、差し入れをくれることもある。たとえ他に惚れ込んだ人がいたとしても、婚約者ができたのなら、きっと誠心誠意をもって愛する努力をすることだろう。

 この結婚が幸福でないはずがない。


 だが今この場で軽々しく言えないのは、「では私が王太子と結婚すればいい」と言われたときに、私はそれを幸福であると呼べないからだ。

 世間の幸福と、個人の幸福は違う。

 広く幸福とされることがあったとしても、自分の身に置き換えた時、それが幸福であるとは決して断言できないのだ。


 だが私たちは、その世間一般の幸福をシンデレラにあてはめるために努力をしてきた。

 彼女の意志確認を、一度たりともすることなく。



 「殿下は、とてもいい人です。きっとあなたが王宮へ行ったとしても、それは決して孤独ではありません。彼はあなたの傍にあり、一番の味方であり続けるでしょう」

 「お義姉さま……」

 「でも、」



 口にするか、逡巡する。一瞬の沈黙が耳に痛い。喉が渇いて、目の奥が熱くなった。

私たちが幸福になるために、私たちが生き残るために、シンデレラには幸せになってもらわなければならないのだ。

 だから、私が勝手に言うべきではない。私ひとりではなく、男爵家の総意を私が曲げてはいけない。

 だがそれでも、純粋に私たちを慕い、不明瞭な未来に心を不安に震わす彼女に、薄っぺらな嘘を言えなかった。



 「苦しかったなら、辛かったなら言いなさい。王宮には私もいます。本当にあなたが逃げ出したいと思ったなら、いえ、結婚を望まなかったなら」



 この小さく儚げな、私たちの死神が、その身を孤独と苦痛に苛まれるならば。



 「私のことを呼びなさい。私はあなたの傍にいる、一番の味方になりましょう」







 一匹の白い蝶がシャンデリアの輝きの合間を縫い飛ぶ。アドニスの背後を飛ぶ蝶に気づいたシンデレラは足を止めた。



 「私、私もう行かなくちゃ!」

 「急にどうしたんだい? 僕はまだ君と」

 「いいえ、申し訳ありません殿下! 私はもう、時間なんです」

 「時間だって?」



 時計の針はもう間もなく12を指そうとしていた。

 走り出すシンデレラ。それを追うアドニス。どよめきがさざ波のように広がり、オーケストラさえもかき消した。誰よりも輝き注目を集めていた二人が突如として外へと走り出したのだ。誰も事情が把握できず戸惑う。まもなく舞踏会も終幕だというのにそれを待たずに姿を消す二人に場内のすべての視線が外へと集まる。

 真っ暗中に、ひと際輝く白い馬車があった。

 階段を駆け下りるシンデレラ。



 「待ってくれ! 僕はまだ君に言わなきゃいけないことがあるんだ!」



 けれど彼女は止まらない。

 透き通るようなライトブルーのドレスを翻し、馬車へと駆け込むと寸の間もおかず御者は白馬に鞭をうち、暗闇の中に姿を消した。残されたのは状況を把握できず呆然とする舞踏会参加者と兵士たち、そして片方だけのガラスの靴だけだった。


 完璧だった。

 何もかもが完璧だった。

 アドニスが待ち望んでいた娘は現れず、誰よりも美しく目立ちながら入場したシンデレラに心奪われた。様子からしてシンデレラもまたまんざらでもなかったのだろう。

 魔法が解けてしまう前にシンデレラは王宮から去った。ガラスの靴、片方だけを残して。シンデレラが早めに逃げたおかげで途中で魔法が解けるという大惨事は起きずにすんだ。見守りように飛ばしていた紙の蝶でシンデレラの帰宅を確認し安堵する。今までの努力のすべてが報われた思いだ。


 シンデレラのいなくなった後の会場はまるで喪に服しているかのようだった。

 ダンスパートナーのいなくなったアドニスに、ここぞとばかり諦めきれていなかった令嬢たちがダンスの誘いに立ち向かったがものの見事に玉砕。

 途中でパートナーに逃げられたアドニスはすっかり沈み切っていて、先ほどの快活さや艶やかさなどどこへやら、今では枯れ木のように椅子に座っているだけだった。

 そしてアドニスの膝の上には小さな小さなガラスの靴。

 付け入る隙などないのは誰の目から見ても明らかだった。


 片付けに奔走する私の足取りは軽い。

 すべてがもう終わるのだ。

 



 皿が舞い上がりシンクにダイブする。キッチン・ブラウニーがくすくすと笑い飛び回る。人払いしたキッチンでは鼻歌も歌い放題だ。ふわふわと漂う泡も今日はなんだか輝いて見える。

 各々舞踏会の後片付けに追われているが、いる者総出で片付ければっそう時間もかからない。皿洗いを指示された私も、機嫌のいいキッチン・ブラウニーのおかげで間もなく終えることができる。

 これが終わればシモンが用意してくれるという宮廷料理にありつけるのだ。

 夕方から働きっぱなしで私の空腹はもう限界。休憩中に角砂糖を食べたりしていたが、そのカロリーのほとんどが魔法を使うときのエネルギーとして消費されているに違いない。



 「ふふ、ふふふ! とっても機嫌がいいのねシリー! うれしい楽しい、とっても素敵ね」

 「ええ、本当に。こんなに充実した気分になるのは久しぶり」

 「きれいな明かりにおいしいケーキ! 素敵な音楽においしいココア! パーティは素敵ね!」



 ひとりでに布巾が浮かびあがり濯いだ皿を拭いていく。

 うれしいとはおいしいであると認識しているキッチンブラウニーは羨ましいと涎を垂らす。



 「ありがとう手伝ってくれてありがとう、ブラウニー。お礼はココアでいいかな?」

 「ええ、ええ! 好きよココア! たっぷりココアを練って、それからそれから、温かいミルクを注ぐのよ! 大きなマグにたっぷりね! それから」

 「それから?」

 「ホイップクリームも一緒にね! ふわふわツヤツヤホイップクリーム!」



 キッチン・ブラウニーが笑うと食器棚へと皿たちは飛び込んでいった。



 お礼のココアをキッチン・ブラウニーに渡し、私は舞踏会の会場へと向かっていた。シモンがいるなら片付けの指示として会場にいるだろう。逆に会場にいないならおそらくアドニスの相手をしているから会場で待っていればいい。

 

 結婚やら呪いやらと、解決していない問題もあるけれど目下のイベントは終わった。今は

この達成感に浸りながら豪華な食事を楽しみたかった。



 肌寒さの残る庭に面した外廊下を歩いている最中、ふと足を止めた。

 庭に人影が見えたのだ。廊下の明かりを背にたたずむ男性。ここは舞踏会参加者が迷い込むような表の庭ではないし、騎士でもない。よくよく暗闇に目を凝らせば着ているのは使用人の制服だった。

 他の使用人たちは皆あちこちできりきりと働いているのに、なぜこんなところに一人いるのかと首をかしげる。庭の手入れは庭師の仕事であって使用人の仕事ではない。



 「こんなところでどうかしましたか?」

 「ああ、いえ、ちょっと物を失くしてしまって」

 「失せものですか。であればすぐに見つけられると思います。いつ、どんなものを落とされましたか?」



 失せものとあらば私とランプブラウニーの専売特許だ。時間がかかりそうな困りごとなら後回しにするか先輩に頼むかしようと思ったが、失せものであればすぐに見つけることができる。

 さあさっさと特徴を言え、構えていると使用人は初めてこちらを振り向いた。



 「鳩、鳩です。白い鳩を数羽」

 「……鳩? 奇術でもするつもりだったんですか?」



 鳩と聞いて思わず眉を顰める。

 鳩というだけで大層不愉快だが、それ以上の違和感だ。

 先ほど彼は物を失くした、と言った。だが鳩であれば逃がしてしまった、いなくなったと表現しそうなものだが。


 ふと、影が差す。

 背の高い使用人は距離があったはずなのに今や私の目の前にいた。大きな影が、私を覆う。思わず身を引こうとしたところでまた口を開く。



 「鳩がいなくなってしまいます。平和の象徴が、幸福の使者が」

 「な、にを、」



 ちぐはぐな言葉が目の前に降ってくる。尋常でない様子に、逃げなければ、と思った時には腕を掴まれていた。



 「は、離してっ」

 「あなたの目を抉るはずの鳩が」



 ぞっと背筋が冷たくなり、呼吸の仕方を忘れた。無表情の背の高い使用人。一瞬、その目が廊下の明かりを反射させた。

 使用人の中にいるはずのない、紫色の目。

 妖精に愛された、魔法使いの目。



 「野良魔法使いっ……!」



 使用人に扮した銀髪紫眼の野良魔法使いは嗤う。



 「どちらの結末が正しいか、勝負しようじゃないか。意地悪な義姉、カトレア」



 口角を三日月のようにゆがめたその表情を最後に、私の意識はぷつりと途切れた。


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