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意地悪な義姉は魔法使いにジョブチェンジしました  作者: 秋澤 えで


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17話 シンデレラ、再演

 午前に半休をもらい、シンデレラとパトリシアの準備を終えたが、王宮は王宮でてんてこ舞いだ。それこそ、くそ雑魚魔法使いが大活躍してしまうほどに。

 優秀なエリート魔法使いたちは各自使い魔や妖精を使って王宮内の警備や見張り、一般の警備にあたる騎士たちの強化や加護を与えるのみ忙しくしている。そして残念ながらそういった高度な魔法は私には使えない。そこまで妖精たちは私の言うこと聞いてくれない。私の言うことを聞いてくれる妖精はどれも家事を手伝う、家を守る程度の妖精たち。王宮の警備にあたるとか、他人に加護を与えるだとかはできない。できて家の警備、子供だましのキラキラエフェクトくらいだ。

 そんな私が引っ張りだこなのは、忙しいのは王宮にかかわるすべての人、だからだろう。



 「デルフィニウムさま! 2階のランプのうちの一つが消えてしまいました! 手伝ってください!」

 「デルフィニウムさま! 絨毯にほつれが見つかって、裁縫のできる者もおらず……!」

 「デルフィニウムさま! 前菜にお出しする生ハムの原木が見つかりません!」

 「それ普通失くすぅ!?」



 普段から些細なことで手伝いに駆り出されているため、ここぞとばかりに皆猫の手を借りに来ている。なんというか、みんな忙しいけどこいつに言えば断らないだろう、という感じがすごい。便利屋としての信頼関係が築けていると言えば聞こえはいいが、こういうときは勘弁してほしい。ここまで雑な依頼を受ける宮廷魔法使いは私だけなのだ。シンプルに手が足りない。そして生ハムの原木失くすなよ。

 そして妖精たちもいつもと異なる空気を察してか気前がいい。普段ならお願いをしてもごねることがあるが、今日はみんなして機嫌よくお願いを聞いてくれる。



 「いいわいいわ、喜んで! だって今日はお祭りでしょう? どこもかしこもきらきらピカピカ」

 「かわいいかわいい魔法使い、あっちでくるくるこっちでくるくる! 小さな操り人形みたい!」



 元来の祭り好きと、困っている私を見るのが好きな彼らはやんややんやと茶化しながらも、単発のお願いなら惜しみなく手を貸してくれる。中長期的なお願いは、飽きっぽい彼らは途中で投げ出してしまうだろうからこちらも頼まない。


 午後5時の鐘の音が聞こえてハッとする。開門の時間だ。国内の貴族令嬢やその付き添いが挙って馬車を乗り付ける。舞踏会開始時刻の午後6時までにひっきりなしに馬車が出入りし、王宮内は一層騒がしくなる。

 いまだ雑用を私に申し伝えようとする使用人たちをまき、所定の位置へと走る。舞踏会の最中はホールで文字通り壁の花になる予定なのだ。要するに、宮廷魔法使いがこんなにいますよーという宮廷の権威という名の花。ポンコツ下っ端と言えば宮廷魔法使いのローブを羽織れば立派なエリートを装える。ローブさまさまだ。



 「デルフィニウム、ただいま戻りました!」

 「遅いっ」

 「お疲れ様」

 「砂糖がローブについてんぞ」



 すでに揃っていた先輩たちに小突き回されながら列の一番端につく。ローブをきれいにし、髪を手櫛で整えてからきりっとした顔を作れば、立派な宮廷魔法使いの完成だ。少なくとも初見の貴族たちからは若き宮廷魔法使い、エリート組に勘違いしてもらえることであろう。少なくとも、今日の仕事の一つは見世物なのだ。せいぜい真面目くさった顔をし、背筋を伸ばして立っておく。


 ホール内にはすでにちらほらと貴族たちの姿がある。開門と同時に来るとは、さぞ気合が入っていることだろう。緊張した面持ちの令嬢とすました顔をしつつホール内を舐めるように視線を走らせる父親。ほかに有力貴族がいないか、今のうちにあいさつでもできるような相手がいないか探しているのだろう。我々宮廷魔法使いの方へ視線が来てもみんなして知らん顔。立っているだけだがこれも仕事中。勝手なことはしない。ちらちらと視線を送っていたがそれもまもなくなくなる。おそらく、筆頭であるシモンがいないからだろう。


 筆頭宮廷魔法使いであるシモンは舞踏会の開始とともに姿を現す予定だ。出席する陛下や殿下たちを誘うように会場に現れる。そのあとは私たちと仕事は同じだが、魔法使いという権威と王家との親さを演出するためだろう。そういった思惑があるとあれば鼻白みそうだが、それでもその演出に付き合うのは事実として、シモンが王家、ひいては殿下のことを気に入っているからだろう。

 続々と集まってくる中に、パトリシアの姿を見つけた。淡い紫色のドレスは彼女にとてもよく似合っている。前回はもっと高慢で、王子に選ばれようとがっついていたが、今日の彼女は佇まいに余裕がある。正しく気位高くあるのだろう。誰にも媚びず、凛としている。以前の彼女なら婚活だのなんだのと言って、貴族たちに顔を売りに行ったりしていくはずだが、今はその素振りもない。ただ呼ばれたから舞踏会に来ただけ。王子との婚約を望んでもなく、ほかの貴族に媚びを売るつもりもない、というように見えた。

 パトリシアの変化は例の野良魔法使いの一件からだ。この変化は、決して悪いだけのものではない。貴族令嬢としての落ち着きのある立ち振る舞いはむしろ好ましいと言える。だがその一方であまりの変わりように家族の誰もが戸惑っている。

 この舞踏会で、以前のように婚活に励んでいたのなら安心もできるが、その様子もない。



 「…………」



 つまらなそうにグローブに覆われた指先を見ていた。

 そんな姉の姿もまもなく人波に消えていく。

 いるなら、良いのだ。少なくとも今日優先すべきは申し訳ないがシンデレラ。それこそパトリシアが来ていないとなると心配にもなるが、いるのであれば。


 会場の大きな時計が午後6時を指した。時間を告げる鐘がなる。そしてその響きが立ち消えるころ、華々しいファンファーレが鳴り響く。

 来場者たちは一様に口を噤み壇上に注目する。誰もが固唾を飲んでその時を待った。

 正装した騎士たちとともに、宮廷魔法使い筆頭、シモンが現れ王族を先導する。シモンは恭しく一礼すると壇上を去り、端にいた私の隣についた。

 その場の誰もが一斉に頭垂れる。


 国王、王妃、王太子が揃うとファンファーレがやむ。たっぷりと沈黙を置いてから国王が口を開いた。



 「……面を上げよ。楽にすると良い。今日は皆よく集まってくれた。多忙の中時間を捻出してくれた者もいるだろう。遠方より今日のために上った者もいるだろう。各々事情がある中こうして会に参加してくれたことをここに感謝しよう」



 厳かかつ静かな声に皆緊張したまま顔を上げる。宮廷魔法使いであり、毎日同じ建物内にいるのだが、さすがに国王と関わる機会はほとんどない。直接会話することも数えられるほどだ。それはここにいる貴族も同じだ。宮廷勤めの官僚や有力貴族、常に都にいる貴族であれば同じ会議に出席することもあるが、低位貴族であれば直接言葉を交わしたこともないだろう。ただの貴族令嬢であればなおのことだ。うら若き乙女たちは恐縮しきりで戸惑ったようにただただうかがうような目で次の言葉を待っていた。



 「長くはない時間ではあるが、この舞踏会を楽しんでいってほしい」



 そう締めくくり椅子に座ると会場内の張りつめていた空気が弛緩するのを感じた。そして国王に続き王太子、アドニスが代わって挨拶をする。

 相変わらずにこにことして当たり障りない王子様だ。厳格な国王の後だと彼の柔和さが際立つ。令嬢たちは変わらず澄ました顔をしていたが、明らかに色めき立っていた。国王同様、王太子もそこまでかかわりを持つことはない。少なくとも、令嬢たちからすれば雲の上の存在、それこそおとぎ話の中の人なのだ。おそらく今日初めて顔を見る者もいるだろう。見目麗しく物腰柔らかなアドニスに令嬢たちは目を逸らせない。

 アドニスは挨拶をしながら会場内に視線を配る。それは壇上に立つ者がスピーチをするのに必要な技術であるが、それだけではないだろう。


 アドニスは、かつて出会った少女、ただ一人を今壇上から探している。


 見つかったのか、見つからなかったのか、そんな落胆も喜びもおくびにも出さず無難に挨拶を終えた。挨拶が終わるとともにオーケストラボックスより煌びやかなワルツが流れ出す。


 最初に王太子が手を取ったのは公爵令嬢だった。便宜上、最初の相手は決まっていて、あとは自由に、という形らしい。令嬢たちは指をくわえて1曲が終わるのを待っているだけだ。曲が終わった途端、アドニスは肉食獣の群れに放り込まれた鹿になりそうだが、もう少し形式を考えられなかったのだろうか。

 けれど曲が始まれば後は自由だ。並んでいた宮廷魔法使いたちはそれぞれ動き出し各持ち場に着く。貴族たちも各々交流をはじめ、国王の前にはすでに挨拶に群がる貴族たちの姿があった。

 ざわついているのをいいことに、壁際へ下がり窓を背にした。ローブの中から小箱を開け、紙でできた虫たちを放つ。



 「屋敷まで。シンデレラをここまで連れてきて」



 小声で指示を出すと数匹の虫がローブの端から這い出し外へと飛び立っていった。



 「何してるんだ?」



 私の挙動不審な行動の一部始終を見ていたシモンが虫たちの出て行った窓を見ながら言う。



 「うちの妹を迎えに行かせました」

 「なんだ、まだ来てないのか」

 「ええ、あえて遅れて来させるんです。馬車や馬は私が他のものを変身させて、御者は紙人形で。今のは紙人形への合図と、ここまで無事に来られるかの監視です」

 「……お前の魔法で大丈夫か?」



 心配そうな顔は私をからかったり皮肉っているものではなく心の底からそう思っているようであった。甚だ遺憾だが、ポンコツな弟子としてはただただ不甲斐ないばかりだ。



 「大丈夫です! 紙人形や紙の虫を動かすのは得意ですし、変身魔法も練習したので一晩くらいならもちます。そして万が一、万が一変身がどこかで解けるとかいうトラブルがおきたら紙人形で対応が可能です!」



 ポンコツは、ポンコツであることをよく知っている。

 だから前回の魔法使いのように、急に現れて颯爽と魔法をかけてやることはできない。何か月も前から下準備をして、シミュレーションして、そうしてようやく本番を迎えたのだ。それでもなお、失敗があった時の準備をして。

 私は私が優秀でないことを誰もよりも知っているつもりだ。できる範囲とできない範囲は心得ている。



 「最悪の事態は回避できるようにしてあるので、ご心配なく」

 「それならいいが……どうしようもないことが起きたら言え。何とかする」

 「お師匠……!」



 何ともならないようにしているつもりだが、どれだけ準備をしたとしても不測の事態は起こりうる。いざというときは積極に頼っていきたい。



 「それにしても、茶番だな」

 「……あんまり大きい声で言っちゃだめですよ」



 茶番、そんなのは知っている。白けた顔をするシモンのローブを咎めるよう引っ張った。



 「アドニスの婚約者選びの舞踏会なのに、陛下もアドニスもそれを口にしない」

 「そりゃそうですよ。周知の事実だとしても「婚約者を選びたいから来て」とか口が裂けても言えないでしょ。それも王家が」



 品位があるかと言われれば言葉に詰まらざるを得ないだろう。要するに選ぶ側が相手に足を運ばせるのだ。国王が言ったとおり、各々事情がある。それも春ということで会計の締めの時期でもあり役員等の交代の時期でもあり皆多忙だ。その中で呼びつける。しかも選ぶのはただ一人だけ。たとえ国王へのあいさつの機会、側妃の可能性などの打算を込みにしたとしても、割が合うかどうかは疑問が残る。



 「茶番でも、みんなわかってきてるんです。殿下は茶番であることを重々承知していますし、陛下も殿下のわがままを聞いた苦渋の選択でしょう。来場している貴族たちだって、徒労になる可能性を考えたうえで、それでも来ています。王太子妃になれるかもしれないという一つの夢を見て」



 品位はない。けれど全員にチャンスを与えたと言えば聞こえはいい。きっと公爵令嬢や伯爵令嬢は王太子妃となるための勉強も、可能性の一つとしては行っているだろう。けれどあくまで自主的にしていたこと。尊重する必要はない。幸い王太子妃となったとしても、王太子がすぐに代替わりするわけではない。王妃になるまでには時間があるため、勉強は婚約が決定してからでも決して遅くはないだろう。



 「貴族って言うのは面倒くさいな」

 「ええ。ですがお師匠もそうですよ。1代と言えど爵位持ち。それも宮廷魔法使い筆頭の若きエリートさま!」

 「まあそれでも俺は関係ないだろ。人脈作りも特にしてないし」

 「言っておきますけど、お師匠も全然狙われてますからね?」

 「はあ?」



 心底意味が分からないと、半ば小馬鹿にするように笑うが、本当に笑い事ではない。

 ここにいる令嬢たち、全員が全員王太子妃になりたくて来ているわけではないのだ。ここに来るだろう有力貴族子息だって、その対象となりうる。そして宮廷魔法使い筆頭として壇上から現れたシモンとて婚約者候補なのだ。



 「お師匠だってダンスを申し込まれるかもしれないし、うちの娘の婚約者に、とか声かけられるかもしれません」

 「そうかぁ?」

 「そうですよ! お師匠はなんて言ったって宮廷魔法使い筆頭。王家からの信頼も厚く、王太子からの覚えも目出度い。爵位持ちで宮廷勤め、若くて見た目も良いとくれば引く手数多でしょうよ」

 「……おお、今俺ものすごく見られてるな」

 「千里眼の無駄遣い」



 才能を惜しみなく無駄遣いし感嘆の声を上げるシモン。今私が見ただけでも数人がシモンに視線を送っている。千里眼でこの会場内全てを見渡したならどれだけの視線が彼に集まっていることだろうか。



 「で、さっきの評価はお前からのものでいいんだよな」

 「はい?」

 「優良物件で顔も良いって話」



 意地悪く口の端で笑って見せるシモンにハッとする。

 事実を並べたてただけのつもりだったが、まるで私が個人的にシモンのことを買っているように聞こえてしまう。



 「ち、違いますよ! 客観的事実です!」

 「ふうん? 客観的事実でもお前もそう思ってるんだろ?」

 「そ……、ち、いや……!」



 そうだけど、違うし、いやでも、言葉にならない言葉の断片がみっともなく唇から零れる。自分でも顔に熱が集まっているのを感じた。



 「そ、そうですけど!? だから気を付けてくださいって話です!」

 「そうか。かわいい婚約者がそう言うなら気を付けることとしよう」

 「こっ……! いえ、そ、決まったわけではっ」



 一つ必死の思いで爆弾を処理しても気軽に二つ目を投げつけてくるシモンに対応しきれない。

 婚約、したわけではなかったはずだ。いや、結婚するとは言われたがそれはあくまでも私が死ぬかもしれないという可能性への対抗策であり、万事問題なく大団円を迎えたなら結婚する意味はない。



 「呪い云々を抜きにしても、俺と結婚するのが嫌ってわけじゃないだろ?」

 「そっれはっ」



 紫色の目が楽しそうに私を見下ろす。気が付けば至近距離にシモンの顔があった。余計思考がまとまらない。



 「ま、まだうちで話してないので! お母さまにも話してませんし! いや、婚約って言ったら家の話にもなりますし!? まあそういう感じで」

 「今日の舞踏会、確かお前の姉と妹が来るんだよな。付き添いでデルフィニウム男爵夫人は来てないのか?」

 「ちょ、ま……! いや来てるんですけど、いや……探すな仕事中!!」


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[一言] いよいよ物語も佳境を迎えますね。 はたしてシンデレラ・カトレア・パトリシアの運命や如何に……。 更新を楽しみにしています。
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