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意地悪な義姉は魔法使いにジョブチェンジしました  作者: 秋澤 えで


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14話 舞踏会、前日

 とうとう、私たちの運命を決める日、舞踏会が明日に迫ってきた。

 街の中はどこも華やかで忙しない。かくいうデルフィニウム家も例外でない。いや、むしろこの国の中で一番真剣に舞踏会に挑もうとしていると言っても過言ではない。

 もう前回のようにシンデレラを屋敷に置いて舞踏会に参戦しようとはしていない。今はシンデレラをいかにして王子に売り込み、確実にデルフィニウム家から円満に出て行っていただくかに心血を注いでいる。

 前回はシンデレラに危害を加えていたからこそ、私たちは皆目を潰され、最終的には死に至った。けれど今回は違う、母も私もシンデレラには親切にしているし、姉、パトリシアもすっかり心を入れ替えてシンデレラを虐げることはなくなった。

 このまま例の日を迎えられれば、次こそ、私たちは生きていられるだろう。私が死ぬという呪いも解かれ、きっと順風満帆な生活を送れるはずだ。



「さてそれでは明日の舞踏会の準備をしようと思います!」

「舞踏会! 舞踏会! 素敵なパーティ!」

「素敵ね! 素敵! おいしいものもきっといっぱい!」



 私がそう言うと部屋の中には妖精たちがわっと姿を現す。普段からデルフィニウム家に住んでいるブラウニーたちだ。魔法使い以外には見えなくとも、彼らは勝手に家事を手伝っている。多種多様なブラウニーは口々に好き勝手喋り出す。共鳴するように本棚や窓がガタガタと音を鳴らすため、パン、と手を叩き彼らを黙らせる。あまり騒がれると埃が舞うのだ。



「はいはい、みんな、静かにして。これからお願いと報酬を、」

「でもでもあれれ? 不思議よね? 王子様の婚約者を探すんじゃなくて?」

「そうそうカトレア、可愛いカトレア。あなたにはとっても素敵な魔法使いがいるじゃない」

「そうそう可愛い魔法使い! 強くて可愛い魔法使い! アナタの旦那さまはもういるわ」

「ちっちが……!」



 きゃあきゃあと騒ぎ出す妖精たちはもう収拾がつかない。さっき呼んだ時には姿を現さなかった妖精まで姿を現し一斉に好き勝手喋り出す。

 彼らの好きなものは一番に甘いもの、二番に家、三番に噂話なのだ。そしてその噂の中心が家主と愛してやまないかの魔法使いとあらば、彼らの歌うようなマシンガントークは歯止めがかけられない。


 普段家から出ていかないはずのブラウニーが、例の話を知っているのは、私が普段連れているランプ・ブラウニーが喋ったからだろう。私に祝福を授けたランプ・ブラウニーは、姿を見せずとも必ず私の傍にいる。つまりは、私に起こること、私が話すこと、すべて彼女に筒抜けで、お喋りブラウニーである以上、近くにいる妖精たち全員に筒抜けということだ。

 ほぼ反射的に違う、と言いそうになったが、よくよく考えてみれば、私はちゃんと断っただろうか。思い返せばなぜどうしてと理由を問うていたばかりで、いやだとは一言も言わなかった気がする。もちろん、打算込みで嫌なわけではない。欠点がないわけではないが、そのうえで余りある美点がある。


 カーニバルもかくも、といった様相で騒ぐ彼らを放置しつつ、とにもかくにも思考をまとめる。

 私のことはいい、とりあえず。目下のタスクは明日に迫った舞踏会の準備なのだから。



 「今日の! お願いは! 妹のシンデレラの舞踏会のことです!」

 「アナタは? アナタの結婚式の準備は?」

 「また今度ね! 今はシンデレラ!」

 「また今度、楽しみね! 楽しみ! アナタの幸せを願うわ!」



 再び熱狂するブラウニーたちに言葉選びを間違えたと頭を抱えたくなる。けれど頭を抱えている場合じゃないのだ。とにかく明日の主役はシンデレラ。私のことは舞踏会が終わった後に考えればいいのだ。



 「シンデレラシンデレラシンデレラ! 明日の主役はシンデレラ! 明日の舞踏会で、誰よりもあの子美しく、輝かせるの! 手伝ってくれる?」

 「ええ、ええ、もちろん! 働き者のあの子はきっと幸せ!」

 「あの子をあの子、綺麗にする? 城に届ける?」



 シンデレラにはブラウニーたちは見えていない。けれどブラウニーたちは家に住む人間のことをよく見ているのだ。働き者のシンデレラや家長の母は彼らに気に入られているが、家事に興味のないパトリシアには関心がない。ただクローゼットに住むクロス・ブラウニーには大層気に入られている。彼らにも相性というものがあるのだ。



 「あの子を綺麗にして、城に届ける。そして城から家まで送るの」

 「素敵、素敵ね! 今から、今すぐ!」

 「明日ね! 今日は準備」



 きゃあきゃあと騒ぐ彼らと話をしていると自分がまるで学校の先生にでもなった気分になる。子供たちよりはるかに有能かつ、たちが悪いのだけど。



 「一式を作る材料を用意したいの、私は今から街へ行ってカボチャとガラスの靴を買ってくるわ。あなたたちは鼠を2匹捕まえてて」

 「うふふふ、馬鹿ね、馬鹿ね、可愛いカトレア! 鼠でおしゃれはできないわぁ!」

 「素のまま使う訳ないでしょ。鼠を馬にするの。御者は私の作った人型を使うわ」

 「それだけ? それだけ? もっと楽しいことしないの?」

 「薬、薬を使おう! 王子様の目はきっと釘付け!」

 「コリガン! コリガンを呼ぶわ! きっと手を貸してくれるはず!」

 「ずるはしないの、ずるは。シンデレラはそのままで、きっと王子の心をつかむから」



 そうなるはずなのだ。

 アドニスは想い人がいると私に話したが、それはきっと前回も同じこと。そのうえで、彼女を諦めシンデレラを選んだのだ。

 シンデレラ自身に魔法をかけずとも、妖精の粉薬を振ろうとも、結果はなにも変わらない。



 「でも、そうだね。……手の空いてる子は、シンデレラを見ていてくれる?」

 「見る? 見るだけ?」

 「明日の主役はあの子。あの子が怪我をしないように、見ていて。それから、不審な人に会わないように」

 「守る、守ればいいのね、可愛いあの子! 人間からも妖精からも、魔法使いからも!」



 追加の注文にも、機嫌のいい彼らは誰一人断らなかった。

 本当は頼むつもりはなかったが保険だ。あの子はきっと、無事に舞踏会へ行けるだろう。だが野良魔法使いの存在が、一点の疑念を抱かせる。万が一、今日のどこかでシンデレラに野良魔法使いが接触したら、万が一攫われでもしたら、私たちの計画は水の泡だ。

 もし本当に野良魔法使いがシンデレラに何かをしようとしたら、ブラウニー程度では太刀打ちできない。彼らは下級妖精、家事手伝いをする程度の妖精なのだ。できる範囲は限られる。だからせめて、彼女を見ていてくれるように。



 「……ええ、あの子を守って。どうかシンデレラが無事でいられるように」







 「カトレア、どこへ?」

 「ええ、お母さま。街へ買い出しに。それからシンデレラの明日履くガラスの靴の受け取りに」

 「ガラスの靴、ね」



 屋敷を出ようとしたところを母に呼び止められる。どこか歯切れの悪い彼女に首を傾げる。いつも歯に衣着せず単刀直入に話す彼女なだけに珍しい。



 「ガラスの靴って言うのは、あの子がもらったものではなく」

 「ええ、もちろん。私が以前から職人に頼んでいたものです。シンデレラが魔法使いから受け取ったガラスの靴については、念のため私の上司に預けてあります」



 そう言えば、前回シンデレラはガラス靴の片方だけを王宮に残し、片方だけを持って帰ってきた。そしてその持って帰ってきた片方を、母が叩き割ったのだ。ガラスの靴には何か思うところがあるのかもしれない。



 「お母さま、大丈夫です。きっとすべてうまくいきます。野良魔法使いはこれ以上介入させません」

 「……そうね。魔法のことなんて私にはわからないわ。頼むわね、カトレア。……それから、シンデレラのことではなく、パトリシアについて」

 「お姉さまですか?」

 「例の贈り物をした者が野良魔法使いだとわかってから、あの子一人で出かけるようになったのよ」

 「あのお姉さまがおひとりで!?」



 深刻そうな声に思わず声が高くなる。そう言えば今日もパトリシアの姿を見ていない。

 パトリシアは基本的に一人では出かけない。出かけるときは必ず使用人の誰かを連れていくのだ。シンデレラは元平民、私は一応魔法使いということで一人での外出も珍しくはないが、箱入り娘のパトリシアは一人で外出するという概念がなかったはずだ。



 「それもどこへ行ってるかもわからなくて。正直お前もシンデレラも一人で外出するからあの子にだけ行き先や目的を詳しく聞くのもどうかと思ってね。……あの子、相手が野良魔法使いだってわかって随分ショックを受けてたでしょう。そんなあの子が次に何をしようとしているのか、見当もつかないわ」

 「確かに……」



 例の懐中時計を貰ったパトリシアは見るからに浮足だっていた。にも拘わらず、それがシンデレラに近づくための布石だったと知ったパトリシアの衝撃は想像に難くない。

 だが怒るパトリシアが次に何をしているのか、というと想像がつかなかった。



 「お姉さまだから、どこかのお店でドレスを爆買い、とか……? いえ、それなら絶対荷物持ちに誰かを連れていきますね。お姉さまが一人で行きそうなところ……」

 「ええ、思いつかないでしょう? 一人で散歩をするタイプでも、図書館に行くタイプでもない。なのに馬車も使わず、連れもなく、日中どこかでずっと過ごすなんて……」



 傷心で部屋に引きこもるならまだいい。けれどどこで何をしているか全くわからないというのは不安なのも当然だろう。




 「少なくとも徒歩で行ける範囲、ですがあまりあてにもなりませんね。郊外のここからなら森はすぐですし、あまり探しようがありません。それに知人が馬車に乗せていたら、どこへでも行けますし……」

 「…………」

 「…………どこの誰かも含め、お母さまは心配なのですね」



 母は深く深くため息をついた。そのため息一つでどっと老け込んだようにすら見える。まあその心配もわからないでもない。



 「失恋を癒すのは新しい恋、などと昔から言うけれど、どこのだれかわからないのは不安だわ。それも恋人ができたらすぐに自慢をしそうなあの子よ? そんな子が一言も言わないなんて、言わないんじゃなくて言えない相手だったりするんじゃ……」

 「そんなまさか。お姉さまに限ってそんなことはないでしょう」



 思わず顔の前でぶんぶんと手を振ってしまう。

 姉、パトリシアは選民思想の塊だ。自分は貴族であり、選ばれた者と信じて疑わない。平民とは交わらず、貴族たるもの気位高くあらねばならぬと、気持ちだけはお姫様のお姉さまだ。そんな彼女がどこの出自ともわからぬ者を相手にするはずがない。

 けれど同時に母の言う通り、恋人ができたとあらばすぐに屋敷内で喧伝するに違いないだろう。実際野良魔法使いから時計をもらったことは私にも母にもその日のうちに伝えていた。


 彼女にとって恋人とはいわば自らを飾り立てるアクセサリーなのだ。いや恋人に限ったことではない。彼女にとって人間関係そのものが自らの価値を裏付けるものなのだ。だから自分の価値を下げるだろう平民が人間関係に入り込むことをよしとせず、シンデレラにも厳しく当たった。

 そんな彼女が口にしない、ということはアクセサリーに値しない人物だということだろうか。



 「……カトレア、お前の魔法であの子の様子を知ることは、」

 「できます。ですが……もう少し様子を見てみましょう。家族であろうと隠していることを勝手に暴かれるのは気分の良いものではありません」

 「でも、」

 「もう少し、お姉さまを信じてみましょう。あのお姉さまですよ? デルフィニウム家の名に恥じることはきっとしていませんよ」

 「カトレア……、」



 それは私のまごうことなき本心だった。

 パトリシアは良くも悪くも純粋だ。自分の行うことには絶対的な自信を持ち、自分の見たもの聞いたものこそが正しいと考えている。けれど、つい先日それは無残にも折られた。シンデレラという存在以外に挫折を知らない彼女は、勝気な言動に反比例するように打たれ弱い。あれほどふさぎ込んでいた彼女が、次に見つけた何かを、再び私たちの手で刈り取ってしまうのは、あまりに忍びなかった。



 「それにお姉さまもいつまでも隠しおおせるとは思っていないでしょう。ならばそれまで待っていても、遅くはないはずです」

 「……そうね、お前の言う通りだわ。ちょっとあの子に過保護になっていたかもしれない。あの子ももう子供でもないのだから」



 その顔はあまり晴れなかったが、自分自身を納得させるように母はつぶやいた。

 明日は舞踏会。以前までの彼女ならきっと王太子のことはおいておいてほかの有力貴族子息に目を光らせていることだろう。それならそれで安心できる。けれどあまりに舞踏会への態度が違ったならさすがに直接聞いてみるときかもしれない。さすがに舞踏会を欠席することはないだろう。


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