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地球編「トラックに息子を奪われた母ですが、『小説家になろう』と思います」その5(後編)

 もとトラック運転手の片山と、もと出版社勤めの後藤。

 二人の話は、まだ続く――。


「この小説、『珍しいくらい駄目な部分』があると言ってるんだ」


 しょぼんとした顔をする片山に、後藤は『感想』の続きを告げた。

 この後藤は、決して人当たりのよい先輩ではなく、また性格も悪めの男であったが、それでも会社内ということもあって、多少は手加減して話をしていた。


「コイツはなァ……なんというか、キャラクターがひどすぎる。なんだ、この主人公? どうして、引き篭もりでニートの成人男性なんだ? 平凡な高校生の男子にした方がいい。『やれやれ』とか言ってる厭世的なガキ。ライトノベルの主人公というのは大抵がそういう高校生だからな。――少なくともヒキニートの大人なんて、物語の主人公にふさわしい人物像じゃないだろ。だれが、こんな駄目人間を好きになってくれると思う?」

「いや、それは……」


 ひどい言いようではあったが、これでも彼なりの手加減の結果だ。

 その気になれば、もっときつい(・・・)言葉を使うことくらいわけはない。


「しかも、そのヒキニートが現代日本の知識で無双って……なんだこりゃ? そのへんのニートの持ってる程度の知識で、こんないろいろできないだろ? タイムスリップものなんかでこういう展開あるけど、そういうんだって主人公は自衛隊だの医者だのじゃないか」

「ええ、まあ……」

「中世ヨーロッパ風の世界だから文明が劣ってるってことなのか? さすがに甘く見すぎだろ。昔の人たちだってバカ揃いだったわけじゃないんだし。あんまファンタジー世界ナメんなよ? いや、世の中全部ナメてんだろうけど。――あとな、主人公がモテモテなのもどうなんだ? 読者ってこういうの好きだけど、この主人公じゃさすがに説得力ゼロだぞ。ああ、それから文章もヘタだ。言うまでもなく最悪だ」


 きっと、これを書いたのは、主人公と同じく引き篭もりで無職のニートであったのだろう。世の中というのを舐めきっている。

 ――後藤は、そう感じていた。


(さては文明の劣った世界なら、自分でも上手くやっていけると思ってるんだな? その発想が極めてキモい。鳥肌立つほど気持ち悪いぞ)


 これを書いたのは、片山の『知り合い』だと言っていたが――。


(……こいつは、この小説がある程度面白いと思ったから、わざわざ他人に見せたってことだよな?)


 さほど仲良くもない先輩社員に、(けな)されるためだけに見せたりはしまい。


『褒められる』と期待していたからこそ、後藤の目に晒したということであろう。

 いずれにせよ、うんとエネルギーを要する行為だ。気軽にできることではない。つまりは――、


「なあ、片山くんさァ」

「はい……」



「コレ書いたの、女の人だろ?」



 後輩の背筋が一瞬、びくっ、となるのを見逃さなかった。


「ええ、女性です……」

「ふうん?」


 だと思った。きっと、『引き篭もりでニートの女』なのだろう。


(いや――もしかすると、もとカレシだか現カレシかなんかが『引き篭もりでニートの男』なのかもしれないな)


 そう想像すると、さすがに気の毒になってくる。

 彼は底意地の悪い男であるが、同情や憐憫といった感情を一切持たないほど冷酷な人間というわけでもなかった。


 いずれにせよ、続く言葉は一種類だけだ。


「キミさ、これ書いた人のこと好きなんでしょ?」


 だから、こんな手間をかけているのだろう。――そのくらい、後藤にも察しが着いた。おそらく、だれでもわかることだ。


 だが、片山は必死に否定した。


「い……いえ、違います! 全然、そういうんじゃありません!」

「そうなの? 隠さなくっていいんだぞ。普通、好きでもないのに、そこまでしてやらねぇだろ?」

「いえ、本当にそうじゃないんです。ただ、その人は――」

「なんだ? なにか負い目でも? カネでも借りてんのか?」

「いえ……」


 片山青年はしばらく無言になっていたが、これは自分の想いを言語化できずにいたためであろう。数秒後、彼はやっと続きを口にした。



「その人は――本当に、可哀想な人なんです……。だから、なにかしてあげたくて……」


「ふうん……?」



 気がつけば、休憩時間は終わっていた。

 二人は揃って、仕事へと戻った。




(後藤さん、滅茶苦茶なことを言うんだな……)


 その夜、アパートへの帰り道。片山青年は微妙な顔をしながら歩いていた。


(まさか、嶋田さんのことを好きなんて――)


 さすがに、それはあり得ない。

 彼女と自分は、被害者と加害者だ。罪を償う以上の関係性は存在しない。


 後藤には『負い目や借金などない』と言ったが、実際にはとんでもない負い目があり、そして金銭面でも(ある意味)借りがある。

 ――片山青年は小説の作者(フミエ)を『可哀想な人』と呼んだが、彼女を可哀想にしたのもなにを隠そう片山自身だ。


(だから、絶対そんなことなんて……)


 それと、もうひとつ気になっていることがある。


 小説のことだ。

『もと』とはいえプロの編集者であった後藤(片山はそれが騙りであることを知らない)は、フミノの小説を『有り体に言ってクソ』とまで評していたが……、



(……そこまで、ひどい出来なんだろうか、これ?)



 まだ、彼は納得できていなかった。


 フミエの小説は、本当は面白いのではないか?

 いや、技術的には後藤の言う通りひどいものであったのかもしれない。しかし、本当に『クソ』『つまらない』と切り捨てていいものであったのか?


(あの人は、主人公も駄目って言ってたが――)


 たしかに褒められた人間性の主人公ではなかったが、それでも、たどたどしく書かれた文章の中で、生き生きと動き回っているように片山には思えていた。


 ちゃんと『生命(いのち)を持ったキャラクター』であると。


 それに、物語に妙な迫力がある。普通の小説にはない情熱や愛を――まるで執念のようなものを感じていた。

 いや、作品ができるまでの経緯を考えれば『まるで』ではない。そこに篭められているのは、紛れもなく母親の執念であったろう。


(後藤さんがくさして(・・・・)た『恋○』だって、大人気じゃないか……。あれも、よく悪口言われてるのは知ってるけど)


 もしかすると、ネットやケータイで読む小説には、紙の本とは異なるポイントがあるのかもしれない。

 紙の編集者であった後藤の目には見えない、隠れた重要なポイントが……。



 本来、片山ヨシタカは文学青年だ。

 中学時代、国語の成績は模試で全国一位であったし、読書感想文コンクールで賞をもらったこともある。今でも休みの日には図書館で文学全集を借りて読む。自分で創作をしたことこそなかったが、ものの良し悪しくらいはわかるつもりだ。


 その彼のセンスが、サイレンを鳴らしていた。『――このA4用紙の束を無視してはいけない』と。


 もちろん、それは殺人者(じぶん)のみに聞こえる幻聴であったのかもしれなかったが……。











 その夜――。午後の九時三四分。


「ああ、どうしましょう……。私ったら、とんでもない間違いを!」


 嶋田フミエは、テレビの前で泣いていた。

 チャンネルはN○K。他愛のない豆知識番組が流れていた。


「お母さん! そんなの気にすることないでしょ?」

「気にすることよ! ああ、そんな……。ううん、そういえばそうよね。昔、学校で習った気がするもの。――昔のヨーロッパにはジャガイモがないのよ! だからポテトサラダは作れないんだわ……」


 ジャガイモ、トマト、トウモロコシ、唐辛子……。いずれも中南米が原産だ。コロンブス以前の中世ヨーロッパには存在しない。


 だから、異世界――中世ヨーロッパ風のファンタジー世界にも、それらの植物は存在していないはず。その事実にテレビで気づき、フミエは涙を流していたのだ。



「ごめんなさいタカシ、ごめんなさい! 気づくことができなくて!

 私、なんてひどい間違いを……!! 私が余計なこと書いたばっかりに! 手紙にポテトサラダのレシピなんて書いたから! ごめんなさい、ごめんなさい!」



 チカは苦々しい顔でリビングを去り、子供部屋の布団に潜った。


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