8話《彼は彼女》
また、BGMが耳にはっきりと聞こえる。慎也はまっすぐに歌恋を見つめ、歌恋はほんのり頬を染めながら目をそらしていた。
「それは、先輩としてだよね。私も、高崎のこと」
「いえ、恋愛的な意味で好きです。先輩のことが、ずっと好きでした」
歌恋は直接彼の表情を見ることができない。告白されて照れているからではなく、彼が自分とは違うからだった。
ボロが出て気持ちを知られてしまった歌恋とは違い、慎也はまっすぐに彼女に気持ちを伝えた。
胸が苦しくなる。夕月の射形を見ている時と同じ、苦くて苦しい感覚。
「私は、その気持ちには答えられない」
「まだ、春宮先輩が好きだからですか」
その質問に、歌恋は首をふる。黒い水面に写っている姿は、眉間にしわを寄せて、目を今にも閉じてしまうほどに細め、とても苦しげに顔を歪ませていた。
「私には、高崎が眩しくて、綺麗すぎるから」
「綺麗って……俺はそんな」
「私とは違うよ。だって、高崎はまっすぐに私に告白してくれたでしょ?」
ただ側に居られればいい。それ以上のことは求めなかった自分と、それ以上を求めた慎也。歌恋からしたら、純粋に人を好きになって、ちゃんと気持ちを伝えた彼は、目を細めたくなるほどに眩しく、なおかつ自分の汚さを思い知らされてしまう。
「先輩……俺は、綺麗じゃないです。だって、付き合ってるわけでもないのに、春宮先輩にヤキモチ焼いて、感情を抑えられなくなった。欲望って、一番汚いものだと思うんです」
「……確かにそうかもしれない。でもね、私は激しい欲望を持つ人が羨ましい。私は、それが足りないんだよ」
だから、気持ちを伝えるんじゃなくて寄生するように、居座るように、ただ彼のそばに居たいと思ったのだ。
カップを手にして、残っていた珈琲を飲み干した歌恋は苦笑いを浮かべる。
「好きになってくれてありがとう。でも、私にとって高崎は、部活の後輩。それ以上になることはない」
「……そう、ですか」
「うん。先輩が、私をそう思ってたのと同じでね」
小さく、慎也に聞こえないほどの大きさでそういった。
自分で言っておきながら、また胸が苦しくなった。不愉快になるほどの苦しみ。どうして、好きだったのに、こんなにも苦しくなるのだろうか。彼を好きになった当時は、もっと違っていた。
笑顔を向けられるたびに胸が苦しくなった。でも、その苦しみはいま感じているものとは違う。甘くて、幸福感に包まれて、相手が愛おしくてたまらない。そう、あの時の……。
「先輩?」
胸元を抑え、大きく目を見開いて、空っぽになったカップの底を見つめる歌恋。
「どうかしましたか?」
「……ううん。なんでもない」
歌恋は地面に置いていた荷物を手にすると、そのまま席を立ち上がった。
「帰ろうか」
「あ、はい」
慌てて立ち上がった慎也は荷物を手にし、伝票に手を伸ばした。だけど横から伸びてきた歌恋の手が先に伝票を手にした。
「私が出すよ」
「いえ、俺が誘ったので俺が」
「いいの」
伝票をひらひらさせながら、歌恋はレジへと向かった。慎也はその場でじっと会計をする歌恋の姿を見て、ぎゅっと、高まる気持ちを抑えるように胸を押さえ、顔を歪ませながら笑みを浮かべる。
「あぁ、やっぱり好きだな……」




