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51「死んでますね」


「よ、久しぶりだな、アルマ」

「久しぶり。一年ぶりだね」

「馬鹿、一ヶ月だよ」


 アルマが投げたナイフを、レオが剣で弾く。

 次が飛んできても、慌てることなく、軽い動作で慣れたようにナイフを落とした。


 あれからどれだけ月日が経ったのかは覚えていない。

 けれど、レオは確かにヴィートやその周りに鍛え上げられたらしく、体つきは変わっていないが、剣をうまく扱うようになった。ここへ来るときも持っているのは、もちろん、アルマと遊ぶためだ。


「――聞いてるんですか?」


 ぐわっと頭を掴まれ、二人を見ていたブランカの視線は強制的にヴィートへと向けられた。めずらしく、わかりやすく怒っている。


「アリス。さっきのはなんですか」

「さっき」

「先ほどです。アルマがビカビカ光っていたでしょうが」

「さあ」

「さあって……あなた……さあって」

「怒ってるねえ」

「怒ってますよ! あなたさっき、人に対して魔法を使ったんですよ?!」


 物凄い剣幕で言われて、ブランカは「ごめん」と反射的に謝った。


「謝るのは後でいいんです。あなた、何をしたんですか?」

「したつもりは」

「ない、と?」


 頷くと、未だ花だらけとなって枯れることのない風景を見渡して、ヴィートは右手で顔を覆った。


「わかりました……とりあえず、なにかアルマと話しました?」

「うん、話した」

「内容は」

「これ以上大きくならないでって言ったけど、もしかして」

「ええ、そうですね、それであんなにビカビカ光ってたんですよ!」


 ヴィートが手をぱっと離して表情豊かに吠えるので、ブランカは思わず「わあ」と感心する。


「ヴィート、やわらかくなったね。あんなに無表情だったのに。新しい仕事? のせい?」


 ブランカの反応に、ヴィートは慣れたように「はいはい」と鼻で笑ってあしらった。


「ええ、忙しいんですよ、魔法局長ってやつは。それを間を縫って顔を見に来てみれば、人に魔法をかけて成長を止めた瞬間を見てしまうなど……あなた、Aの魔女なんですよ? 冠の魔法使いの一番手なんですよ? そうでありながら、人に魔法を使わないという掟を無意識に破るなんて……どうしよ……いや、もういいです、見なかったことにします」


 すぐに立て直したヴィートは、顔を真顔に戻した。

 青い丸いレンズの向こうは本気で「何も見ていない」と言っている。

 ブランカは頷いた。


「そうだね。どっちにしてもアルマは死んでるからね」

「ですね」

「それで、今日は何をしに来たの」

「息抜きです」

「言い切ったね。じゃあ、お茶の用意を」

「します。あなたを使うとアルマの逆鱗に触れるので」


 と、言うと、ヴィートは心なしかよろよろと歩きながら家へと入っていった。

 数分して、微妙な顔でティーセットを持って出てくると、泉の前のテーブルに置いた。


「ありがとう」

「あの」

「うん?」

「これ、用意してあったのですが」


 木製の大きなトレーには、ガラスのティーポットに多めの茶葉、そして四人分のティーカップ。さらに、アルマお手製のクッキーが数種類、カゴに入っていた。


「用意してたから。アルマが。あ、私も手伝ったよ」

「なぜ、来ると?」

「さあ。そんな気がするって」

「あの」

「うん」


 トレーを見て、それから、レオとアルマが遊んでいる姿を見たヴィートは、じっと目を凝らすようにアルマを見る。

 内側からほんのりと芽吹いているそれに気づいたらしい。


「もしかして」

「ここに気に入られてるらしくって、魔法は使えないけど、魔力は渡されてるみたい」

「あー……」

「その内使えるようになるのかな?」

「やめてください。今のところ、魔法使いは血で継承されるんですから」

「じゃあ、ただの人が魔法を使えるようになったら大変だね」

「大変なんてもんじゃありませんよ。これからは他国にも派遣しようとしている最中に、魔法使いは作れます、なんてことなったら……」

「まあ、アルマは死んでるから」


 けろりとブランカが言うと、ヴィートは再び真顔で頷いた。


「死んでますね」

「とりあえず、魔法使いの森に人間は入れないようにしたら? 魔法局長さん」

「そうします」

「アルマのようになれる人は、きっといないと思うけどね。アルマも魔法は使えないと思うし」

「……まあ、あなたがそう言うなら」

「気にしない気にしない」

「そう言えば、他の冠たちとはどうですか?」

「あからさまに話題を変えたね」


 ヴィートがティーポットにお湯を注ぐ。

 レオとアルマも気づいて、遊ぶ手を止めた。

 ブランカが手を振ると、二人とも同じような、どこか幼い顔で笑って、そしてそれに気づいたアルマがレオにナイフを投げ、また防いだ。そんな攻防をしながら歩いてくる二人の後ろで、ナイフはふわふわと浮いてついてきている。ヴィートの魔法だ。二人が遊んでいるときはナイフがいくら弾き返されてもアルマの元に戻るようになっているらしい。

 最初の方は「拷問だ」と喚いていたレオも、今やすっかり立派になった。


「大きくなったねえ」

「ええ。二人とも、そうですね」

「やっぱり友達になると思ってた。アルマに会いに来てくれて、ありがとう」


 ブランカが笑うと、間髪入れずにヴィートにナイフが飛んできた。

 魔法で防いで、ヴィートは澄ました顔でお茶を入れる。


 二人が来たときはいつもこうだ。少し騒がしくて、ナイフがよく飛んでいて、それから、四人で飲むお茶がおいしい。



 いつか形は変わるだろうが、今のこの流れの中では、穏やかな気持ちでいたい。

 ハーブティーの香りがふわりと広がる中、ブランカはそっと目を閉じた。



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