43「なるほど」
魔女だと知っていたら。
知っていて、あの場所にいたのなら。
それは何を意味するのか。
ブランカは、表情を隠すように俯いたアルマに向かって、できるだけ優しく声をかけた。
「それが、言いたくないことなの?」
アルマの細い髪が、緊張したように揺れる。
「私に言わなくちゃいけないことで、アルマが言いたくないこと?」
「……ううん」
「そっか。じゃあ、アルマが言いたくない、これ以上口にしたくないことなんだね」
「うん」
こくんと頷いたアルマの顔は見えない。
「それは、罪深いこと?」
びくっと身体が硬直したアルマを、ブランカはそっと抱き寄せた。
「わかった。じゃあ、言わなくていい。というか、多分言っちゃ駄目だね」
「……だめって?」
「それはアルマが抱えて。きっと、誰かに話しちゃいけないことなんだと思う。私にも言わずに抱え続けて。そうしなきゃ、きっとアルマが耐えられなくなる」
ブランカの言葉に、アルマが腕の中でふっと倒れ込むようにしてしがみついてきた。
「……だめなの?」
「うん、だめ。ごめんね、私が許すこともできない」
「……うん、そっかあ、うん」
「話したいときでいいって言ったのに、ごめんね。アルマの真ん中にある罪深いことだけは、聞けないや。そこだけは、私は聞かないし、聞けない」
「ううん――それでいい」
アルマがきゅっと小さくなる。
身体を丸めて、ほっと安堵したように息を吐いた。
ブランカは背中をとんとんと優しく撫でるように叩く。これでいいのかはわからないが、きっと伝わっている。
けれど、もう一つ伝えなくてはいけないことがあった。
「それでも、私はアルマを大好きだし、愛してるからね」
ブランカはアルマの丸まった背中を愛おしそうに撫でる。
「あと、さっきのこと。私が魔女だって知ってて現れてくれたのなら、ありがとうって言うよ。私に会いに来てくれて、ありがとう」
そう伝えると、アルマはゆっくりと体を起こして、ブランカの頬にすり寄るように抱きついてきた。ぐらっと後ろに倒れそうになるのをなんとか止めて、笑う。
「ふ。ふふ、危ないよアルマ」
「……ブランカって本当に怖いね」
「えっ。なんで?!」
「そういうところが大好きだよ」
「えー?」
不満げな声を出すブランカに、アルマが明るい声で笑う。
ぎゅうっと抱きしめてくる腕は柔らかく、いつもと少しだけ違った。
逃がさないように、離れていかないように必死な腕ではなく、ただただ穏やかな腕だ。ブランカも同じように腕を回す。
「まあ、色々言ってもね。私はアルマとここで生きていきたいよ。それだけで足りると思うんだけど、アルマはどう?」
「シンプルだね」
「物事は意外と単純だよ。流れて、流されて」
「そうやって僕らは出会ったの?」
「そうそう。理由とか、思惑とか、そんなのは小さいことだよ。ただ、アルマの気持ちは軽くしたいから、言うね。どんな理由があっても、私に会いに来てくれたことが嬉しい。それに、今私を大切にしてくれてるのは、アルマが決めたことでしょう」
頬にすり寄ってそう言えば、アルマは浅く息を吐いた。
「……うん。僕が決めた。ブランカと一緒にいたいって。上から落ちてきた君を受け止めたときに、何かが一緒に僕に降ってきた。今まで持ってなかったもの。多分、ずっと欲しかったもの。だから……なんだ……僕も、ブランカと一緒か」
「そうそう。愛することに理由なんてないんだよ。で、どうかな」
ブランカが聞くと、アルマは腕を放して、そうっと両手でブランカの頬を包んだ。
「ブランカとここで生きていきたい。それだけでいい」
そう言ったアルマは、ブランカの額にキスをする。
「これからも僕に置いて。絶対に大切にするから」
「もちろん。約束通り、可愛がっていくね」
「ふ!」
手のひらで、もにもにと頬を揉まれる。
可愛がられているのはもしかして自分ではないだろうか、とブランカは思ったが、それも嬉しかった。
アルマの笑顔が軽やかで、安心している。
これからもアルマの重い荷物は抱えていかなければいけないし、それについてブランカが軽くしてあげることはできない。
できることなら全てを許して「気にしなくていい」と「これから幸せになって、忘れてしまえばいい」と言えたらいいけど、それがアルマのためにはきっとならない。ブランカは「アルマが言えないこと」を許してはいけないのだ。
言えなくても、誰も離れてなんていかない。
そこまで考えて、ブランカはふと思い出す。
「あ。あとね、アルマはレオを使うためにここに迎えてたって言ったけど」
「……それ、ちゃんと聞いてたんだ?」
「うん。アルマはレオが好きなんだよ」
「えー?」
「わかるんだもん。友達になれるよ」
「ええ……別になりたくないけど」
「レオそのものは、私も好きだし」
頬を撫でていた手がぴたりと止まる。
今までの穏やかだった雰囲気はどこへ行ったのか、アルマの瞳がぎらりと美しく瞬いた。
「聞き捨てならない」
「比べなきゃわからない好きもあるって」
「いやいやいや、僕はね、好きじゃない、と、好き、を比べて欲しくてね?」
「なるほど」
「ブランカ? 待って、わかってる?」
「うん」
「レオを好きになる必要はないんだよ」
「大丈夫。友達として好きって意味だから」
「……友達いたことあるの?」
「……ない」
「ねえ、大丈夫なの。大丈夫?」
「大丈夫。アルマだけが大好きだから」
「本当に?」
「本当だよー」
安心させるように笑うと、アルマは少しだけ納得したような、それでいて「考えるのはやめておこう」という顔で、微妙に頷いた。
「わかった」
黄水晶の光が二人を包む。
静かな森の中で、ブランカはしばらくアルマに頬を揉まれ続けたのだった。




