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22「そっちか」



「俺は気にしない」


 なんてブツブツ言っているレオを後目に、ブランカとアルマは朝食の準備をする。

 いつものように朝に収穫をしている間も、後ろをちょろちょろとしていたがブランカは全く気にしない。


 クッキングストーブにアルマが火打ち石で火をつけているときも、プライパンで薄いパンを焼いていたときも、レオはうろうろと物珍しそうにアルマの邪魔をしていた。アルマもアルマで無視をしているので、二人はいつも通りに外へと出て、ウッドテーブルに座る。


 キャベツ、トマト、アスパラ、タマネギを粗く刻んで、味をつけ、瓶に詰めていたマーマレードを隠し味に少しだけ加えてざっくりと混ぜたものを、薄くのばして焼いたパンに取りながら食べる。

 

「ん。おいしい!」

「よかった。野菜だけしかないけど、結構慣れるものだね」

「きのこ探してみる?」

「そうだなあ、今日あたり、果樹もどこかに出てきそうだし、散歩しようか」

「うん」

「おい」


 立ったまま二人を見下ろすレオは、じいっと二人の間に置いた、刻んだ野菜入った木製の器を見ている。

 

「……おなかすいたの?」


 ブランカが聞けば「違う」と即答するが、アルマがちぎったパンの上にスプーンで置くと、それを目で追っていた。

 なんとなく、ブランカも小さく切ったパンに具を乗せて見せる。


「いる?」

「……いらない」

「あっそ。じゃあ」

「いる」


 折れるのが早い。

 レオはブランカから受け取ると、口に入れた瞬間に目を輝かせた。


「うまいな」

「でしょう。私の天使は本当にすごいんだよ」

「天使、お前すごいな」


 アルマは微妙な顔でレオを見上げて、それからブランカに「なにこれ」と言いたげな目を向ける。それも可愛かったのだから、アルマは最強かもしれない。


「ええとね、割と根っこは素直なんだよ。意外と使用人から好かれてたから。昔はこんな感じだったし。いつからかひねくれて意地が悪くなって尊大で傲慢になってたけどね」

「アリス、お前」

「でもまあ、本当のことですよね」


 ヴィートが戻ってきた。

 寝室にいきなり入ってきたレオを「だから駄目だって言ったでしょう」と叱りながら引きずって外に出したヴィートは、その後、挨拶をしてきます、と黄水晶の中に入っていたのだ。


「すみません、アリス。寝室には入るなと言ったのですが」

「ううん。どうせ、少しも待てなくて入ってきたんでしょ」

「ええ、まあ」

「――そもそも人の家に勝手に入るのがどうかと思うけど?」


 アルマが言うと、ヴィートはテーブルの上に恭しくアルマのナイフを五本置いた。


「どうぞ、天使。お詫びにお返しします」


 アルマはナイフを一本一本確かめながら、腰にしまっていく。

 所作に無駄がなくて美しい。

 ブランカはそれを眺めているヴィートに話しかけた。


「それで挨拶ってやつは終わったの?」

「終わりました」

「ふうん」

「気になりますか?」

「ううん。ただいまって言ってきたんでしょ」

 

 ヴィートはわずかに表情を変えて見下ろしてきたが、ブランカはレオのほうが気になって、つい「いる?」と聞く。残り少なくなってきたの中を器をじっと物欲しそうに見ていたのだ。


「いる」

「はい。これで最後だからね」


 手渡すと、レオは一口で食べてしまった。

 その姿を見上げていると、ふと、ここは本当に天国で、レオは死んだのかもしれない、という考えが過る。死んで生まれ変わったと言われた方が納得できた。さっぱりした表情や、自分を見て目を悪戯に細める仕草が、忘れたはずの昔の記憶をくすぐる。


 そこまで思って、まあ、別にレオという存在に納得しなければいけないこともないな、とブランカは一人頷いた。

 ばちりとアルマと目が合う。

 じいっと静かにこちらを見ていたらしく、にこっと目元だけが笑みの形になった。

 つられて笑う。


 アルマは立ち上がると、ブランカの頭を撫でた。

 いい子、と言われたような気がする。


「さあ。片づけ、しようか?」

「うん。あ、ヴィート」

「はいはい。バケツで泉の水を汲んできますね」


 言われる前に青い丸眼鏡をクイッと押し上げて、シャツを腕まくりする。

 さすが働き者だ。

 バケツを手に取ると、ヴィートは問答無用でレオをつれて行った。その姿をなんとなく見送り、アルマに向き直る。

 

「ごめんね、なんか変なことになっちゃって」

「大丈夫。これも流れってやつでしょ。それにしても、変な人だね」

「レオのこと?」

「あの二人のこと」

「うん、変なの」


 ブランカはくすくす笑う。


「ヴィートとレオは昔から友人だし。そういえば魔法使いを友人扱いするのはレオだけかもね。私もレオも、ヴィートに育てられたものだし」

「……あの魔法使い、どう見ても同年代に見えるけど?」


 アルマに言われ、ブランカは「確かに」と頷く。

 

「でも、私が初めて会った六歳のときから姿は変わってないよ。ずうっと、あのまま。もしかして、老けるのがイヤなのかな」

「ふ」


 アルマが笑う。小さく「ふふ、君って」とおかしそうにこぼした。

 その言い方がどこか甘ったるくて、ブランカはほっと脱力する。


「ああー、よかった。アルマ怒ってるのかと思った」

「どうして?」

「だって、レオのこと嫌いでしょ」

「……何でそう思うの?」


 立ち上がるブランカを見ながら、アルマが首を傾げた。

 なぜか琥珀色の瞳がキラキラと輝いている。


「だって」

「うん」

「私の、飼い主だったから?」

「そっちか」


 まあ、いいけど、とアルマは目を細める。

 皿を重ねて、さっさと持ってしまった。


「そっちって、なに?」

「うーん、そっちはそっちかなあ。でも、僕の機嫌を気にしてくれてうれしい」

「気にするよ。ここはアルマの家なんだから。レオたちがいても大丈夫? 嫌だったら言ってね? ちゃんと追い返すからね」

「ありがとう。限界になったら二人まとめて二度と来れないように天国に送るから大丈夫だよ」

「そっか。ならよかったあ」


 ブランカが安心したように言えば、隣のアルマはやっぱりおかしそうに笑うのだった。



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