6-10 オペラ座の怪人
励起制限違反を白状してからバルトロメオがジョエレを睨んできている。放つ空気も怒気をはらんでいるような気がしなくもない。
(あー。こりゃ怒鳴られるな)
予感がして、ジョエレはバルトロメオから少し離れた。クソうるさい怒声を遮ってくれるのを期待して巨大蟻の壁を間に挟む。
「50だと!? 規制を軽く超えておるではないか!」
「んなこと俺に言うなよ。下げようにも、俺もお前も無理だし。あるもんは使っときゃいいんだよ」
当然ながら説教は無視。しゃあしゃあと嘘を吐きながら槍を蟻の口腔に突っ込んだ。けれど蟻の動きは止まらない。ならばと、穂先を冷却し、電子機器が正常稼動するのに支障をきたす温度まで躯体を冷やした。
予想通り蟻が止まったら槍を抜き、連結部を切断する。
「にしても数が多いな。ちょっと掃除するから離れてろ」
バルトロメオに軽く警告し、《極冷の槍》を構えた。
「あばよ玩具ども。〈嘆きの川〉にでも埋まっとけ」
槍の周囲から熱を奪い氷粒を現出させる。ジョエレが槍を動かすと、礫が一斉に蟻へと向かった。
励起段階50パーセントから解放される技〈嘆きの川〉――空気中の水分を凍結させ無数の氷の礫を作り、弾丸のように撃ちだせる技だ。
放たれた氷の弾は蟻の身体を穿ち、通路をふさいでいた連中を鉄塊に変えていく。
「励起段階が上がると技の威力も段違いだな」
「その分ごっそり体力食われるけどな」
けれど、1匹ずつ処理するにしても体力を食う。一掃した方が時間も節約できて、トータルで見たら得だ。
ジョエレは礫を撃ち尽くすと一息つき、残り少なくなった蟻の群の先に視線を向けた。
(ん?)
蟻の複眼が発する光とは違う光が見えた気がした。
光は2つ。
大きさと間隔から人の眼な気がするが、人間の眼球が光るわけがない。
光が近づいてくる。
目を凝らしていると、予想に反して人の顔が現れた。その人物がゆっくりと片手を上げる。握られているのは機関銃だ。
(レオナルドの奴は銃を使えなくするっつってたけど。電磁フィールド内なら動作不良起こしそうな玩具どもが動いてるしなぁ)
湧いてくる不安が拭えない。様子を見ようにも、身を隠せそうな柱までが遠い。
仕方なく、ジョエレは巨大蟻の胸に槍を突き刺した。それを力技で前に掲げ簡易の盾にする。
「くっそ重いな、おい! バルトロメオ、弾幕が来るかもしれねぇから気をつけ――」
注意喚起が終わる前に発砲音が轟いた。
敵も味方も関係なく銃弾が襲う。蟻の盾は頑張ってくれているが、いつまでもは持ちそうにない。ジョエレは一目散に後退して柱の陰に隠れた。
用の無くなった重いだけの塊はさっさと捨てる。
「っ痛……」
銃弾の掠めた左腕に鈍い痛みが走った。触れてみるとぬるりと出血がある。傷は浅くとも出血が続くと体力が落ちるし、不衛生な環境での放置は破傷風になる可能性を上げる。
ポケットチーフをガーゼ替わりにし、ネクタイで締め付けた。
「ジョエレ・アイマーロ、大丈夫か!?」
隣の柱の陰からバルトロメオが叫んできた。
彼の足元にも巨大蟻の残骸が転がっている。ジョエレと同じような行動を取ったのだろう。違うのは、銃撃を受けて裂けたであろうスーツの下に、耐刃弾繊維のインナーらしき物が見えることだ。
最初から交戦を視野に入れている連中は用意が良い。
「なんとかな。レオナルドの奴、電磁フィールド張るって言ってたけど、全然だな」
銃声が止んだので、ジョエレは柱の陰から前方を覗く。
猛烈な弾幕のせいでほとんどの蟻が金属塊に成り果てていた。その向こうから、この惨事を引き起こした奴がやたらと重い靴音を響かせ歩いてくる。
「隠れているだけでは先に進めぬぞ。オペラ座の地下には怪人が潜んでいるものだろう? 覚悟をして来なかったのだとしたら不勉強だな」
聖母還幸会の幹部のみに許されるという青い法衣。それをまとった人物が姿を現した。
顔は、口元以外仮面で覆われている。まるで、"オペラ座の怪人"という物語に出てくる怪人を模しているかのようにだ。
1度顔を引っ込め、ジョエレは柱に体重を預けた。
「怪人が住んでるのはパリのオペラ座じゃねーか。ここ、ローマのオペラ座だっちゅーの」
新手をどう相手するか悩みながら頭を掻く。
"オペラ座の怪人"という物語がある。一言で言えば男女の三角関係を描いた物語なのだが、その中で、若きオペラ歌手に恋する怪人が、パリオペラ座の地下に住んでいる。
彼の容姿は脚本家によって美男子だったり醜かったり。けれど、共通して仮面をつけている。
ジョエレ達の前に現れた男も、怪人になぞらえ仮面をつけているのだろう。
けれど、"オペラ座の怪人"という劇はミュージカルで、ローマオペラ座では上演されない演目だ。
そんな場所に怪人が現れるだなんて明らかにおかしい。出るなら出るで、せめて上演される場所に限定しろと言ってやりたい。
「劇中の怪人は機関銃なんてぶっ放さないぞ! そこも真似ろよ!」
生身で銃弾の雨を浴びるのも嫌でジョエレは訴えてみる。けれど、
「オペラ座の地下という条件さえ満たしていれば、後は何でもいいだろう」
すげなく流された。
靴音は止まらず一定速度でジョエレ達の方へ近付いてくる。
それとは別にがちゃがちゃと聞こえるのは巨大蟻の足音だ。仮面の男の足音より遠いうえ、遠ざかって行っているように聞こえる。
(蟻が道案内役。けど、近づき過ぎると戦闘になるし、遅れすぎても一般客に被害をだす、ってところかね)
ゲームとして考えるならそんなところだろうか。それはいいのだが、目の前の中ボスを倒さないと進めそうにないのが問題だ。
ジョエレは氷で槍を複製し、邪魔になる《極冷の槍》は短剣の形態に戻し鞘にしまった。
「バルトロメオ」
名前だけ呼び、あとは身振りと口の動きで意思を伝えようと試みる。
お前はあっち、俺はこっち。
柱から出て別々の方向に飛び出せという指示は、単純だったお陰で伝わったようで、バルトロメオが頷いた。
すぐそこまで迫っている靴音に合わせてジョエレは指を折る。
5、4、3、2、1。
ゼロはカウントしなかったけれど、バルトロメオが飛び出して行った。彼に敵意が向いたのか、非情な連射音が響く。
(悪いなバルトロメオ。その程度じゃお前は死なないって信じてるぜ!)
一呼吸遅れてジョエレも柱の陰から飛び出し、複製した氷の槍を仮面の男の後頭部に投げつけた。
敵の意識は完全にバルトロメオに向いているようで、回避行動は見られない。ジョエレの狙いは過たず男の頭を捉えた。
けれど、嫌な金属音が響いて氷の槍が弾かれる。
「げっ」
男が振り返った。機関銃もこちらを向きそうになったので、ジョエレは慌てて柱の陰に逃げ帰った。
少し遅れて、柱を削る嫌な音と振動が背に感じられる。
「あぶね……」
「あぶね。ではないぞ! おぬし某を囮にしただろう!」
先程と同じ柱の陰からバルトロメオが怒鳴ってきた。飛び出して行った時よりボロくなっているのは、本人の申告通り囮になってくれたからだろう。
「耐刃弾繊維って優秀だなー」
「貫通は防いでくれるといっても当たると痛いのだぞ! 分かっているのか!?」
「そんな言っても、生身の俺じゃ受けられねーし。それに、囮にして悪いなって思ったから、1発で片付くように急所狙ったんじゃねーか!」
「全く片付いておらんぞ!」
「機械化人間だなんて知らなかったんだよ!」
槍は弾かれたけれど、仮面の男の頭皮を少しめくった。下に覗いていたのは金属のプレートだったように思う。
「名ばかりの技術ではないか! 実物など見たこと無いぞ!」
「倫理上の問題やらで、ずっと昔に研究中止になってるからな」
機械化人間は、人間をベースにして、身体の各部位を機械と入れ替え造られる。極端な例では、脳以外全て機械という者もいたらしい。
技術の研究にはもちろん生身の人間が必要とされる。それが故に、あまりに非道と切り捨てられた。
ただ、研究中止にはなったものの技術が消えたわけではない。色んなものに目をつぶればこんな化物だって造れるだろう。
機械化人間だというのなら、妙に重い男の靴音も、重量のある機関銃を片手で扱えていたのも、瞳が光を発していたように見えたのも納得だ。
「ふむ。合格だ、ジョエレ・アイマーロ」
男の靴音が止まった。
「ロード・ユーキから、貴様が私の正体を見抜ければ勧誘し、承諾すれば通してやれと指示が出ている」
「は?」
ジョエレとバルトロメオは同時に眉をしかめた。
エアハルトにしろ《恋人》にしろ、勧誘してくる連中はジョエレに一切攻撃してこなかった。行動が違うのなら、その2人の指示ではないのだろう。
「ユーキって誰よ?」
ジョエレは柱の陰から少しだけ顔を出し仮面の男を観察した。
仮面で口元から上が隠れていて表情が読めない。機械化人間であれば感情も動かないだろうから、表情から何かを読み取ろうとしても無駄なのだろうが。
「《悪魔》とも呼ばれている。上で会っているはずだが?」
「ああ、あいつ。そんな名前してたのか」
ごてごての哲学者の衣装をまとった《悪魔》。変人のくせに名前は普通だ。
仮面の男がジョエレを見据える。
「1度だけ聞く。我らの仲間になるか?」
単刀直入に尋ねられた。
「戦いの途中に勧誘とはなんだ!? それに、いくらチンピラっぽい男とはいえ、寝返るなどありえんだろうが!」
当然のようにバルトロメオがいきり立っている。
しかしジョエレは、
「いや。寝返るけど?」
あっさり、そう返事した。




