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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅴ.まどろみと復讐と

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5-10 死体の運ぶメッセージ

 バルトロメオの付き人という立場を装えば、軍の封鎖は楽々通過できた。同じ要領で司教舎の中にも入る。


「お前さ、昼寝する前は何してたんだ?」


 レオナルドの部屋へ向かいながらジョエレは尋ねた。


「失敬な。某は勤務時間中に昼寝などしておらんぞ」

「しておらんって。外で転がってたじゃねーか」

「それが不思議なのだ。某は長官にパニーノを届けてから部屋を動いていないはずなのだが。着いたぞ、ここだ」


 規制線が引かれ、入り口を警官にかためられた部屋の中へバルトロメオが入って行った。ジョエレも続く。


 部屋に入ってすぐの所に血の汚れがあった。大雑把に拭き取られはしたようだが落ちきっていない。

 ここが参事官の倒れていた場所だろう。

 石床にチョークで描かれた遺体跡は、頭が扉の方を向いている。


 肝心の部屋の方には何の飾り気もなかった。6メートル四方の部屋の中心には執務机が置かれ、壁際に小さな棚が備え付けられている。邪魔にならぬように隅に寄せられている椅子は、レオナルドと共にこの部屋にいる事の多い者への気遣いだろうか。

 散らかっていたらしいパニーノはもう無かった。

 廊下と繋がる扉とは別にもう1つ扉があったけれど、そちらは寝室になっていて、特に目ぼしいものは無い。

 執務室に戻ったジョエレは部屋を一周し、机の前で立ち止まった。


「バルトロメオ。お前、パニーノ届けてから何してたんだ?」

「パニーノを届けてからか?」


 戸口辺りに立ちっ放しだったバルトロメオが中に入ってくる。


「机の上にこう、パニーノの袋を置いたら、長官が、量が多すぎるから某にも食べていけと仰ってくれてな。侍祭に珈琲を用意させて、休憩がてら、共に食事になったな」

「途中で眠くなったりは?」

「よく知っておるな? 腹が満たされたせいか猛烈に眠くなってな、珍しく長官も目を擦っておられた」

「ふーん」


 ジョエレはもう1度部屋を見回し、


「起点はそれかもな」


 呟いた。


「どういうことだ?」

「あくまでレオナルドが白と仮定した場合の話だが」


 執務机の天板に軽く腰掛け、ゆっくりと話しだす。


「お前達の飲んだ珈琲に睡眠薬が入れられていた可能性が高い」

「なんだと!? では、珈琲を持ってきた侍祭が!?」


 眉を逆立てたバルトロメオが今にも飛び出して行きそうに身を翻した。

 ジョエレは慌てて執務机から降り、バルトロメオの服の後ろを掴む。


「待てよ。話は終わってねぇし、侍祭が絡んでるかは残念ながらグレーだ」


 悔しそうにバルトロメオが動きを止めた。

 それを確認してジョエレは彼から手を離し、自らの左手の甲を撫でる。


「珈琲で眠らせたレオナルドとお前を運ぼうとしたんだろうな。でも、睡眠薬の効果程度だと、途中で目を覚まされる可能性がある。だから麻酔を注射した。麻酔が効いてる間なら、ちっとやそっとじゃ起きないからな」


 青あざのできた左手にバルトロメオが視線を落とした。


「なんでお前まで連れ去ろうとしたかは分からないが、短時間で男2人を運ぶには力がいる。ってなると、犯人は複数」


 そこまで喋ってジョエレは一旦言葉を止めた。

 執務机にふり返り、数時間前にそこに置かれていたであろう物を想像する。


(バルトロメオがパニーノをここに置いた上に、この部屋で珈琲カップを置けそうな場所といえばこの机の上しかねぇ。なら、ここに器が残ってて、鑑識に上がってきてて良さそうなもんだが)


 ディアーナの情報には無かった。

 食事中に眠りに落ちたのなら珈琲を溢すなりしていてもよさそうだが、その跡もない。血の拭き取り方があの雑さなのに、珈琲跡だけは綺麗に掃除したのだとしたら、なんともちぐはぐな鑑識だ。

 けれど、このちぐはぐさのお陰で1つの仮説が導きだせる。


「珈琲の飲み跡が鑑識に上がってないのは、犯人が片付けていったんだろうな。眠らされたと知らなければ、レオナルドが参事官を殺して消えたみたいに見せかけられるから」


 実際ジョエレはそう思った。捜査がそちらの線を追わなかったのは、レオナルドを信じ抜いていたからか、たまたまか。


「だから、事情を知るお前も連れて行かれた。捜査を撹乱して逃走時間を稼ぐには悪くない手だ」


 考えを口に出しながらジョエレは戸口へ向かう。そうして、参事官の倒れていた現場前で止まった。


「お前達を眠らせた犯人は参事官が来るのを待った。んで、ついにその時が来た。異変に気付いた参事官は逃げようとするだろ? そこを後ろからばさーってやられれば、このチョークみたいな形に倒れるかもな」

「そこまではそれでいいとして、なぜ某はあそこにいたのだ?」

「……麻酔が切れかけたんじゃね?」

「は?」


 ぽかんとしたバルトロメオにジョエレは目を向ける。


「麻酔っていうのは持続時間に個人差が大きいんだ。お前が外で寝てた辺りで、お前が起きかけたんじゃね? そんで、途中で目を覚まされるリスクを取るよりは、あそこでお前を捨てて、《魔王の懐刀(へしきり)》だけ持ってった。って考えれば、一応繋がらないこともない。殺されなくて良かったな」

「誰がそんな事をしたというのだ!」


 だんっと、バルトロメオが1歩踏み出した。

 ジョエレは腕を組んで視線をずらす。


「そりゃジュダだろうよ」

「局長がなぜ?」

「書き置きしていったのあいつだろ? ここまで誘い出しといて何もしないなんてことはないわな。レオナルドもチヴィタにいるんじゃね?」


 相手の行動に若干のチグハグさが残る上に目的が見えないままだが、今はどうしようもない。

 調べ物が一通り終わったジョエレは部屋を出ようとした。すると、廊下を走ってくる警官と出くわす。


「ブラザー! 使徒バルトロメオ、大変です!」


 叫ぶ警官の手には何かが握られ振り回されていた。


「そんなに慌ててどうした?」


 バルトロメオが廊下に顔を出す。

 警官はバルトロメオの前で止まると、持っていたビニールに入れられたそれを差し出してきた。


「亡くなっていた参事官の口の中からこれが出てきて」


 袋の中には皺を丁寧に伸ばしたらしき紙が入っている。そこに書かれているのは、



『レオナルドは預かった。チヴィタ・ディ・バニョレージョで待つ』



 これだけだ。

 信じられないといった面持ちで、バルトロメオが紙切れとジョエレを見比べる。


「ほらな?」

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