間話 届けられた手紙 2通目
すっかり暗くなった頃にジョエレは家に帰り着いた。
「ただいま〜って、お前ら今から出かけんの?」
よそ行きっぽい格好のルチアとテオフィロをリビングで見つけ、突っ込む。何かを探している様子でうろちょろしていたルチアがふり向いた。
「ジョエレお帰り。早かったね?」
「そうかぁ? てか、おまえ何探してんの?」
「晩ご飯食べに行こうって言ってて、いいお店見つけたんだけど」
そこまで聞いて探し物が分かりジョエレは周囲を見回す。机の上に広げられている新聞の下にそれっぽい物を見つけ、持っていた紙袋を机の端に置いた。
新聞を畳み、出てきた雑誌でルチアの頭を軽く叩く。
「ほれ。どうせこれだろ?」
「これこれ! お店の場所覚えてなくて、地図見ようと思ったら見つからなくて、困ってたのよね」
ルチアが嬉しそうに雑誌のページをめくりだした。
「なんかいい匂いがしてんだけど。ジョエレ、これ何?」
ソファに転がっていたテオフィロが身を起こし、ジョエレの置いた紙袋をじっと見つめている。夕食がまだで空腹だからか、中々に嗅覚が鋭い。
「土産。お前らいらないなら俺が食うけど」
「え? お土産なんてあるの?」
「食いもんなんだ」
テオフィロがさくっと袋を開ける。そうして中からパニーノを取り出した。
それを見たルチアが目を輝かせる。
「凄く美味しそうなんだけど。ねぇテオ。今晩これと、簡単なスープでいい?」
「いいよ」
「うん。じゃぁ、すぐに用意するね!」
ドタバタと2階に上がっていったルチアは部屋着になって戻ってきて、冷蔵庫を漁りだした。テオフィロものそのそと2階に上がって行く。
着替えに行ったのだろう。
「ジョエレも食べる? それとももう食べてきた?」
「作るなら食うかな。ちょっとでいいぜ」
ジョエレはジャケットを脱ぎソファの背もたれに投げ、どっかりと座り込んだ。
トントンと包丁の音をさせながらルチアが聞いてくる。
「このパニーノどこで売ってるの? 他にも種類あるなら、あたしも行ってみたいんだけど」
「あー」
なんとなく答えるのを躊躇いジョエレは鼻の頭を掻いた。
けれど、下手に誤魔化しては変に怪しまれそうなので、素直に教える。
「オルヴィエート」
「オルヴィエートっていうお店なんだ。で、どこの地区にあるの?」
「いや、だからオルヴィエートだよ。ヴァチカンの北にあるだろ? ウンブリア州テルニ県オルヴィエート」
「……」
ルチアが静かになった。代わりに包丁のリズムが早くなり、鍋の中に切った物を放り込む音と火を点ける音がする。
仕込みがひと段落したらしき彼女はジョエレの真ん前まで来ると、
「自分だけ旅行とかずるい! あたしも行きたかった!」
拳を握って全力で訴えてきた。
「旅行じゃねーし!」
ジョエレは否定したが、ルチアは唇を尖らせている。
「じゃぁ何だって言うのよ?」
「……」
選帝侯の散骨場に入れないから、襲撃現場で妻と友の命日を悼んでいたとは言えない。ジョエレが無言で顔をそらすと、ルチアは逆に顔を寄せてくる。
ふと、彼女が鼻をひくつかせた。
そのまま匂いの元を探すように鼻を動かし、ジョエレのジャケットを怪しんでいたかと思うと、ジョエレの近くでも鼻を動かす。
「なんか、いつもと違う匂いがする」
何かを怪しんでいるような目でルチアが見てきた。
「パニーノじゃねーの?」
「それとは間違えないわよ。凄く弱いけど、品がいい感じの柔らかい、女物の香水?」
(ディアーナか!)
心当たりがあり過ぎてジョエレの身体が固まった。
ほど良い座り場所が無かったので、かなり近い距離でしばらく過ごしていたら匂いが移ったらしい。
彼女のいつもの匂いだし、比較的好きな香りなので、全く気にしていなかった。
運が悪い時とは重なるもので、
「デート?」
2階から降りてきたテオフィロまで余計な突っ込みを入れてくる。
「ジョエレと付き合ってくれるような物好きいたんだ」
ルチアに生温かい目で見られた時はなぜか凹んだ。それでも、上手いこと話ははぐらかせたようなので、ジョエレはやる気なくソファに転がる。
「どうとでも言ってくれ」
これ以上ほじくり返されないように敗北宣言しておいた。
ルチアはそれで満足したようで、笑顔で台所に戻っていこうとする。その途中で振り向いた。
「あ、ジョエレ。これ雑誌に挟んじゃってたみたい。今日届いてたと思うよ」
またもや適当に放り投げられている雑誌から1通の封筒を出し、渡してくる。
「おう。ありがとよ」
よく見もせずにジョエレは受け取り、差出人を確認しようと裏返して手を止めた。
百合を模った白い封蝋がされていた。
封を開き、中を確認してみると、入っているのは1枚の便箋。
親愛なるジョエレ・アイマーロ様
最近は気候も良く、行楽には素晴らしい季節になりましたね
ただそれだけが書かれていた。
30年ばかり前に組織から来た初めての手紙そのままだ。
「こっちにも来るのかよ」
1人呟き、便箋をぐしゃりと握り込む。
「何が?」
ソファに座ったテオフィロが不思議そうに見てきた。
ジョエレは皺になった便箋を折り畳みなおして封筒にもどすと、不敵に笑う。
「ラブレターさ」
明日は2ページ更新します。
午前中に人物紹介ページ(読み飛ばして問題ありません)、午後から5章1話目となります。
ご注意ください。




