2-11 貧民街での遭遇 前編
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「そろそろシャワーでも浴びるかね」
だらしなくソファに寝転がっていたジョエレが立ち上がり、背伸びした。そのまま脱衣所の方に歩いて行く。
ソファの上で膝を抱えていたルチアも顔を上げた。
(もうそんな時間なんだ。あたしもご飯作らないと)
のそのそと立ち上がり台所に立った。調理を始める前に消毒液で手を揉む。それから、冷蔵庫の中の食材を取り出した。ざく切りにして鍋に放り込む。調味料を入れている時に手が止まった。
(スパイス切らしちゃってたんだ。どうしよう、あれがないと美味しくないんだよね)
買ってきてくれるようジョエレに頼んでもいいのだが、風呂に入られたばかりだ。寝ているテオフィロは問題外。
ルチアはコンロの火を消すと、壁に掛けておいたポシェットを肩から掛けた。
「ジョエレ。あたしちょっと足りない物買い足しに行ってくるね」
浴室に声だけかけて家を出る。
(近くの店もう開いてないし、今の時間なら、1番近いの貧民街か)
距離だけを基準に行き先を決めた。
貧民街への無用な立ち入りは自粛するようにと通達が出ているが、少し買い物に行くだけだ。その店を諦めると、結構遠くまで足をのばさねばならなくなる。となると考えるまでもない。
街灯の灯った道をルチアは貧民街へ向かった。
無事目的の物を買い帰路につく。その途中で彼女は足を止めた。
(ここでテオを拾ったんだったっけ)
薄汚れた彼が座り込んでいた場所に視線を落とし、笑みを浮かべる。
1年前のことだというのに、もっと昔だったような気がする。それくらい、テオフィロはあの家での生活に馴染んだ。
ふと、幾つかの足音が聞こえてきた。音はだんだんと近付いてきてルチアの周囲で止まる。振り返ってみると、黒い司祭服を着た人物が4人立っていた。
男と女が2人ずつ。近くの教会での業務が終わり、帰っている途中……に、見えなくもない。
「お嬢さん。このような時間に1人歩きするには危ない地域ですよ。お宅までお送りしましょうか?」
神父の1人が話しかけてきた。
「いえ、結構です。歩き慣れてますし、家もそんなに遠くありませんから」
丁重に断りながらルチアはじりじりと後ろに下がる。
反対に、笑顔を浮かべながら司祭達が近寄ってきた。女司祭の1人は優雅に手を差し伸べてくる。
「そんなことを仰らずに。さぁ、共に参りましょう?」
「必要ないって言ってるでしょ?」
ルチアは持っていた袋を司祭達に投げつけ走り出した。
背後から足音がついてきているので、追いかけてきているのだろう。
(折角しばらく撒けてたのに、見つかっちゃうだなんて最低)
走りながら毒付く。
司祭の服の裏地に青が見えた。青い僧服の連中を信じてはいけない。あれは両親と繋がっている敵だ。
角を曲がり更に狭い道を選ぶ。
今は銃を持っていない。この状態で彼らの相手をするには、それなりの場所が必要だ。
人気のない場所を求め、ルチアは路地を駆けた。
◆
ルチアと、彼女を追いかけて行った司祭達の後ろ姿を認め、彼は壁から背を離した。5人の後ろに続こうと家屋の陰から出た途端、足元で銃弾が跳ねる。
「こんな往来で銃をぶっ放すなんて、危険な人がいるもんですね〜」
笑顔を浮かべたまま弾の飛んできた方を向いた。すると、街灯の届かぬ影から銃を構えた男が出てくる。
「そりゃ怖えな。俺は会わないように祈っとくぜ」
自分のことは勘定していないのか、男はそんなことを言ってくる。くすんだ金髪がしっとりしているように見えるのは何故だろうか。
「髪が濡れて見えるんですけど、雨でも降りましたっけ?」
「色男は水を滴らせてるもんだろ?」
「はぁ、そうですか。1つ賢くなりました。それじゃ、僕はこれで」
軽く手を上げ去ろうとしてみる。その足元を再度銃弾が抉った。
「どこに行くつもりだ? お前さんはうちのお嬢様に手を出そうとしてくれてるみたいだから、その事について話を聞きたいんだがな」
男は銃を下ろさない。声も、先程までより幾分低めだ。
言われている事に心当たりはあったけれど、彼はすっとぼけて首を傾げる。
「お宅のお嬢様? さて、どなたのことでしょう? 心当たりがありませんけど」
「悪いな。ド派手なピエロに白百合を貰ったって、本人から申告され済みだ」
「あちゃー。そうでしたか」
ピエロの化粧をした彼は片手を顔にあて、大袈裟に反応した。そのまま男の方を向き言ってみる。
「見逃してもらえませんかね? えーと、彼氏さん?」
「彼氏なんぞであってたまるか」
「そうなんですか? それじゃぁ、どういうご関係で?」
尋ねながら服の中に手を突っ込んだ。その行動を警戒したらしき男が発砲してきたけれど、曲芸の要領でかわす。そうして笛を取り出した。
変わらず銃弾は飛んでくるけれど、足を止めずに走り回ることで回避。笛に唇をつけ音色を奏でた。
すると、2匹のぬいぐるみが飛び出てきて男の周囲を走り回り始める。
「このよく分からん奴ら、どうやって動かしてんだよ!?」
男の標的が変わったようで、銃口がぬいぐるみを向いた。
すぐに1体撃ち抜かれる。けれど、撃たれた当人は苦しんで倒れた行動をした後、のそのそ起き上がり再び走り始めた。
その間にピエロは建物の陰に飛び込む。男の射線から逃れるためだ。
「企業秘密ですよ。真似されちゃったら、僕が仕事にあぶれちゃいますからね」
そこから様子をうかがう。
男は追いかけてこない。道の向こう側から声だけが聞こえてきた。
「じゃぁ、こいつらを動かしてる方法はいいわ。代わりに、お前達組織のことを教えてもらおうか?」
「えー? そんなこと喋ったら、僕が上司にフルボッコにされちゃいますよ。それに、話した僕の得られる報酬は?」
「俺とあいつの関係を教えてやるよ。俺はあいつの身元保証人だ」
(それって、全然情報の重さの釣り合い取れてないよね)
要求内容が無茶苦茶過ぎて舐めている。けれど、そこが面白い。
ピエロの口元が化粧ではなく笑みで歪んだ。




