10-18 未来は君のもの
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地の底から重低音が響いたと思ったら地面が揺れ、チヴィタ・ディ・ヴァニョレージョが陥没した。元々壊れていた建物がさらに傾ぎ地下へと飲み込まれていく。周辺部でも大規模な地盤沈下が起きた。
「派手にやったね〜。あれだと、本部にこもってた連中も巻き添えかな」
「だろうな。私達がおもちゃを作る場所も、ぱぁだ」
その様を、少し離れた荒野からエアハルトとユーキは眺めていた。
「まぁ、作業場はまた作ればいいからいいんだけど。あー。うるさい連中がいなくなってスッキリした〜」
ユーキが能天気に背伸びした。
そのうるさい連中がいなくなると、研究費という名の遊ぶ金が出てこないことを、彼はすっかり失念しているのではなかろうか。
「組織の人間だけ殺して、研究施設は残してくれれば一番だったんだがな。我儘は言えんか」
「施設さえ残ってれば、すぐにベリザリオのクローン作り直せたのにね」
「どっちみちもう作れなかったさ。原細胞がないからな」
エアハルトは鞄からサンプル袋を取りだした。封を開け、中に入れていた金髪を捨てる。
最初は、ベリザリオクローンから細胞を採取すればいいと思っていた。しかし、エアハルトの手から離れている間に余計な要素を入れ込まれていて、純粋なベリザリオではなくなってしまった。
ならば、今捨てた頭髪はというと、オリジナルであるジョエレの物ではあるけれど、《死神》の毒に重度に侵されていた頃のものだ。培養したところで育たずに死滅するだろう。
「あの方はそれを望んでいなかったし」
クローンを消しとばした時、ジョエレが「もう生き返ってくるなよ」と言っていた。裏を返せば、エアハルトに、もう生き返らすなと釘をさしてきたようなものだ。
それもあって、ジョエレからの細胞再採取はためらわれた。
「人の迷惑なんて気にしないで、やりたい事をするのが僕達のモットーじゃん?」
「まぁ、そうなんだが」
やりたいことの半分くらいは叶ったような気がする。
歪な形ではあったけれど、ベリザリオと共に実験はできたし、科学について話もできた。
それに、ジョエレはエアハルトのことなど忘れ去っていたようだけれど、クローンのベリザリオは覚えていた。
ル・ロゼの図書室で僅かな言葉を交わし、研究所でたまに顔を合わす程度しかしていなかったエアハルトのことをだ。
ジョエレが《皇帝》に手を取られている間にクローンの彼と話ができて、それを知った。
(多少は目をかけられていたと、自惚れてもいいのだろうか)
ならば、彼の意向にはなるべく添いたい。
有望な彼の未来を閉ざしてしまった原因にはエアハルトも噛んでいる。罪滅ぼしの気持ちもあるのかもしれない。
鞄から取り出した紙束をエアハルトは地面に置いた。それにマッチで火をつける。
「あれ? それって、ベリザリオにいつか見せるんだって、君が命の次の次くらいに大切にしてたやつじゃないっけ?」
「見せる相手ももういないしな」
他人と触れ合うのが苦手で、1人図書室にこもって勉強ばかりしていた学生時代のエアハルト。そんなエアハルトが思いついたことをノートに書き綴っていた時、横から覗き込んできたのがベリザリオだった。
今までも覗き込んできた奴はいた。けれど、最後は決まって嗤うのだ。
「こんなことありえない。馬鹿じゃねーの」
と。
彼もそんな連中の1人だろうとエアハルトは無視していた。
けれど、ベリザリオは違った。
「面白いことを考えているね。理論をまとめ終わったらぜひ読ませて欲しい。あ、でも、ここは少しおかしいな。この流れだとこうなるはずだから、また違う反応が起こるだろうね」
エアハルトに笑顔を向けて、理論の穴まで指摘してくれた。他はどうなのかと意見を求めようとしたけれど、
「おーいベリザリオ、早くしろよ。遅れるとディアーナに殺されるんだぞ」
「悪い、今行く」
彼はばたばたと去って行ってしまった。
ほんのそれだけの出会いだった。
けれど、今まで全否定されてきたものを認められたのが嬉しくて、彼のことが気になってしょうがなくなった。調べてみたら、歴代の成績を塗り替えまくっている3人の1人で、エアハルトが近寄れるような人ではなかった。
それでも諦めきれなくて、自然科学方面でベリザリオの後を追った。
長い年月をかけて論文をまとめ、少しずつ手入れもした。
読んで意見をもらいたくて、彼のクローンを作るなんて暴挙にも出た。
けれど、それももう終わりだ。
燃えて灰になった紙束をエアハルトは踏みつけた。そのままヴァニョレージョに向けて歩きだす。
「これからどうするのさ?」
「好きにすればいいだろ」
「まずはパトロン探しかなぁ」
ぶつぶつ言いながらユーキがついてくる。
変人には変人が寄ってくる法則でもあるのだろうか。
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部屋に差し込む光でルチアは目覚めた。
軽く背伸びをしてベッドから出て、髪に手櫛を通しながら台所へ降りる。コーヒーメーカーに水を入れ、ドリップしている間にパンに生クリームを挟んだ。気持ち、いつもより多目に。
(昨日大変だったし、ジョエレってば怪我してるんだから、栄養とらないとね)
できた物はバスケットに入れ、クッキーと一緒に机に置く。そこまで終わると未だ起きてこない男達を呼んだ。
「ジョエレ、テオー。ご飯できたよー」
ドリップの終わった珈琲と牛乳をマグカップに注ぎ入れて、それぞれの座り場所に置く。
「おはよ」
「おはよう、テオ」
欠伸をしながらテオフィロが降りてきた。自分の席に座った彼は部屋を見回す。
「ジョエレまだ寝てんの? 珍しいね」
指摘通り、ジョエレが最後まで出てこないのは珍しい。
疲れが溜まっていて眠いのかもしれない。けれど、今日は病院に行かねばならないのだ。きちんと起こしてご飯を食べさせないと、何事も始まらない。
ルチアは勢いよくジョエレの部屋に突撃して、
「ジョエレ、病院に行くんでしょ! 起きてご飯食べ――あれ?」
誰もいなかったせいで言葉を失った。
「どうかした?」
すぐ後ろにテオフィロも様子を見にきている。
「ジョエレいないみたい。傷が痛すぎて、我慢できなくて病院に行ったのかな?」
「ありそう。あいつ意地っ張りなくせに根性ないから」
「どうせなら、最後まで意地張り通せばいいのにね」
いつもいつも、最後で必ず気合の抜ける馬鹿をやらかすのだ、彼は。ちょっと格好いいかもと思ってもそれで冷める。
なんというか、色々もったいない。
「いないならいいや。さっさとご飯食べちゃお」
これまでも、何も言わずにジョエレがふらりといなくなる事はあった。けれど、そのうち戻ってきてけろりとしているのだから、一々気にしていたら白髪が生える。
今回もそうだろうと思って、ルチアはそっと扉を閉めた。
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扉の閉じられた部屋の机に4通の手紙が残されている。
宛名はそれぞれ、ルチア、テオフィロ、ダンテ、ステファニア。
手紙が発見されて若者達が騒ぐのは、もう少し先の話……。
最後までお読みいただきありがとうございました。




