10-16 戦いの終わり
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黄昏時も過ぎ去り、星が輝きそうになる直前で還幸会は退いて行った。
「ようやく帰りやがったか」
地に刺した剣に体重を預けて立っているのすらダルい。ジョエレは地面に座り込んだ。支えを失った剣がからんと倒れる。
艶やかな黄金色の剣が赤黒く染まっていた。うずくまるジョエレにしても、剣と遜色なく、頭の天辺からつま先まで汚れている。
ジョエレだけでなく、周辺で座り込む誰もが大地まで血みどろだった。
「バルトロメオ生きてるか?」
「無論だ」
仰向けに転がっているバルトロメオだが、意外と声に力がある。ジョエレより、よほど体力が残っているのではなかろうか。
それだけ言葉を交わした後は黙って過ごす。
しばらくして、バルトロメオが急に起き上がった。
「報告をしに帰らねばならんな」
「俺家に直帰するから、《不滅の刃》だけ任せ――」
「お主も行くに決まっておろうが。それに、教皇庁ではテオフィロ・バンキエーリ達もお主を待っているだろうしな。ほら、行くぞ」
そう言って、彼は勝手にジョエレに肩を貸し立ち上がらせる。
「訓練で手を抜くから体力切れなど起こすのだ。これからはもう少し真面目に取り組むのだな」
「模擬戦で、お前が俺に勝てたら考えてやるよ」
「ぼろぼろのくせに口だけは達者なままだな」
それから説教が続き、最後はオルヴィエートから乗って来たジープに放り込まれた。何も言わずにバルトロメオが運転してくれているのは、彼なりの気遣いなのかもしれない。
「もっと丁寧に運転しろ。俺が吐く」
「文句しか言えんのか!」
余計な事を言ったからか止んでいた説教が再び始まる。教皇庁に着くまでずっとうるさかった。
教皇庁では職員が走り回っていた。
血みどろのジョエレ達を見て病院へ行くよう言ってくる者もいたけれど、断って教理省長官室へ向かう。
目的の部屋の扉は開け放たれていて、人がひっきりなしに出入りしていた。ちらっと中を覗くと、警察隊や治安維持軍の隊長クラスの面々が見える。
見えていたのだが、さっさとおさらばしたい一心でジョエレは話に割りこんだ。
「おいレオナルド、仕事終わったから帰――」
「お前の相手は《十三使徒》と共にする。揃うまで待て」
最後まで喋り終わる前にレオナルドに流された。
肝心の《十三使徒》の姿はまだ少ない。
集合するまでには確実に時間がかかる。けれど、待機命令を無視して帰った日には怒られそうだ。
仕方ないので時間つぶしがてらシャワー室に向かった。身体と共に服も洗ってできる限る絞る。それでもびしょ濡れだったけれど、血みどろの時よりはさっぱりとなった。
長官室の片隅で休んでいると《十三使徒》が全員揃った。開戦前と違いジュダの顔もある。
レオナルドは《十三使徒》以外の者を退出させ、扉を閉めた。
「まずはご苦労だった。人数的に苦しい戦いであったようだが、よく勝利してくれた。そして、全員が生きて戻ってきてくれた事を嬉しく思う」
レオナルドが一同を見回し笑みを浮かべる。言ってはなんだが、彼のあの顔は珍しい。
「だが、重傷者もいるようだな。医務室、病院共に優先して治療を受けられるよう手配してある。諸君の代わりはいない。休暇を言い渡す。しばし休養して身体を休めるように」
「あの、長官。始末書の提出期限はないのでしょうか?」
馬鹿正直にアンドレイナが余計な事を言いだしてくれた。
「いい。今回の罰則は私が引き受ける。だが、書きたい者は書いてもいいのだぞ? 誰とは言わんが、《穿てし魔槍》を80、《不滅の刃》を90パーセント運用した馬鹿もいたようだしな」
レオナルドがジョエレを向く。つられてか《十三使徒》の視線も集まった。
なんとなくジョエレはそっぽを向く。
始末書なんて書きたくない。きっと、目を合わせて待っているのは地獄だ。
「まぁいい。ひとまず今はこれで解散だ。休暇日数は追って連絡する。還幸会が再度攻めて来た時は緊急招集をかけるが、そこは許して欲しい」
レオナルドがぱんぱんと手を叩いた。
全員それぞれに動きだす。
ジョエレはレオナルドの元に行き、執務机の上に《不滅の刃》を置いた。
「返す」
「ご苦労だったな。それに、アレの件は、気を遣ってもらってすまなかった」
アレと伏せられてはいるがメルキオッレの事だろう。テオフィロ達は無事仕事をしてくれたようだ。
「お前の所の2人は第二応接室にいてもらっている。迎えに行ってやるといい」
小さく頷きジョエレはきびすを返そうとした。そこを、バルトロメオに腕を掴まれる。
「待たんか。長官、こいつの正体はベリザ――」
「バルトロメオ」
バルトロメオの発言をレオナルドが遮った。
「その件を話題に上げる事は禁止する。これまでと変わらず扱うように。部下達の中にも知っている者がいるのなら、よく言い聞かせておくのだぞ」
さっさと出ていけと言うかのようにレオナルドが視線を送ってくる。これ以上絡まれても面倒だったので、ジョエレは退室した。
第二応接室に行ってみると、ルチアとテオフィロはソファで船をこいでいた。2人も血で汚れていたはずだが、服も変わってこざっぱりしている。
待っている間にシャワーを借りて着替えたのだろう。
「お前らいいご身分だな。ほれ、起きろ。帰るぞ」
ぱーんぱーんと軽く頭を叩いて2人を起こした。
「ふぇ。あ、ジョエレお帰り。なんか湿ってるね」
目をこすりながらルチアが見上げてくる。
「結構酷い怪我してたよね? 病院行った? それとも今から?」
「まだだけど、今病院行っても混んでるだろうしなー。待つの嫌だし、さっさと帰ってだらけようぜ」
「ジョエレが我慢できるならいいけど。明日はちゃんと病院行くんだよ?」
「へいへい」
そんなやり取りをしながら教皇庁を後にした。
「今晩ご飯どうしよっか?」
道を歩きながらルチアが聞いてくる。
「外で食って帰ればいいんじゃね? ルチアも疲れてるだろうし」
軽い調子でテオフィロが返した。
「おいおいおいおい。お前ら俺の格好が見えてないようだな。異端審問官の格好した奴が飯屋なんて行ったら、浮きまくって仕方ないだろ。家でのルチアちゃんの飯を所望するね、俺は」
それに、シャワー室で強引に洗っただけの服は濡れたままなのだ。店だってそんな客嫌だろう。
ルチアとテオフィロがジョエレの上から下に視線を動かし、2人で頷く。
「ジョエレ、あたし達買い物寄ってくから、先に帰っててよ」
「その方がシャワーも取り合いにならないしさ」
そう言って、2人して道を逸れていった。
別れた後は1人でさっさと家に帰る。
自分以外誰もいないのをいいことに、家に入るとすぐに下着まで全部脱いでゴミ袋に放り込む。血を吸いまくったガーゼも共に捨てた。
傷口を濡らさないように注意しながらシャワーを浴び、新しいガーゼを傷に当てる。薬箱の鎮痛剤を水で流し込んでおいた。
ソファに転がっているとルチア達も帰ってくる。
いつものように食事をして、くだらない話をして。さすがに疲れていたのか、若者2人とも早々に部屋に上がっていった。
ジョエレも自室に引っ込み、書き物机の引き出しから便箋を取り出す。手紙を4通したためペンを置いた。
部屋着から外出用の服に着替えると、棚の写真立てから中身を取り出し、ジャケットの内ポケットに入れる。
「あばよ」
魔杖カドゥケウスと銃、財布だけ持って家を出た。




