10-11 約束
続いて繰り出されてきたベリザリオの突きを、ジョエレはあえて動かず受けた。脇腹を抉られたけれど、服がいい感じに槍の柄にまとわりついている。
狙い通りベリザリオの返しが遅れた。生じた時間でジョエレは《穿てし魔槍》の柄を掴む。
「お前がどれだけ世界が憎くても、全員消されたら困んだよ。捕まえるのに苦労させやがって」
槍を引くと、釣られてベリザリオが前のめりになった。けれど、無駄に戦闘センスがある。流れに逆らわず間合いを詰め、蹴りを放ってきた。
蹴り飛ばされながら、ジョエレはベリザリオの右腕を切断する。ガランと音を立てて《穿てし魔槍》が地面に落ちた。
(これならさすがのこいつも動けなくなるだろ!)
と、ほのかに期待していたジョエレだったけれど。
残念ながらベリザリオの動きは止まらない。大して表情も変えずに首掛け布で切断部を縛り、それが終わると逆の手で槍を拾おうとまでしてきた。
法衣の彼がその行動に要した時間はほんのわずかだ。けれど、大きな時間だ。
応急処置がなされている間にジョエレは立ち上がり槍へと走った。ベリザリオの指が柄に回りきる前に槍を蹴り飛ばす。ついでに中腰だったベリザリオにも蹴りを入れておいた。
信じられないくらい綺麗に蹴りが入り、ベリザリオが倒れる。
奇襲を警戒しながらジョエレは《穿てし魔槍》を拾いに行ったけれど、その間もベリザリオは動かない。それどころか法衣や地面に血が滲んできていた。汚れている場所的に、腕からの出血だけではない。
ジョエレは《不滅の刃》の励起を解き納剣し、槍を片手にベリザリオの側へ寄った。
「ざまぁねぇな」
「弱い身体だ。所詮作り物ということか」
ベリザリオの顔が上を向く。目は真っ赤に充血し、片方からは細く血の筋が流れていた。
(〈彼方なるもの〉の負荷に身体がもたなかったのか)
拾った《穿てし魔槍》の励起レベルは80パーセント。この上《女王の鞭》まで高励起した状態で大技を放っても、昔は、槍を持つ手が少し裂けた程度だった。
様子から推察するに、今のベリザリオは身体のあちらこちらで血管が損傷している。促成された故に身体が脆い。それが理由だろう。
「言い残す事はあるか」
クローンの彼の顔元にジョエレは槍を突き刺した。こちらを見つめるベリザリオの表情が柔らかくなり、口が開きかける。
けれど、
「その決着、ちょっと待ってくれたまえ」
彼が何かを言う前に別の声が割り込んできた。
ジョエレは声の方に顔を向けてみるけれど、そこには誰もいない。おかしいと思いながら周辺に目を凝らすと、10メートルほど離れた場所の景色が急に歪んだ。
そのまま見ていると歪んだ空間から3人出てくる。以前のエアハルトのように、光学迷彩系の布でも被って潜んでいたのかもしれない。
3人の中心にいるのはスーツに山高帽を被った男。見覚えは無い。けれど、光学迷彩布を使っているくらいなので、還幸会の人間なのだろう。
「知ってるか?」
近くに寄ってきていたエアハルトに尋ねた。
「《皇帝》ですね。一応、組織の幹部です」
一応という言葉をエアハルトは強調した。《皇帝》を見る視線には侮蔑の色が濃い。
理由はジョエレにもわかる。
《皇帝》の足元後方に縄で巻かれたテオフィロが転がっていた。腕で抱き込んで拘束しているルチアの顔にはナイフを当てている。
人質をとってこれ見よがしに見せつけてくる輩など、下衆以外の何者でもない。
「奇遇な所で会うな」
ジョエレがルチアに目を向けると、彼女は引きつった笑みを浮かべ、もぞもぞと動いた。同時に、彼女達の方から、キィイインとでも形容するような不快音が聞こえてくる。
「んだよ今の」
「お嬢さん、スピーカー音量を大きく弄るのは止めてくれたまえ。うるさくてかなわん」
《皇帝》が顔をしかめ、そのくせ、ジョエレ達に対しては尊大な態度で接してきた。
「君達の会話は全て聞かせてもらっていたんだよ。王者たる者、どんな情報であろうとも無駄にはしないものだ。もう隠れて聴く必要はなさそうだが」
最初はダブって聞こえていた声もやがて普通になる。
スピーカー音量を戻したか、もはや隠れ聞く必要が無くなって切ったのかもしれない。
(てか、マイクどこに仕掛けてたんだ? ……って、ベリザリオの監視が主な目的とかならこいつに付けられてんのか。本人は知らんかもしれんけど)
ちょっと探してみようかとジョエレが動こうとしたら、
「おっと、変な動きはしないように。可愛い彼女を傷物にはしたくないだろう?」
即静止の声が飛んできた。ジョエレが動きを止めても《皇帝》はルチアからナイフを離さない。
「要求はなんだ」
「槍を《世界》に返してくれたまえ。その上で、君にも《愚者》としてうちの組織のために働いてもらおう。ベリザリオが2人だぞ? 名前や姿を出すだけでもいい仕事をしてくれそうだ」
「さすが裸の王様。労せず美味しい所だけかっさらっていきますね」
冷ややかにエアハルトが嘲笑した。
「なんとでも言うがいい。最後に結果を出せた者が勝者なのだよ」
《皇帝》が勝ち誇った笑みを浮かべる。
その後ろでテオフィロが動きだした。巻かれている縄を軽々解くと、そろそろ立ち上がる。そして、無言でジョエレに目配せしてきた。
「お前調子こいて笑ってるけど、こいつ、さっさと治療してやらんと出血死すんぞ。こんな奴に槍が扱えるとも思えねぇから、くれてやるのはいいけどよ。あー。でもなんかもう面倒くせぇな。こいつ殺して俺も死のうかしら」
青年の意図はわかったので、《皇帝》の意識を引きつけるようにジョエレは話をつなぐ。ちょっと槍を持ち上げてやったら、狙い通り《皇帝》がこちらを凝視してきた。
そんな《皇帝》の背後からテオフィロの手が伸び、ナイフを握る左手を捕まえる。
「ルチア!」
「テオ、ナイス!」
《皇帝》の腕の中でルチアが暴れ、彼の顔に指を向ける。
「あたし達を脅迫の材料に使うだなんて、ふざけた真似してくれるじゃない」
突然《皇帝》が眉間から血を噴き倒れた。
ジョエレは慌てて彼女達の元に駆け寄る。
《皇帝》は既に事切れていた。何かをしたように見えたルチアは、
「もー。髪と服、血で汚れちゃったじゃない」
などと、普通の様子で苦情を垂れ流している。
「2人とも怪我はねぇな? なんでここにいるのかとか今は聞かねぇけど。ルチア、今、何をした?」
ジョエレが尋ねると、ルチアは気まずそうに胸の前で指遊びをし、少しして空を指した。
かと思うと、指先からは細い糸がふわふわと出てきている。
あらぬ方向を見ながら彼女は話し始めた。
「あたしね、糸が出せるの。やろうと思えば人を殺せるタイプのやつも。って言っても、出せるようになったのは元気に動けるようになってからなんだけど」
(マジか!?)
気付けばジョエレは彼女の手を掴んでいた。手のひらを観察してみたが、普通の女子の小さな手だ。
出せるようになった時期が復調と連動しているのなら、導入した遺伝子の何かが悪さをしているのだろう。しかし、生命維持が絡んでいる分、治療の手が出しにくい。
「これ、他の人に絶対言っちゃ駄目だからね! ジョエレの話、なんか勝手に聞いちゃったから……だから、代わりに教えたんだから。お互いに内緒の約束」
ルチアが両手の人差し指を交差させ、2度キスする。
「約束します。ジョエレは?」
お前も誓えとばかりにルチアが見上げてきた。
ジョエレは槍を脇に挟み、彼女と同じジェスチャーをする。
「へいへい。誓いますよ、と」
「よろしい。もちろんテオもね」
もれなくテオフィロも誓いを立てさせられていた。
その間に、ジョエレは受信機を見つけ出して破壊する。《皇帝》はもういないけれど、知らない所で会話が筒抜けというのは気持ちの良いものではない。
「さてと。変な横槍が入ったけど、本筋に戻るかね」
念のため《皇帝》の胸に1度槍を突き立てきびすを返した。ルチアとテオフィロもついてくる。戦場に一般人がいるのはどうかと思うのだが、今の状態だと、下手に離れているよりは、近くにいる方が幾分か安全かもしれない。
「お前らさ。俺達の話、どこら辺から聞いてたんだ?」
ベリザリオの元へ戻りながら聞いてみた。
「たぶん最初から。あの人がジョエレのクローンとかなんとか」
(見事に最初からだな。正体ばれちまったかぁ)
ルチアはベリザリオが嫌いだと以前言っていたから、少し居心地が悪い。彼女と顔を合わせにくくて、ジョエレは前を向いたままで喋る。
「まぁ、そういうことだから。俺と暮らすのは嫌だろうし、好きに出ていっていいぞ。気にしたりしないからな」
「そんな事言わないでよ!」
ルチアがジョエレを叩いてきた。指の一部が怪我をしている所に触れて、ジョエレに突き抜けるような痛みが走る。思わず傷口を押さえ呻いた。
「そこは、抉れてる所」
「あ、ごめん」
慌てたルチアが赤く汚れた自分の指を見て顔をしかめた。そろそろと伸ばされてきた手は、今度はジョエレの服の端を掴む。
「ベリザリオは嫌いだけど。あたしにとってジョエレはジョエレなの。下品で、意地悪で、でも、ほんのたまーーーーに優しいロクデナシなの」
「ひでぇ評価だな、おい」
「だからね、出て行かないよ。さっさと仕事終わらせて、家に帰って、また3人でご飯食べようよ」
そう言って笑いかけてきてくれた。
「そうだな」
ジョエレの口元にも自然と笑みが浮かんだ。




