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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅹ.超人座せし世界の特異点

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10-9 《世界》の座に君臨する魔王

 ◆


 鉄道も異常に気付いたようで、ジョエレ達が駅に集合した時にはすっかり止まっていた。けれどそれでは困る。バルトロメオの権力を傘に、なんとかオルヴィエートまでは運んでもらった。

 オルヴィエートに着いたら、これまたバルトロメオに観光バスと所轄のジープを徴発させ、チヴィタ・ディ・バニョレージョまでの足も確保する。


「いや〜。お前連れてきて良かったわ。権力様々だな」

「お主本当に一般人か? やる事に躊躇がなさすぎだろう」


 荒野でバスから降りながらバルトロメオが呻いた。後続のジープも続々到着していて、兵が降りてきている。


 そちらの面倒はバルトロメオに丸投げし、エアハルトを伴ったジョエレはチヴィタを眺めた。

 以前も本営が置かれていた丘は、チヴィタからほどよく離れている上にあちらの様子がよく見える。

 ぱっと見た感じ、チヴィタの周囲に部隊は見られない。


「あそこに地下なんてあんのか?」

「ありますよ。昔の小競り合いの時にベリザリオ卿が町を壊した時、偶然地下への道が露出したらしいですね」

「またあいつが原因かよ。ったく、ろくなことしてねぇな」


 ぼやきながら足を踏みだす。

 振り返り振り返りしながらエアハルトもついてきた。


「あちらの彼達は放置でいいんですか?」

「あいつらオマケだし。馬鹿とはいっても、バルトロメオだって《十三使徒ナンバーズ》の1人なんだ。どう動くべきかは自分で判断できるだろうよ」


 背後から聞こえるバルトロメオの怒鳴りは無視してチヴィタに向かう。


「お前さ、ベリザリオの原細胞どこで採取したんだ?」


 歩きながら問いかけてみた。


「原細胞ですか? ベリザリオ卿の専用実験室で身元不明の重症人が出た事がありまして。そのごたごたに紛れて、部屋に落ちていた髪を少々。それが何か?」

「別に」


 アウローラと同じようにオルヴィエート郊外で襲われたタイミングでかと思っていたけれど、違ったらしい。

 ベリザリオ専用の実験区画に落ちていた頭髪が元になっているのなら、おそらく、人生に絶望していた頃の自分が再生されている。

 それが、そこはかとなく不安だ。


「ジョエレ・アイマーロ! 某だけ置いていくとは何事だ!」


 チヴィタまで数百メートルになった辺りでバルトロメオが追いついてきた。全力疾走してきたのか、後ろの兵達は若干息が上がっている。


「追いついたからいいじゃねーか。会敵するまでに兵の呼吸戻しとけよ」

「呼吸?」


 バルトロメオが後ろを振り向き、ぽかんと口を開けた。


「お主ら何故にこれしきで息を上げているのだ!」

「お前が考えて動けよ」


 全く疲れた様子を見せない異端審問官にジョエレは呆れ、一瞥する。

 前方に顔を戻すと、チヴィタから続く橋を歩いてくる人影が見えた。青い法衣と金髪が風になびく。手に持っているのは聖遺物である槍。

 互いに歩を進め、荒野で向かい合って視認できた顔は、ムカつくほどにジョエレと同じだ。


「あなたの予想通りでしたね」

「嬉しかねぇけどな」


 けれど、ヴァチカン攻めに参加されるよりは良かったかもしれない。クローンとはいえ、ベリザリオの起こす迷惑から一般人を遠ざけられるから。


「そこまでだ」


 ジョエレと全く同じ声で法衣の男が言った。


「君達には恨みも面識もないのだが、それ以上進むようなら排除しなければならない。引き返してもらえないだろうか」

「あっそ」


 言葉を無視してジョエレは進む。すると、足元を閃光が穿った。

 前方では法衣の男が《穿てし魔槍(ゲイボルグ)》を掲げている。


「どうにも身体が言うことを聞かなくてね。そう何度もは外せない」


 発言に嘘は感じられない。これ以上は危険そうだったので、ジョエレは2歩さがった。ちょうどそこにエアハルトがいたので尋ねる。


「クローンって自由ないのか?」

「暗示でもかけてあるんじゃないですかね? 通常なら暗示にかからないような人でも、半覚醒状態なら落とせますし。ちょっと失礼」


 エアハルトがジョエレの真横まで出てきて、まじまじと法衣の男を見つめた。


「つかぬことを伺いますが、あなたのお名前は?」


 法衣の男がわずかに首を傾げる。


「ベリザリオ・ジョルジョ・デッラ・ローヴェレ。組織では《世界イル・モンド》と呼ばれている……らしいな」

「お歳は?」

「31」

「奥様はお元気ですか?」

「……」


 ベリザリオの表情が歪んだ。空色の澄んだ瞳に、悲しみのような、憎しみのような色が混ざる。

 それに気付いていないのか、エアハルトは嬉しそうな顔をジョエレに向けてきた。


「聞きました? これまでの受け答えといい、記憶といい、うまい具合にあの方を再現できていると思うんですが」

「再現できてる予感があったなら、質問くらい選びやがれ!」


 ジョエレは慌ててエアハルトを押し飛ばす。直後、金髪眼鏡のいた場所を閃光が抉った。


「ベリザリオにアウローラの話題は厳禁だ。エルメーテの話もな」


 死ぬことだけを考えていたあの当時、何をしても渇いていたのに、2人の話題だけは心を抉り続けた。予想通りなら、下手な話題選びはベリザリオの逆鱗に触れる。

 危険は避けるに越したことはない。


「よー、ベリザリオ」


 《不滅の刃(デュランダル)》を抜刀しつつジョエレは話しかけた。


「お前、死にたくて仕方ねぇんじゃねぇの? その槍で自分突けば余裕で死ねるぞ」

「よくわかったな。そうしたいのは山々なんだが、自殺行為は禁じられているらしい」

「そうかよ。無様だなぁ。自由はなく、死すら選べねぇなんてな」


 もう1人の自分を皮肉げに見やる。

 名乗った時といい、自分がおかしな事を言っていると気付かないのだろうか。

 意識レベルで行動を制限されている状態は明らかに異常だ。それを認識していながら、不思議がっている様子がない。

 憎いはずの組織の幹部として収まっている自分に不信を抱いている様子もない。


 最初持っていた記憶は本人オリジナルとほぼ同じものだったとしても、付け足された部分のせいで色々なものが狂っている。

 どんな精神状態になっているのか見てみたいくらいだ。


 ジョエレがフードから顔を出すと、ベリザリオが目を細めた。


「今、自分と似てるって思っただろ? 俺もお前を見た時思ったぜ。そりゃそうだよな。お前は俺のクローンなんだから」


 周囲がざわつく。無視してジョエレは《不滅の刃(デュランダル)》を掲げた。


「ベリザリオ・ジョルジョ・デッラ・ローヴェレの名の下命じる、目醒めよ《不滅の刃(デュランダル)》!」


 剣の制御システムとのリンクが成立した瞬間、刀身を淡い黄金の光が覆う。


「来いよ。人様にご迷惑をかける前に俺が殺してやる」


 ベリザリオの視線が励起した剣、そして、ジョエレへと移動する。


「私が、お前のクローン?」

「ジョエレ・アイマーロ! どういう事だ、説明しろ!!」


 前からも後ろからも質問がうるさい。個別の質問はとりあえず放置だ。


「聞いたか? ベリザリオ。今の俺はジョエレ・アイマーロと呼ばれてる」

「ふざけた名前だな」

「だろう? この名前を付けたのディアーナなんだぜ。あいつ、ほぼ全身腐って死にかけてた俺を蘇生させたかと思ったら、ベリザリオを戸籍上殺して、この名前を押しつけやがって。いい根性してるよな」


 エルメーテとアウローラが生きていて、ディアーナも含めて4人で共に出かけた最後の時。生まれてくる子供にと、戯れで考えていた名前がジョエレだった。

 その名前をディアーナがジョエレに与えた理由は、今となっては永遠に聞けない。


「ってことで、文句があるなら直接あいつに言え。死んでな」

「できれば生きたまま会いたいんだが?」

「会えない」

「なぜ」

「……」

「……まさか、死んでいる?」

「2週間ばかし前にな。お前ん所の《教皇イル・パーパ》が殺していったぜ」

「そうか」


 ベリザリオが静かに目を伏せた。


「結局、私は何も出来なかったのだな。友を殺し、妻子を殺し。せめて守りたかった残り1人の友すら守れなかったのか」


 言っているのはベリザリオだが、それは、ジョエレの後悔そのものだ。皆の前では平気なふりをしてきたけれど、言葉に出されてしまうと心に刺さる。


「私よ」


 開いたベリザリオの瞳がジョエレを捕らえていた。


「私は世界が憎い。世界は私に求めるばかりで、私が苦しんでいようと手を差し伸べてはくれなかった」


 抑えた声音で発せられた言葉に、ジョエレの背に鳥肌が立った。


「神は、なぜ私から大切な者達を奪っていかれるのか。教皇庁も1度たりとも私達を守ってはくれなかった。枢機卿でありながら信仰を軽んじたのがいけなかったのか? 心から神を信じていれば、大切な者達を守ってくださったのだろうか」


 吐き出されている想いはジョエレも持っていたものだ。

 ただ、表に出さずにすんだだけ。

 横でディアーナが尻を蹴り飛ばしてくれたから。ダンテとステファニアが手を焼かせてくれたから、そんな気持ちに目を向けている余裕もなかった。

 お陰で1番苦しい時期を乗り切れ、今、馬鹿をしていられる。


「吐き出せばいいんじゃね? そんな想いを抱いたままだと怨念凄そうだしよ。俺が受け止めてやるから、すっきりして死ね」


 ベリザリオを見返し剣先を向けた。一瞬きょとんとしたベリザリオが微かにうつむく。


「ふふ……」


 しばらく後には笑い声が漏れてきた。最初小さかった声は段々大きくなり、しまいには、ベリザリオは腹を抱えて笑っている。


「ははははっ! 私が止めてくれるというのなら心強いな。ならば、今から枢機卿としての私は捨てよう。聖母還幸会の幹部《世界イル・モンド》、世界の敵として、これより腐った世界の全てを浄化する。大切な者達を奪った世界よ、赤子であろうとも、最後の1人まで死につくすがいい」

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