10-7 今そこにある危機 Parte4
「ちょっと失礼」
ディスプレイに置いたままのジョエレの腕をエアハルトがどけた。彼はそのまま画面を食い入るように見ていたけれど、ふっと距離を置く。
「《戦車》はいるのに、彼がいませんね」
「彼?」
部屋にいるほぼ全員がエアハルトに顔を向けた。
エアハルトはなぜかジョエレの方を向き、柔らかく笑う。
「私ですね、最近ベリザリオ卿のクローンを作ったんですが」
「正確には完成間近だったけどねー」
「うるさい。まぁ、その大切な作品をですね、逃げる時に置いてきてしまったんですよ。ユーキの《戦車》を出してくるくらいなら、彼も出してきておかしくないと思うんですけどねぇ。《穿てし魔槍》を持たせれば、結構な火力になるはずですし」
「ベリザリオに《穿てし魔槍》だと?」
年長の《十三使徒》が苦い声をだした。
目は見開かれていて、唇がわなわなと震えている。
「蘇らせたというのか? あれは、我々といえど簡単に止められるものではないぞ。奴が本気で牙をむけば万の兵だろうと一瞬で溶ける。昔、人的被害が無かったのは、人が標的にされなかったからだけだからな」
「そこまでなのですか?」
「戦場での奴を一目見ればわかる。普段は穏やかな雰囲気で誤魔化していたが、あれは戦神そのものだ。なぜ国務省にいるのか分からんくらいのな」
明らかに怯えている彼を若い者達は怪訝そうに見ている。
知らないから恐れずにすむ。ある意味幸せだ。
「お前結局作っちまったのか」
ジョエレは別に怯えも何もしないけれど、ただ呆れた。
「手に入らなければ作ればいいだけでしょう? 幸い私は、あの方が失踪された時の毛髪を持っていましたしね」
「面倒臭えもん作りやがって」
正直な感想だった。
憧れ、科学への探究心。どちらも持っているのは素晴らしいけれど、作るものくらい選べと言いたい。
「アウローラのクローンがあんだけ不安定だったんだ。ベリザリオだけ安定しているわけがない。いくら強力でも、そんな奴を目の届かない所に投入したりしねぇよ。ヘマしたら《穿てし魔槍》まで失うしな」
「では」
「いるならチヴィタだろうな。なぁに、そっくりさんの縁で俺が始末してやるよ。ドッペルゲンガーと出会ったら、殺さなきゃこっちが死ぬらしいし」
自分の分身を殺す気持ちを、エアハルトは考えなかったのだろうか。
(ま。興味が湧いたら色々無視しちまうのは俺なんかも同じだから、人の事言えねぇか)
だから、興味の赴くまま、魔杖カドゥケウスなんていう物まで作った。今はジョエレが管理しているからいいものの、下手に世に出たりしたらちょっとした事件の代物だ。
多少悩みはしても、倫理や法律の壁を飛び越えがちなのは、科学者の性なのかもしれない。
ジョエレが苦々しく思っていると、《十三使徒》の1人が近寄り凄んできた。
「貴様。長官が多目に見ているからといって、先ほどから口が過ぎるのではないか?」
「止めぬか。アイマーロに関してはそのままでいい。本人が嫌がってるのを無理に引き止めてるのはこちらだからな」
レオナルドの一言で彼はしおらしく退がる。けれど、目は明らかに不服そうだ。彼だけでなく、不満を持っているらしき空気を数人が発している。
レオナルドもそれを感じたのか、手を叩いて注目を集め、
「彼はある意味、この敵と最前線で向かい合ってきた人物だ。我々より知っていることも多かろう。意見は最大限尊重すべきだ」
言い放った。周囲が落ち着くと、レオナルドはジョエレに向き直る。
「供をつけると言っておいたな? 本当はバルトロメオとアンドレイナを考えていたのだが。アンドレイナはこちらに残す。1人しかつけられなくてすまぬな」
「なんならこいつもヴァチカンの守りに回してもらっていいけど?」
ジョエレがバルトロメオを指すと、レオナルドは苦笑する。
「そう言うな。バルトロメオ1人でも連れていれば何かと便利であろうよ。あと、これを」
その上、執務机の上に置かれていた金色の剣を手に取りジョエレに差しだしてきた。
これにはさすがのジョエレも驚いたけれど、《十三使徒》にしても同じだったようだ。
「《不滅の刃》を貸し出すと!? 励起もできぬのにですか!?」
「って言ってるけど」
「知らぬ。《穿てし魔槍》相手にはこれがなくてはきついだろうからな。先に言っておくが、お前がこれを使うところを私は見れぬからな。ヒラ局員のお前が励起できたりしても関知しない」
(こいつ、俺のこと気付いてるんじゃね?)
剣を受け取りながらジョエレは思った。
だから、ディアーナの部屋にベリザリオの指紋があっても触れてこなかった。《不滅の刃》も簡単に貸し出してくる。
いつからバレているのかは分からないけれど、今は確実に分かって行動している。
(融通の利かない堅物かと思ってたけど、意外と狸じゃねぇか)
ジョエレの正体に気付いてもレオナルドの態度は変わらなかった。血は争えないというか、こう見えて、レオナルドも曲者な部分があるようだ。
けれど、嫌いじゃない。
集団のトップに立つ者はそれくらいの方が良いことも多い。
レオナルドの評価をこっそり上方修正して、ジョエレは薄く笑った。
「んじゃま、《不滅の刃》とバルトロメオ借りてくな〜。ユーキの事頼むぜ」
部屋を出るジョエレにエアハルトとバルトロメオがついてくる。
「ジョエレ・アイマーロ、色々説明しろ。某は何も知らぬのだぞ!」
「何も糞もねぇよ。こっちでレオナルド達が敵さんの大軍勢を引きつけてる間に、俺らで向こうのボスの首取るだけ。途中に中ボスいるみたいだけどな」
「だいたいそいつらは信用していいのか!? こいつにしても、局長をそそのかした輩ではないのか!」
耳元で騒がれるのが煩わしくて、ジョエレは耳を押さえた。
「ぎゃーぎゃーうるせえな。そんなの俺も知らねぇよ。本人に聞け。ああ、あと、取りに帰りたいもんがあるから家に寄ってくぞ」
話を聞いているのかいないのか、バルトロメオは今度はエアハルト相手に吠えている。短絡的で扱いやすいのはいいのだが、これはこれでうざい。
「そういやバルトロメオ。お前、治安維持軍の指揮権持ってるよな。兵達どうすんだ?」
「もちろん連れていくが」
「それって何人よ?」
「2千人だな」
答えを聞き、ジョエレはこけかけた。
「500人まで減らして残りはレオナルドに預けてこい」
「戦力は多い方が良いだろうが!」
「そんなに大人数移動する方が大変だわ!」
吠えるバルトロメオにジョエレも吠え返す。
登庁するまでの街に混乱は見られなかった。きっと、鉄道網はまだ生きている。それを使えば1度に大人数も動かせるけれど、2千人規模の集団は目立ちすぎるのだ。
こちらまで還幸会の標的にされたら対応が面倒くさい。
「だいたい、《穿てし魔槍》は広範囲殲滅が得意な武器なんだぞ。数なんて役にたたねぇよ。むしろ雑魚は足手まとい。いない方がマシ」
戦略級殲滅兵器《穿てし魔槍》。使いようによっては、戦況をひっくり返せるだけの力を持った聖遺物が相手なのだ。
けれど、チヴィタ防衛に当たっているのがベリザリオだけとは限らない。雑魚も多数配置されているなら、その対応用に人手は欲しい。
両方は並び立たないのが苦しいところだ。
「んじゃ、そういうことで。駅で集合な」
「私はどうすれば?」
のほほんとエアハルトが聞いてきた。
「お前は俺と一緒に決まってんだろ」
彼を家に連れていくのは気が進まないけれど、目を離しておくわけにもいかない。
(つーか、手紙届いてる時点で家割れてるじゃねーか)
今さら気付いて、何もしていないのに疲れた。




