10-4 今そこにある危機 Parte2
貧民街の隠れ家から出て少し歩き、ジョエレは足を止めた。
(とりあえず家に帰るか)
数百年放置されてきた化石を動かすにはそれなりに前準備がいる。ユーキやエアハルトも落ち着いていたし、まだ慌てるほどの段階ではないのだろう。
とりあえずは教皇庁との繋ぎだ。今までならディアーナに投げるだけでよかったけれど、ステファニアではまだ力が足りない。
(内容的にはレオナルドに協力を仰ぐのがいいんだろうけど。あいつに正直に言うわけにもいかんし、どうすっかな)
今晩のうちに何か考えて、明日にでもステファニアに話を持っていってみよう。などと、思考を巡らせながら帰路についた。
◇
翌日。
「それ、ボルジア卿に直接話しに行こうよ。組織のこと全部教えてあるし」
ジョエレの相談に対するステファニアの返事がこれである。
「教えてあるってどういうことだよ?」
「だってさー、ステフじゃ全然力無くてアモーレ手伝えないし。マンマもさ、何かあったらボルジア卿に協力を仰げって言ってたし。彼用に手紙まで用意してあったんだよ?」
「手紙?」
「いいからいいから。ほら、アモーレ行こっ。さっさと動くに越したことはないだろうし」
そう言うと彼女はジョエレの腕を掴み、問答無用で歩きだした。
「放さんか! みんな見てるだろ」
「え〜。見せつけとけばいいじゃんっ。付き合ってるっていう既成事実だよっ」
「んなもん作るな」
ジョエレは強引にステファニアの腕を振りほどき、懲りずに引っ付いて来ようとする彼女の頭を軽くはたいた。彼女が下を向いた隙に首根っこを掴み、引きずってレオナルドの部屋に向かう。
これならまとわりつかれる事もなく、安全でよろしい。
この娘、首根っこを掴むと借りてきた猫よろしく大人しくなる特性がある。言うことを聞かない時に黙らせるのには便利なのだが、なぜこんな癖がついたのか謎だ。
「レオナルド、俺〜」
「と、ステファニア・オルシーニです!」
教理省長官室の扉をノックしている間にステファニアが慌てて居住まいを正した。入室許可が下りたので入ろうとすると、入れ替わるように中にいた連中が出ていく。
「あいつらいいの?」
「ステファニア嬢がいるのなら他言無用な事柄なのだろう?」
「物分かりのいいこって」
その分楽でいいけど、と、ジョエレは独りごちて執務机の前まで進む。
「じゃ、単刀直入に言うけど。還幸会の奴に庁内で仕事させたいから取り計らってくれ」
言った途端レオナルドの眉尻が上がった。そうして、頭が痛そうに額に手を置く。
「理由を」
「説明してもいいけど、お前、ディアーナからどこまで聞いてんの?」
「そこからか」
レオナルドが引き出しから1通の封筒を出し、ジョエレに差しだしてきた。
「それがディアーナ卿から頂いた手紙だ」
読めということなのだろう。ジョエレが便箋を取り出しても何も言われなかったので、文面に目を走らせた。
還幸会に関する事、教皇庁が秘匿している事柄については、これまで2人で調べ上げたことがほぼ全て書かれている。
(俺のことは書かれてねぇな)
これだけ知られれば自分の正体までバレても大差ない。けれど、おめおめと生き延びている醜態など、できれば知られたくない。
だから、少しほっとした。
レオナルドの所持知識が把握できたところで、ユーキ達が現れた経緯を掻い摘んで説明する。メルキオッレに関する項目では、さすがのレオナルドも表情を曇らせていた。
隠す道もあったけれど、そうすると、ひょっこり教皇庁に戻ってきたメルキオッレに寝首をかかれる可能性がある。それを避けるためには仕方なかった。
「つー感じだけど。どうにか出来そうな感じか?」
「どうにかするしかあるまい。それに、愚弟が絡んでいるようだしな。きちんと制裁せねば、家としての面子も立たん」
「あそう? じゃ、こっちは頼むわ。明日にでもあいつ連れてくるからよ」
もっと面倒な手続きが必要かと思っていたけれど、すんなりいって何よりだ。
用は済んだので退室しようとした。
「待て、アイマーロ」
そこにレオナルドの声がかかる。
「何だ?」
「さっきの話だと、お前は〈第三種永久機関〉へ向かうのだろう?」
「そのつもりだけど」
化学分野ならともかく、電子情報工学は基礎知識程度しか持っていない。残っていても大して役に立たないのだから、騒動の元を潰しに行った方が効率的だ。
「供を付けよう。手配をしておくから、明日、還幸会の者と共に訪ねてきてくれ」
思わぬ協力にジョエレは一瞬きょとんとなった。すぐに意味を理解し、少しだけ表情を緩める。
使える奴を貸してもらえるのなら有難い。
けれど、面と向かって礼を言うのはなんか照れくさい。了解、と、軽く手だけ上げて去ろうとした。すると、
「返事は!」
後ろから大声で怒鳴られた。
「へーいへい」
仕方なく返事すると、今度は態度がよくないと説教が飛ぶ。
こんなに細かく怒っていると、血圧が上がってそのうち倒れるんじゃなかろうか。
指摘したら説教の量が増えた。




