10-3 今そこにある危機 Parte1
わけのわからないお願いをされたジョエレに言えるのは1つだ。
「お前らふざけた事ばっか言ってんじゃねぇぞ」
「どこもふざけていないんですけどね。まぁ、話すのは、どこか建物に入ってからでお願いできますか? 組織の人間に見つかると色々面倒なんですよね」
自然体に見せかけながら、周囲へは常に視線を配りながらエアハルトが言ってくる。
「なんで俺がお前らをかくまわにゃならんのだ」
「拾い物だと思うよー? 今の僕達からなら、組織の情報引き出し放題だからね」
「……」
彼らが本当のことを言っている保証なんてない。むしろ嘘だと思うのだが、拒否したところで付きまとわれそうな気がする。
「ついてこい」
ジョエレは再び歩きだした。ただし、進路は先ほどまでと変わっている。家にこいつらを連れていくなんてとんでもない。知り合いの家も駄目だ。
行ける場所を消去法で削り貧民街を進む。
小汚いアパートの1室に着くと鍵を開け、建てつけの悪い玄関扉を蹴り飛ばした。
「うわー。ボロっ」
部屋を覗きこんだユーキの顔が歪む。
彼の言葉通り、狭い部屋は所々壁紙が剥がれていて、ソファもクッション材がはみ出ている部分がある。まともな物といえば、破れのない物と変えておいたカーテンくらいだ。それすらも埃で薄っすらと汚れているのだが。
自分でも酷いと思っているけれど、ユーキに言われるとなんとなく腹がたつ。
「文句言うなら叩きだしてもいいんだぞ」
ただし、還幸会の情報を全て吐き出した後でだが。
この部屋はいざという時の避難所として確保しておいたものだ。けれど、他人に知られたからには、もう捨てねばならない。
次を探す手間を考えれば、それくらいの対価は要求していいだろう。
「で。何で組織にいられなくなったんだ?」
ジョエレはソファを数度叩いた。積もった埃を払いそこに座る。
他に座り場所はないので、エアハルトとユーキは壁に寄りかかっている。
「それがさー。総主教。あ、うちのボス総主教っていうんだけど、彼がさ、〈第三種永久機関〉に手を出そうとしててさ――」
「おい」
出てきてはならない連中から出てきてはならない名前が出てきて、ジョエレは話を遮った。
「なんでお前らが〈第三種永久機関〉なんて名前を知ってやがる」
あれは、ジョエレでさえ禁書架の書籍を漁って知った代物だ。いくら並外れた技術力を保持している組織とはいえ、持っていていい情報ではない。
「その反応なら〈第三種永久機関〉の危険性知ってるよね。じゃぁさ、〈終末の天使の号笛〉ってのも知ってる?」
「知ってる」
〈終末の天使の号笛〉――第五次世界大戦を終戦へと導いた、最狂最悪の兵器だ。それ自体に破壊力は無い。特殊な波長を出すことで、条件に合致する金属に共振現象を起こさせるという、ある種、妨害器の性格を持っている。
どこが投入したものだったのか記録には残っていない。
ただ、その妨害器は複数存在しており、全世界を効果範囲に収めるようにばら撒かれた。そうしていざ起動させて、おそらく使用した本人達でさえ予定外の大災害を引き起こした。
全世界規模での溶融貫通。
〈終末の天使の号笛〉は、よりにもよって、〈第三種永久機関〉の圧力容器に使われている合金に共振現象を引き起こしたのだ。
圧力容器の内部では核分裂と融合反応が絶えず行われている。放出されているエネルギーは途方もない。
反応炉を覆っている容器の金属が共振で脆くなれば……言うまでもなく壊れる。
殻を失ったことで、容器内に満たされていた冷却水から燃料棒が露出してしまうという悪夢が起きた。
冷やす手段を持たない燃料棒の温度はどこまでも上がり、液化して、施設の床をぶち抜いて大地を浸食。地上部では超高温の燃料と触れた水が急速沸騰して水蒸気爆発を起こし、広範囲に放射性物質を飛散させた。
こうして閉じられてしまったのが現在の世界。
なんやかんや理由を付けながら、本当のところは経済状況がよろしくなかったせいで〈第三種永久機関〉の稼働まで持っていけなかったヨーロッパだけが無事だったとは、なんとも皮肉だ。
「ねー、エアハルト。この人ありえないくらい優秀なんだけど?」
ユーキがジョエレを指して首を傾げた。
「説明する手間が省けて良かったじゃないか。あれの説明はゼロからだと面倒だぞ」
対するエアハルトの反応は冷ややかなものだ。
「俺のことはいい。その総主教って奴、〈第三種永久機関〉でも作ろうとしてんのか?」
「違う違う。それくらいだったら面白そうだから傍観しといても良かったんだけど」
ユーキが顔の前で手を振る。
「あの人さー。教皇庁が隠し持ってた施設の存在知ってたみたいで、どうも、それ、動かそうとしてるっぽいんだよね」
「おいっ!」
だんっと床を踏みつけジョエレは立ち上がった。
〈終末の天使の号笛〉は現在も稼働している。対抗策も打てていないのに〈第三種永久機関〉を動かしたりした日には、他地域の後を追うのは火を見るよりも明らかだ。
「そそ。心配通りヨーロッパもぽしゃっちゃうと思うんだよね。そんな事されると僕の遊び場所が無くなるから――」
(遊び場所?)
場違いな言葉が聞こえた気がしたが、意識的に思考から追いだし続きを聞く。
「サクッと殺してみたんだ。総主教」
とった行動はいたってシンプル。けれど、その分確実だ。
「問題解決じゃねーの?」
少し安心して、ジョエレはどさりとソファにかけ直した。
「僕もそう思ってたんだけどさー。おかしな反撃食らっちゃって?」
ユーキが不機嫌そうに腕を組む。
「なーんか、爺が死んでから、メルキオッレが総主教みたいな態度取りだしてさー」
「ちょっと待て」
知った名前が出てきてジョエレは口を挟んだ。
イタリア語の名前は種類が少ない。だから、同じ名前の奴なんてごろごろいる。
けれど、一抹の不安が拭えなくて尋ねる。
「そのメルキオッレは、現教皇のメルキオッレじゃないよな?」
「それだよ? うちの組織内でも《教皇》って呼ばれてる」
「その彼に殺されかけましてね。身ひとつで命からがら逃げてきたんですよ」
疲れた様子でエアハルトが頭を抱えた。実験中のサンプルがなんとか呟いているが、奴の実験など絶対ロクでもない。無視した。
それより今はメルキオッレの動きだ。
彼が総主教の意思を継いで〈第三種永久機関〉を動かそうとしよう。障害は目の前の2人だったはずだ。
それが取り払われたのなら。
「還幸会は、〈第三種永久機関〉を動かしにかかっていると考えていいのか?」
「だろうね」
ユーキとエアハルト、2人揃って頷く。ジョエレは頭を抱えた。
あれが動きだして臨界を迎えたら終了だ。
〈終末の天使の号笛〉のことまで知っていれば、自らも滅ぶと分かるだろうに。
(他人にそこまでの知識を期待するのは甘いか)
純粋に事実だけを受け止めて対処する方が正しい気がする。
「メルキオッレを殺せば止められるのか?」
「どうだろ?」
ユーキが首を傾げた。彼は壁から身を離し、ジョエレの前へ来る。
「ね、協力しない?」
「協力?」
「そ。僕ってさ、〈第三種永久機関〉とか、教皇庁のメインシステム作った技術者の家系なんだ。操作も一通り知ってるから、システム的な面であれの稼働を止められる」
「俺の仕事は?」
「〈第三種永久機関〉のメインシステムの子機が教皇庁にある。そこから親機をハッキングするから、教皇庁と渡りを付けて欲しいかな。君、繋がってるよね? 枢機卿とさ」
気楽にユーキは言ってきてくれる。彼にしてみれば、この騒動も遊びの一環なのだろうか。
「嘘じゃねーな?」
「遊び場所守るのに嘘は言わないよ」
気分を害したのか、ユーキの口がへの字になった。
(ま、選択できるような状態でもねぇか)
騙されて潰れるのは教皇庁という組織。本当だった場合、消えるのはヨーロッパだ。
天秤にかけるまでもない。
「お前がシステムを止めようとするように、あちらは動かそうとするよな。動きが拮抗している間に、俺があちらのエンジニアを始末すれば問題は無くなるな?」
「そだねー。なになに? そこまでしてくれるの?」
「〈第三種永久機関〉のありかは?」
「チヴィタ・ディ・ヴァニョレージョの地下。エアハルトが案内してくれるよ」
「もう1つ聞くが」
立ち上がりながらジョエレは言葉を続ける。
「ディアーナを殺したのはメルキオッレか?」
「らしいね」
答えと引き換えに鍵をユーキに渡した。
「ここは貸してやる、好きに使え。ただ、いつでも連絡は取れるようにしておけよ」




