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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅸ.佳月の残光が照らししは

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9-8 引き継がれる悪意

 ◆


「ディアーナも手に入らなかったか。ベリザリオといい、出来の良過ぎる奴はとことん思う通りにならんな」


 花瓶に生けられている白百合の1輪を総主教は鋏で切った。床に落ちた花の端はやや茶色くなっている。


「申し訳ございません。僕の力が及ばず」

「良い。アレは昔から気の強そうな女だった。お主が駄目なら、他の誰が勧誘しても駄目であっただろうよ」


 振り返ると、床に膝をついた《教皇イル・パーパ》が頭を下げていた。総主教は彼に近寄りその肩に手を置く。


「お主は〈第三種永久機関〉への道を開いた。それだけで十分だ」


 〈第三種永久機関〉。1度起動さえさせてしまえば、恒久的に核分裂と核融合を繰り返すエネルギー生産機関だ。

 第五次世界大戦が行われていた当時、世界のエネルギー生産の主手段であった機関。それでいて、世界を狭くした原因の1つ。


 そうして、総主教が長い歳月求めていた物。


 在り処はわかっていたのだ。けれど、セキュリティがきつい上に物理的に道が塞がれていて、手が出せなかった。

 極端な話、これさえ手に入れば、他はそこそこでいい。


 〈第三種永久機関〉へ向かうため部屋を出ようとしたら、すぐそこの廊下に《悪魔イル・ディアヴォロ》が立っていた。

 総主教の進路上、それも道のど真ん中で、邪魔なことこのうえない。


「何か用か?」

「用っていう程じゃないんですけど~」


 だるそうに青年が懐に手を入れる。


「ちょっと殺しに来ました」


 笑顔の青年の手にはナイフが握られていて、避ける間も無く総主教の胸に突き刺された。それだけでは止まらず、ナイフはさらに深く、刃を回しながらねじ込まれてくる。


「〈第三種永久機関〉なんかに手を出されちゃ困るんだよね。下手にあれを動かされたりしたらヨーロッパも吹き飛んで、僕の遊び場所が無くなるじゃん」

「殺すつもりならさっさとナイフを抜け。そのままだと中々死なんぞ」

「あー、はいはい。エアハルトは余裕が無いよね」


 近くにいたらしい《隠者レレミータ》の言葉に従い《悪魔》がナイフを抜いた。途端に傷口から血が溢れてくる。

 総主教の身体が前方に傾ぎ、倒れる。途中、《悪魔》へと手を伸ばしてみたけれど、後退して避けられた。


「汚れたくないから触らないでよ」


 その言動はまさに悪魔。青年はゴミでも見るように総主教を一瞥し、さっさと去って行った。

 代わりに《教皇》が駆け寄ってきて、脱いだ上着で総主教の傷口を縛る。


「総主教、大丈夫ですか!? 人を呼んで来るので気をしっかり!」


 立ち上がろうとした《教皇》の腕を総主教は掴んだ。

 一瞬《教皇》の目が見開かれ、すぐに俯く。


「あら〜? そんなに騒いじゃってどうしたの?」


 騒ぎを聞きつけたのか、廊下の先から《恋人リンナモラート》もやってきた。


「あらあらあらあら? そこで血吹いてるのって総主教サマ? アタシ人呼んで来るから様子見てて」


 ちらりとこちらを覗き込んだ彼女はそのままどこかへ行こうとする。


「よい」


 "《教皇》の身体で"立ち上がりつつ、総主教は彼女を止めた。


「ああ、だが、やはり人手はいるか。そこの老人の身体を処理せねばならぬからな」


 そうして、血だらけの老人を見下ろす。

 年老い、枝のように痩せ衰えてしまった身体。これはもういらない。


 何かを感じ取ったのか、《恋人》がそろそろと総主教の前に出てきた。身体を曲げ下から覗き込んでくる。


「えーと。ひょっとして、中身、総主教サマだったりします?」

「相変わらず勘はいいな」

「《教皇》は?」

「あれはもうおらぬ。奴の人格は私の意識で上書きしたからな。〈第三種永久機関〉を手に入れるためだけに拾っておいた駒だったが、最期にいい仕事をしてくれた。やはり、若い身体はいいな」


 総主教は軽く首を回した。

 新しい身体の馴染み具合を確かめるために、手指を閉じたり開いたりしてみる。特に抵抗は感じない。乗っ取りは成功したようだ。


 人の脳など電気信号が飛び交っているだけの器官にすぎない。それを逆手に取れば、特殊な電気刺激で人格を他者の脳に書き付ける事だってできる。

 総主教はそうやって身体を乗り換え、悠久の時を生きてきた。

 中には自我が強くて乗っ取りが難航した者もいたが、時間さえあればどうにでもなる。逆に、この身体の主のように意志薄弱であれば簡単だ。


「さて、私は裏切り者の粛正をしようと思うのだが。《恋人》よ、お主は私に従うのか敵か、どちらだ?」


 総主教が視線を向けると《恋人》が微笑んだ。そうして、その場でひざまずく。


「もちろん総主教サマに付いていきますわ。アタシのお尻はそんなに軽くありませんもの」

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