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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅸ.佳月の残光が照らししは

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9-5 子供達

 ◆


「うおおおっ! 寒ぃ」


 どうにも震えが治まらず、ジョエレは身体を抱いた。そんな彼を横目で見ながらルチアが呟く。


「無理してジェラート食べるから」

「お前が大量に買ったくせに、全部2、3口しか食わんかったからだろ! 見ろ、テオの唇も真っ青だぞ」


 テオフィロは文句を言わないが、明らかに寒がっている。

 屋台で美味しそうなジェラートを見つけたので、食べようという話が出たまでは普通だった。「何種類か試してみたいから、食べるの手伝って」と、ルチアが言いだすのも、まぁ、許容範囲だろう。

 だが。

 10個も買うのは何の罰ゲームかと言ってやりたい。

 夏場ならともかく、まだ寒い時期だ。それも屋外。こうなるのは少し考えれば分かるはずだ。


「ジョエレ。何でもいいから早くあったかい物」

「おぉ、そうだな。そこの店に入ろうぜ」


 男2人、そそくさと喫茶店に向かう。


「え、ちょっと、貸し衣裳は!?」

「んなの後に決まってるだろうが。俺達が凍死する」


 ルチアの苦情など無視して店に入った。

 店内は仮装した人間だらけで、中世にタイムスリップしたような事になっていた。普通の服のジョエレ達だと若干浮き気味だが、気にせず席を確保する。

 珈琲を頼んで1杯飲み終わる頃にようやく温まってきた。


「マジ生き返ったぜ」

「ほんとに」

「2人とも大袈裟すぎるよ」

「そのセリフは、寒空の下、ジェラート5個食ってから言え」


 全く反省していないルチアの鼻を摘んで引っ張る。

 子豚よろしくルチアがぷぎーぷぎー騒いでジョエレの手を外そうとしているが、そう簡単には放してやらない。

 人の迷惑を考えるという躾は大切だ。

 必死にもがいている姿が面白いからではない。半分くらいしか。


 そうこう騒いでいると、


「おーい聞いたか? エステ卿がヴァチカンに帰っちまって、彼女が審査員だった今晩の仮面コンテスト取りやめらしいぞ」


 そんな事を言いながら新たな客が入ってきた。


「なにー!?」


 仮装の皆さんが一斉に色めき立つ。


「なんで急に?」

「誰だったかな。えーと、オルシーニ卿だ。彼女が刺されて危篤状態らしくて、枢機卿全員招集されたらしいぞ」


 今晩の楽しみがー、とかなんとか、彼らの話は今後のイベントに移り変わっていく。

 話に意識がいって力の抜けたジョエレの指からルチアが逃げた。そうして、鼻を守りながら言ってくる。


「あの話本当かな」

「さぁな。でも、本当だとしてもディアーナだぞ? ちょっと死んだくらいなら、ケロッと蘇生されるだろ」


 ジョエレは珈琲の残りを流し込みながら腕時計を見た。

 時刻は16時。ホテルに荷物を取りに帰って解約しても、今ならヴァチカン行きの最終列車に間に合う時間だ。


「俺は先に帰るけど、お前らはのんびり楽しんで帰ってこい」


 カップの返却だけ頼んで席を立った。

 だったのに、店を出てしばらくすると、ルチアとテオフィロが追いついてくる。


「どうした?」

「ディアーナが心配なのはジョエレだけじゃないよ。あたし達も一緒に帰るから」


 そう言って後ろについてしまった。

 特に反論せずジョエレは歩を進める。

 彼らの行動をどうこう言う権利はジョエレには無い。それに、見舞いは多い方がディアーナも喜ぶだろう。


(あいつのことだから、表向きは申し訳なさそうにするんだろうけど)


 素直でないのだ。

 捻くれているのはジョエレもなので、お互い様ではあるのだが。


「ジョエレ、ちょっと歩くスピード落としてくれよ。ルチアがきつそう」


 テオフィロが言ってきた。

 振り返ってみると、少し後ろでルチアが息を上げている。

 意識していなかったけれど、気が急いていて、早足になっていたのかもしれない。

 病み上がりのルチアに無理をさせるのは危険だ。


「すまねぇ。気付かなかった」

「あたしこそごめん。急いでる時に」

「気にすんな。電車にはまだ時間あるしよ」


 急いでも仕方ない。どうせ時間になるまで電車は出ないのだから。

 気持ちを切り替え、ルチアの歩む速度まで歩調を落とした。



 ◇


 ヴァチカンに着いたらオルシーニの総合病院に直行した。

 夜間診療もしているので病院自体は開いている。

 けれど、面会時間が過ぎている。それに、要人の入院情報など教えてくれるはずがない。

 普通に受付で追い返された。


「どうすっかな」


 ここにいるのは間違いないだろうが、病室が分からない。オルシーニ邸かダンテの隠れ家にでも行けば情報を得られるだろうか。


 考えながら待合室を横切っていると、椅子に見知った青年が座っていた。彼は下を向いているのでジョエレに気付いてない。


「おいダンテ、こんなとこで寝るんじゃねぇよ。てか、俺をあいつのとこに連れてってから寝ろ」


 青年の頭を軽く叩いた。

 ダンテはよく分かっていない顔で周囲を見回し、ジョエレと目が合うと瞬きする。


「ジョエレ帰ってきたの? 早くても明日だと思ってたんだけど」


 それだけ言ってダンテが歩きだした。ジョエレ達も黙ってついていく。

 ダンテの口調はいつもと変わらなかったけれど、雰囲気が少しだけ重い。それがなんとも不安を煽る。


 しばらく進むとアンドレイナが入り口に立っている病室があった。

 彼女の横を抜けダンテは中に入っていく。ジョエレ達3人も入室すると、静かに扉が閉じられた。


 部屋の中にはベッドが1つだけあって、その傍らで、ステファニアが入り口に背を向け座っている。


「ステフ」


 ジョエレの呼びかけに彼女は振り向く。

 同時に、それまで静かだったのに泣きだした。


「パァパァ〜」

「パーパじゃねぇだろ。それに、なんで急にガキみたいに泣いてんだ」

「だって、マンマが」


 泣きながら鼻もすすりだす。

 ベッドで眠るディアーナには何の医療機器もついていない。表情は穏やかで、ぱっと見ただけだと寝ているように見える。


「刺されて危篤って聞いたんだけどな。嘘だったのか?」


 ステファニアが首を横に振る。


「ならどうしたんだよ?」


 けれど、彼女は更に強く泣くばかりで話にならない。代わりにダンテが口を開いた。


「死にそうな状態なら延命処置は施すなって、事前に言われてたのよね。だから、それ、母さん死んでるわよ」

「は?」


 彼が何を言っているのか分からずジョエレはぽかんとした。次に湧き上がってきたのは疑問で、それをぶつけるようにダンテの胸倉を掴む。


「何アホ言ってんだ!? こいつは、腐りかけの俺まで生き返らせたんだぞ! オルシーニの技術があれば、死んでても蘇生できるだろうが!」

「蘇生できても!」


 珍しく大声をあげながらダンテがジョエレの腕を振りほどいた。


「それで重度の障害でもおっちゃって、あなたの重荷にはなりたくないからって」

「馬鹿か!」


 眠るディアーナにジョエレは怒鳴りつけた。


「そんなの無視して蘇生させれば良かったんだ。嫌味くらい、いくらでも俺が聞いてやったのに」


 そんなもの挨拶と同じだ。普段でさえ嫌味の応酬になる事も少なくなかったのだから。

 口は回るくせに本心を隠してばかりの2人が残ったものだから、面倒臭い会話も多かった。


 でも、そんな相手がいてくれた方がいい。

 たとえ植物人間になっていても、そこにいてくれさえすれば、1人で生き続けるよりずっと幸せだ。


 しんみりした空気が伝染したのか、ステファニアの泣き声が大きくなった。

 それで気付く。

 自分まで感情的になっている場合ではないと。

 身体ばかり大きくなった子供が2人もいるのだ。彼らが立ち直るまでは支えてやらねばならない。


「ステフ、来いよ。今だけは泣き場所になってやる。葬式が終わったらしゃきっとしろよ」


 ジョエレが腕を開いてやると、胸にステファニアが飛び込んできた。背に腕を回してきつく抱きついてくる。涙と鼻水と化粧で服は汚されたが、かわいい被害だ。

 ジョエレの分までステファニアが泣いてくれればいい。

 そうすれば、自分は平気な顔で立っていられる。


「ダンテ、お前も来るか?」


 ダンテの方にも胸を開いてみたけれど、


「やめとく」


 複雑な表情で断られた。

 男だか女だか分からない見た目や喋り方はしていても、やはり兄なのだろう。ステファニアに心配そうな目を向け、自分は腕を組んで目を閉じた。


「ジョエレ……」


 心配そうにルチアが声をかけてくる。


「悪い。ちょっと先に帰っといてくれ。色々落ち着いたら帰るからよ」

「うん。荷物、持って帰っとくね」

「いや、いい。泊まりになるかもしんねぇから、置いといてくれ」

「分かった」


 小声で挨拶をしてルチアとテオフィロは帰って行った。

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