9-5 子供達
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「うおおおっ! 寒ぃ」
どうにも震えが治まらず、ジョエレは身体を抱いた。そんな彼を横目で見ながらルチアが呟く。
「無理してジェラート食べるから」
「お前が大量に買ったくせに、全部2、3口しか食わんかったからだろ! 見ろ、テオの唇も真っ青だぞ」
テオフィロは文句を言わないが、明らかに寒がっている。
屋台で美味しそうなジェラートを見つけたので、食べようという話が出たまでは普通だった。「何種類か試してみたいから、食べるの手伝って」と、ルチアが言いだすのも、まぁ、許容範囲だろう。
だが。
10個も買うのは何の罰ゲームかと言ってやりたい。
夏場ならともかく、まだ寒い時期だ。それも屋外。こうなるのは少し考えれば分かるはずだ。
「ジョエレ。何でもいいから早くあったかい物」
「おぉ、そうだな。そこの店に入ろうぜ」
男2人、そそくさと喫茶店に向かう。
「え、ちょっと、貸し衣裳は!?」
「んなの後に決まってるだろうが。俺達が凍死する」
ルチアの苦情など無視して店に入った。
店内は仮装した人間だらけで、中世にタイムスリップしたような事になっていた。普通の服のジョエレ達だと若干浮き気味だが、気にせず席を確保する。
珈琲を頼んで1杯飲み終わる頃にようやく温まってきた。
「マジ生き返ったぜ」
「ほんとに」
「2人とも大袈裟すぎるよ」
「そのセリフは、寒空の下、ジェラート5個食ってから言え」
全く反省していないルチアの鼻を摘んで引っ張る。
子豚よろしくルチアがぷぎーぷぎー騒いでジョエレの手を外そうとしているが、そう簡単には放してやらない。
人の迷惑を考えるという躾は大切だ。
必死にもがいている姿が面白いからではない。半分くらいしか。
そうこう騒いでいると、
「おーい聞いたか? エステ卿がヴァチカンに帰っちまって、彼女が審査員だった今晩の仮面コンテスト取りやめらしいぞ」
そんな事を言いながら新たな客が入ってきた。
「なにー!?」
仮装の皆さんが一斉に色めき立つ。
「なんで急に?」
「誰だったかな。えーと、オルシーニ卿だ。彼女が刺されて危篤状態らしくて、枢機卿全員招集されたらしいぞ」
今晩の楽しみがー、とかなんとか、彼らの話は今後のイベントに移り変わっていく。
話に意識がいって力の抜けたジョエレの指からルチアが逃げた。そうして、鼻を守りながら言ってくる。
「あの話本当かな」
「さぁな。でも、本当だとしてもディアーナだぞ? ちょっと死んだくらいなら、ケロッと蘇生されるだろ」
ジョエレは珈琲の残りを流し込みながら腕時計を見た。
時刻は16時。ホテルに荷物を取りに帰って解約しても、今ならヴァチカン行きの最終列車に間に合う時間だ。
「俺は先に帰るけど、お前らはのんびり楽しんで帰ってこい」
カップの返却だけ頼んで席を立った。
だったのに、店を出てしばらくすると、ルチアとテオフィロが追いついてくる。
「どうした?」
「ディアーナが心配なのはジョエレだけじゃないよ。あたし達も一緒に帰るから」
そう言って後ろについてしまった。
特に反論せずジョエレは歩を進める。
彼らの行動をどうこう言う権利はジョエレには無い。それに、見舞いは多い方がディアーナも喜ぶだろう。
(あいつのことだから、表向きは申し訳なさそうにするんだろうけど)
素直でないのだ。
捻くれているのはジョエレもなので、お互い様ではあるのだが。
「ジョエレ、ちょっと歩くスピード落としてくれよ。ルチアがきつそう」
テオフィロが言ってきた。
振り返ってみると、少し後ろでルチアが息を上げている。
意識していなかったけれど、気が急いていて、早足になっていたのかもしれない。
病み上がりのルチアに無理をさせるのは危険だ。
「すまねぇ。気付かなかった」
「あたしこそごめん。急いでる時に」
「気にすんな。電車にはまだ時間あるしよ」
急いでも仕方ない。どうせ時間になるまで電車は出ないのだから。
気持ちを切り替え、ルチアの歩む速度まで歩調を落とした。
◇
ヴァチカンに着いたらオルシーニの総合病院に直行した。
夜間診療もしているので病院自体は開いている。
けれど、面会時間が過ぎている。それに、要人の入院情報など教えてくれるはずがない。
普通に受付で追い返された。
「どうすっかな」
ここにいるのは間違いないだろうが、病室が分からない。オルシーニ邸かダンテの隠れ家にでも行けば情報を得られるだろうか。
考えながら待合室を横切っていると、椅子に見知った青年が座っていた。彼は下を向いているのでジョエレに気付いてない。
「おいダンテ、こんなとこで寝るんじゃねぇよ。てか、俺をあいつのとこに連れてってから寝ろ」
青年の頭を軽く叩いた。
ダンテはよく分かっていない顔で周囲を見回し、ジョエレと目が合うと瞬きする。
「ジョエレ帰ってきたの? 早くても明日だと思ってたんだけど」
それだけ言ってダンテが歩きだした。ジョエレ達も黙ってついていく。
ダンテの口調はいつもと変わらなかったけれど、雰囲気が少しだけ重い。それがなんとも不安を煽る。
しばらく進むとアンドレイナが入り口に立っている病室があった。
彼女の横を抜けダンテは中に入っていく。ジョエレ達3人も入室すると、静かに扉が閉じられた。
部屋の中にはベッドが1つだけあって、その傍らで、ステファニアが入り口に背を向け座っている。
「ステフ」
ジョエレの呼びかけに彼女は振り向く。
同時に、それまで静かだったのに泣きだした。
「パァパァ〜」
「パーパじゃねぇだろ。それに、なんで急にガキみたいに泣いてんだ」
「だって、マンマが」
泣きながら鼻もすすりだす。
ベッドで眠るディアーナには何の医療機器もついていない。表情は穏やかで、ぱっと見ただけだと寝ているように見える。
「刺されて危篤って聞いたんだけどな。嘘だったのか?」
ステファニアが首を横に振る。
「ならどうしたんだよ?」
けれど、彼女は更に強く泣くばかりで話にならない。代わりにダンテが口を開いた。
「死にそうな状態なら延命処置は施すなって、事前に言われてたのよね。だから、それ、母さん死んでるわよ」
「は?」
彼が何を言っているのか分からずジョエレはぽかんとした。次に湧き上がってきたのは疑問で、それをぶつけるようにダンテの胸倉を掴む。
「何アホ言ってんだ!? こいつは、腐りかけの俺まで生き返らせたんだぞ! オルシーニの技術があれば、死んでても蘇生できるだろうが!」
「蘇生できても!」
珍しく大声をあげながらダンテがジョエレの腕を振りほどいた。
「それで重度の障害でもおっちゃって、あなたの重荷にはなりたくないからって」
「馬鹿か!」
眠るディアーナにジョエレは怒鳴りつけた。
「そんなの無視して蘇生させれば良かったんだ。嫌味くらい、いくらでも俺が聞いてやったのに」
そんなもの挨拶と同じだ。普段でさえ嫌味の応酬になる事も少なくなかったのだから。
口は回るくせに本心を隠してばかりの2人が残ったものだから、面倒臭い会話も多かった。
でも、そんな相手がいてくれた方がいい。
たとえ植物人間になっていても、そこにいてくれさえすれば、1人で生き続けるよりずっと幸せだ。
しんみりした空気が伝染したのか、ステファニアの泣き声が大きくなった。
それで気付く。
自分まで感情的になっている場合ではないと。
身体ばかり大きくなった子供が2人もいるのだ。彼らが立ち直るまでは支えてやらねばならない。
「ステフ、来いよ。今だけは泣き場所になってやる。葬式が終わったらしゃきっとしろよ」
ジョエレが腕を開いてやると、胸にステファニアが飛び込んできた。背に腕を回してきつく抱きついてくる。涙と鼻水と化粧で服は汚されたが、かわいい被害だ。
ジョエレの分までステファニアが泣いてくれればいい。
そうすれば、自分は平気な顔で立っていられる。
「ダンテ、お前も来るか?」
ダンテの方にも胸を開いてみたけれど、
「やめとく」
複雑な表情で断られた。
男だか女だか分からない見た目や喋り方はしていても、やはり兄なのだろう。ステファニアに心配そうな目を向け、自分は腕を組んで目を閉じた。
「ジョエレ……」
心配そうにルチアが声をかけてくる。
「悪い。ちょっと先に帰っといてくれ。色々落ち着いたら帰るからよ」
「うん。荷物、持って帰っとくね」
「いや、いい。泊まりになるかもしんねぇから、置いといてくれ」
「分かった」
小声で挨拶をしてルチアとテオフィロは帰って行った。




