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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅸ.佳月の残光が照らししは

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158/183

9-1 謝肉祭 ◇

挿絵(By みてみん)


Ⅸ.佳月の残光が照らししは

 ◆


 イタリア半島の付け根に位置し、アドリア海を臨む都市ヴェネツィア。

 118もの島から成り立つ都で、街の中には水路が走り、人々は小舟で移動して生活している。


 ――というのは過去の話。


 年々上昇する海面に存続問題を抱えていた都は、海水が毒となる直前に周囲の湾を埋め立て、水の都の形跡など消し去った。

 中心街を本島と呼んだりするあたりに過去の面影が残るばかりである。


 そんな都市に着いた途端、


「凄い凄い! 何これ、みんな仮装してるよ!」


 目を見開いたルチアがはしゃぎたてた。


「そういう祭りだしなぁ。声をかければ誰でも一緒に写真撮ってくれるぞ」


 ジョエレの目の前を、中世の衣装に身を包んだ仮面の麗人が通り過ぎた。彼女だけでなく、周囲にはそんな人間ばかりなので、別段珍しくもない。


 2月から3月のうち2週間、ヴェネツィアでは謝肉祭カルネヴァーレが開かれる。

 元々は土着の豊穣神に感謝を捧げる催しだったらしいけれど、時の経過と共に性格は変わっていき、今ではヨーロッパ中から仮装好きが集まってどんちゃん騒ぎをする催しになっている。


「それにしても、みんな衣装凄いね。しっかりしたドレスとかばっかりなんだけど」

「そりゃ、半分は金持ちの道楽だからな。ほとんどの奴が仮面付けてるか、素顔がわからんくらいペイントしてるだろ? だから、有名人なんかが正体を隠して紛れてるわけよ。あいつら金はあるから、衣装に無茶苦茶凝ってるからな」


 枢機卿時代、ジョエレもエルメーテ達と4人で参加した事がある。

 仮面さえ付けてしまえば枢機卿も庶民もなくなり、普段は入りにくい店にも気楽に入れた。少しぐらい羽目を外しても、追いかけ回してくる報道機関もいない。

 気休めをするにはいい祭りなのだ。


 人が多すぎるのだけは好きになれなかったけれど、そこは今も変わらないらしい。


「仮装したけりゃ貸し衣装屋もあるぜ? それなりに値段は張るけど」

「ジョエレが出してくれるんでしょ?」

「アホか。自分の遊び代くらい自分で出せ。小遣いなり仕事で稼いだ分なりあるだろ」

「ケチ」


 ぼそっと青年の声が聞こえた。


「何か言ったか? テオ」


 発言主に冷たい目を向けると、彼は素知らぬ様子で顔を逸らす。


「ちなみに、レンタルするとどれくらい?」

「いくらだったかな。500から800ユーロくらいだったと思うけど」

「たっっか!」


 ルチアとテオフィロが驚き顔で声を揃えた。


「だから値が張るっつっただろうが。この日のために貯金してる奴もいるくらいなんだぞ」


 探せばもっと安い物もあるけれど、そうなると質が落ちるのだ。周囲が無駄に力を入れているせいで悪い方に浮く。

 それなら、最初からある程度金を積んで紛れてしまう方が祭りを楽しめていい。


 ルチアは着飾った人々を眺め悩んでいたようだったけれど、しばらくすると振り向いた。


「自分で仮装しなくていいや。ね、観光行こうよ。綺麗な所とかもいっぱいあるんでしょ?」

「その前にホテルだな。荷物邪魔だし置いてこうぜ」


 そう言って、ジョエレは事前に予約しておいたホテルに向かい歩きだす。


「なんか準備いいね。こっちに着いてから探すのかと思ってた」

「俺も」


 後ろを付いてきながら若者2人が言う。


「こんだけ観光客だらけなんだぞ? 予約しとかなきゃ宿なんてとれねぇよ」


 謝肉祭カルネヴァーレ中のヴェネツィアは半年前から宿の予約が入りだす。

 実は、1月にルチアと約束をした時点でも、既に空室があるか厳しい状態だったのだ。ディアーナのツテを借りて予約を捩じ込んだのだが、2人には言わない。

 水面下の労力など知らず、純粋に楽しんでもらえれば何よりだ。


(元気になってくれてなきゃ来れなかったしな)


 再び前を向き人混みをすり抜けながら進む。

 テオフィロと楽しそうに話すルチアの声を聞きながら、ジョエレは笑みを浮かべた。




 チェックインしたら一旦解散し、ホテルのロビーで集合にした。

 ジョエレがロビーに降りた時にはルチアもテオフィロも既に降りてきていて、仲良くガイドブックを見ている。


「で、どこに行きたいんだ? お嬢様は」


 それをジョエレも覗き込みながら問いかけた。

 ルチアが顔を上げ、ガイドブックの1ページを指さしながら向けてくる。


「ヴェネツィアに行ったらサン・マルコ大聖堂を見ろって書いてあるから、まずはそこ?」

「あそこ混むんだよな。まぁいいや、行ってみっか」


 ということで、サン・マルコ大聖堂に向けて出発した。


 歩いていると、所々で係留用の杭が地面から突き出ている。これがあるのは、昔、水路だった場所らしい。

 今は普通の石畳なのだけれど、その上に橋が架かっているとかいうわけの分からない構造も、その名残だ。

 通りの上を交差する橋の上も着飾った人で溢れているのだから、この時期のヴェネツィアの人口密度は凄まじい。


 その大量の人々のほとんどが訪れるサン・マルコ大聖堂に行こうというのだから、進めば進むほど混雑が酷くなる。

 大聖堂前の広場ではイベントが催されているのも手伝って、たまに、歩くのすら大変だ。


 急いでいるわけではないのでのんびりと進んでいると、


「うわああああ! そこの兄さんちょっと待ったああ!」


 大声が聞こえた。

 反射的に声の方を向くと、真紅の司祭服カソックを着た金髪の男が走ってくる。それもなぜかジョエレの方に。

 飛びかかられそうだったので、ジョエレは何も考えずに拳を突き出す。幸か不幸か男の顔面に綺麗に入った。

 鼻血を吹きながら倒れそうになる男を後ろからやってきた彼の仲間らしき2人が支え、大丈夫かとかどうとか騒いでいる。

 周囲からはなんとなく冷ややかな視線が向けられ、


「俺が悪いのか? これ」


 釈然としないジョエレはぽつりと呟いた。




 人混みの中だと調子が悪かったので、手の当たってしまった男も連れて広場の隅に移動した。

 そして現在。

 鼻にティッシュを詰めた男がジョエレの前で正座している。その横に、男を介抱していた2人も正座させているのは、なんというかついでだ。


 この3人、鼻血男だけでなく横の2人まで真紅の司祭服カソックを着ている。

 一瞬目を剥いたけれど、よくよく見てみればデザインが違うし、生地がちゃちいので偽物だと分かる。


 仮装の一種だと思うのだが、なんだか色々怪しい。ジョエレを呼び止めていたような気がするのも釈然としない。

 それで、何のために突っ込んできたのかと問い質すために、この状態になっている。


「自分達、これからサン・マルコ広場で開かれる、稀代の三傑ステッラ・ブリッランテのそっくりさん大会に出るんです」

「頑張れよ」


 興味は無い。どちらかというと関わりたくない。

 ジョエレは早々に立ち去ろうとした。

 そこに鼻血男がしがみついてくる。


「待って! 待って下さいって! 相手チームの1人に、めちゃくちゃそっくりなベリザリオがいたんすよ! 自分じゃ太刀打ちできないって悩んでたら兄さんが通りかかって」

「潔く負けてくればいいだろ!」

「顔を殴られちゃったし、代わりに兄さんが出てくれるのが筋だと思うんですよ!」

「知るか! 突っ込んできたお前が悪いだろ!」


 状況的には当たり屋にたかられているようなものだ。要求を飲まなければならない理由が分からない。

 こういう時はさっさとおさらばだ。

 なのに、鼻血男がしつこく離れない。ジョエレがイライラしだした頃に、


「てか、なんでジョエレをスカウト?」


 当然過ぎる問いをルチアが発した。

 枢機卿の仮装をした3人が顔を見合わせ、ベリザリオとエルメーテ役の2人がジョエレを押さえてくる。


「そりゃ似てるからよ。髪型をこうしてやれば」


 ディアーナ役の女は手を伸ばしてきた。後ろになでつけているジョエレの前髪が左半分だけ下される。


「おい、お前ら勝手に、やめんか!」

「ほら、そっくりでしょう?」


 そうして、仮装の参考にしたであろう古い写真をジョエレの顔の横に並べた。

 ルチアとテオフィロが、写真とジョエレの間で視線を行ったり来たりさせる。


「マジで似てるし」

「いいじゃない代わってあげれば。折角のお祭りなんだし」


 挙句、言ってきたセリフがこれだ。


「お前ら、人ごと――」

「優勝したら賞金は全て差し上げますんで」

「よし任せろ」


 抵抗を止めたジョエレは笑顔を向ける。


「現金すぎじゃね?」


 テオフィロの呆れ声が聞こえたが、それがどうした。

 現金だろうがなんだろうが、開き直る以外に切り抜けようがないのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 湾をせき止め、水路を消したヴェネツィアってのがまずスゴい設定っすよね。かっけー。 でも、水を止めて元水路だった場所を進むってのは、RPGのお約束というか、テンション上がりますなー。 まあ、…
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